3月30日

 3月がすごく長く感じる。1日はあっという間に終わるのに。今日で終わりだけど日記は1日遅れなのでまた明日も3月の日記を書かなければならないのかと思うとげっそりする。とくにこの最終週の遅さは異様でそれぞれの日付が2回ずつ繰り返しているんじゃないかという気さえする。日記を書くのが遅すぎるのかもしれない。いやたんに暇なだけだろう。

 夜中にくろそーがペリスコープで喋っていて、途中からゲスト参加した。せっかく昨日彼がやっていた「国際人類観測年」のイベントの話含めいろいろ面白い話ができたのにアーカイブが残せなかったようだ。今日でペリスコープのサービスが終わるからかもしれない。ツイキャスとか最近だとクラブハウスとかトーク配信用のアプリはいろいろあるけど、ペリスコープは映像付きで時間制限もなく、バックグラウンド再生が簡単にできるので気に入っていた。ツイッターライブとしてツイッターに埋め込まれなおしただけとも言えるけど、スマホだけ持って聴いている側のことを考えると聞きっぱなしにしながらツイートが見られない(のかな?)のはどうなのかなと思う。それにペリスコープはユーザーが少なかったからか英語やロシア語、スペイン語だかポルトガル語だかのコメントがぱらぱらと降ってきて、別にわざわざ応答したりはしないんだけど、そういう誰が聴いているかもわかって聴いているかもわからない感じが気楽でよかった。まあプラットフォームに構えを規定されるのはうんざりだし多くの人がそう思っているだろうから、どこであれそういうものから出られることをやりたい。遊びとか楽しいとかってそういうことだと思うし。

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3月29日

 12時。今起きた。昨日何をしたのかあんまり思い出せない。たぶん本を読んだ以外はそれらしいことは何もしていない。書店で何となく手に取ったロバート・L・ハイルブローナーという人の『入門経済思想史:世俗の思想家たち』というちくま学芸文庫の本が面白い。アダム・スミス以降の主要な経済学者・思想家について、その人となり、境遇、社会状況、思想のエッセンスを非常に手際良く交差させつつ紹介していて、近代史の勉強にもなる。スミス、マルサスとリカード、ロバート・オーウェンやサン・シモンらのユートピア社会主義、そしてマルクスとエンゲルスのところまで、本全体の半分ほどをひと月くらいかけてちまちま読んでいる。並行してこれもちまちま読んでいる的場昭弘『マルクスを再読する』(角川ソフィア文庫)もネグリ゠ハート的な観点を経たうえで改めてマルクスに帰ってみるという本で、とくに現代思想文脈から入るにはいい本なんじゃないかと思う。説明が丁寧なのでそうでなくても読めると思うし。マルクスにはいろんな本で入門を試みては跳ね返されたり、なんかだるいなとなったりしてきたが、総じてこの2冊はマルクス最速入門セットとしていい気がする。ハイルブローナー本でマルクスが出てくるまでの歴史的経緯を踏まえつつ大枠を抑えて、的場本で現代的な資本主義の観点からマルクスを捉えなおすという挟み撃ちで理解することができる。

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3月28日

 あまりに書くことがなく、日記用のメモを見てみると「夕方足冷える」とあったのでそれについて書く。ようやく気温が安定的に高い時期に入ったようで安心している。やっぱり3月いっぱいは冬なんだと思った方がいい。11月はもうしっかり寒いわけだから結局半年くらい冬だ。そして冬は足が冷える。冷え性なのかもしれない。とくにずっと家にいると冷えのリズムと生活することになる。昼ご飯を食べるまではまあ大丈夫だ。だいたい夕方くらいになって血糖値が下がってくると足が冷たくなって、それでベッドに入って昼寝をする。起きて晩御飯を食べてしばらくするとまた冷えるのでお風呂に入って、それからまた冷えると寝る。分厚い靴下なりスリッパなりもやはり足自体が冷えるとあんまり意味をなさない。ともあれそういう冷えのリズムに追い立てられるような季節も終わって清々している。生理的に1日を分割するのは空腹と眠気だけにしてほしいと思う。ここ1ヶ月ほどはベランダから見える、10階建ほどの高さの長細い立体駐車場のビルがゆっくり解体されているのを煙草を吸いに出るたびに見て時間を感じている。2週間ほどかけて足場がだんだん高くなり、防音のシートが張られすっぽり建物が隠れて、傍にそびえるクレーンがそこにフックを垂らして少しずつ廃材を持ち上げてはトラックに積む。今は上部2階分くらいが取り去られたところだ。どれくらいの解像度の計画が必要で、どれくらい場当たり的にやっているんだろう。まったく想像がつかない。ともあれ近くで数ヶ月スパンの仕事の時間が流れていると自然にやる気が出る。

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3月27日

 最近はフェネスのEndless SummerやBecsばかり聴いている。中学の頃ソニック・ユースが好きで、でも好きなアルバムはSonic NurseとかMurray Streetとか、気づくとジム・オルークが参加しているものばかりで、これは結局このジム・オルークという人が好きなんじゃないかと思い(調べると東京在住でびっくりしつつ)彼の作品をよく聞くようになった。日本版のEurekaのライナーノーツに「佐々木敦(HEADZ)」とあって、オルタナティブロックのCDで「田中宗一郎(snoozer)」とか「渋谷陽一(Rockin’on)」という表記は見慣れていたので、HEADZという雑誌は東京にしか売ってないのかなとか思っていた。ともあれそういう流れでMegoレーベルの作品を聴き漁っていてフェネスを知って、Mego創始者のピタとフェネスとジム・オルークがFenn’O Bergというユニットを組んで日本ツアーをしたのが、2010年、高校3年の年の秋だった。放課後電車で1時間ほどかけて広島のクアトロまで行った。学ランでうろついていると補導されるのでわざわざ持ってきていた私服に着替えて。残念ながらこの回の演奏は音源化されていないがこのツアーはLive in Japanというアルバムにまとめられている。

 Endless SummerやBecsはアンビエントやドローンに寄りすぎていないがFenn’O Bergみたいに聴いていると他のことができなくなるほどでもないのでちょうどいい。それにギターの音が好きなんだと思う。博論を書いているときはマイルス・デイヴィスの50年代のアルバムをよく聴いていた。彼とドゥルーズはほとんど同い年で、50年代前半は彼らが20代後半だった時期だ。マイルスはマラソン収録でアルバムを3枚作り、ドゥルーズはヒューム論『経験論と主体性』を出した。それで博論のモチベーションが上がるわけでもなかったけど、雰囲気は大事だなと思って。どちらかというと追い詰められて毛羽立っていた気持ちを落ち着かせてくれた。Birth of the CoolをBoplicityからかけるという聴き方をいちばんよくしていた。

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3月26日

 先日オペラシティギャラリーで見た千葉正也個展について。やはり展示にタイトルがないのはどういうことなんだろうと思う。ポスターもチケットも彼が絵画として描いたもので、会場に実物が展示されている。絵画ではなく「ペインティング」の展示と言った方がしっくりくるような、描くことそのものの提示を試みた展示に見える。しかしそれはいわゆるイン・プログレスなプロセスを見せるというより、描くのに必要なものと展示するのに必要なものをひとつの場に集めることを、絵画を蝶番にして実現することに向けられているだろう。壁に架けられず仮設的な垂木の支えに固定された作品群と、木材で組み立てられた絵画のモチーフ。電源の入った電気毛布に描かれた展示監視員や警備員の隣には本人が立っている。会場を貫く——これも木で作られた——空中通路を歩く亀も絵の中に登場する。

 ここには描きうるものしか存在しない。会場自体がつねに撮影、配信されており、そのYouTubeのページへのアクセスすら絵に張り付けられたQRコードを通して行われる。しかし不思議なことに、その可能性を支えている絵の具という物質は、つねにきわめて行儀よく支持体の上に収まっている。絵の内外を行き来しないのは絵の具だけだ。そして彼の作品に特徴的なむにむにした「塗り」のテクニックは、「絵の具を描く」こと——より正確には、描かれる紙粘土の造形とそれを描く絵の具の盛り上がりを識別不可能にすること——によって、絵の具のフィジカルな厚みを明暗と色彩の操作によって再現することに向けられている。すべてはこの圧倒的な技巧への照れ隠しなんじゃないかと思ってしまう。その意味で本展にタイトルがなく、描きうるものと描かれたものだけがあるのは潔い態度だと言えなくもないのだろう。でもやっぱりそれはニヒリズムというか、絵の力を絵に閉じ込めるための口実なんじゃないかという気がしてしまう。しかもそれは絵の具の物質性とイリュージョンの最小回路に支えられていて、美術史的な問題圏の重心をズラすことにはならないんじゃないか。

 その点、鉛筆で描かれたドローイング群は面白かった。そこにあるのはすべてが絵になってしまうことを必然化しつつそれをなんとか笑おうとするような悲痛さではなく、何かが絵になってしまうことの偶然性が絵画的な思いつきのスナップショットのように留められていた。そういう、絵画とその外の接面を見るとはっとするし、発明されるべきはそうした接面の新たなあり方なんじゃないかと思う。

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3月25日

 11時から修了証書の授与で、ほんとにもらえるのかと半信半疑で大学に向かった。教室にY-GSCの先生と修了生だけ集まって、みんなの名前が呼ばれるなかわりと本気でドキドキしていた。無事もらえたのだけどそれはそれで釈然としないものがある。それに研究も執筆も大変かつ重要なのはこれからだ。こないだ編集者が近所のコメダまで来てくれて博論の書籍化の話をした。短くても1年はかかるだろう。博論を出して3ヶ月、審査から1ヶ月ほど経ってやっと、目的地に到達できるか確かめるためだけに書かれたようなあの文章を人に読んでもらうためのものにするための距離感ができた気がする。闇雲にちょっと登っては降りテントを張って休んでを繰り返しなんとか登頂はできた。あとは最適なルートを設定して、歩きやすい道を敷設しないといけない。それがどんな山かわかるのはさらにそのあとだ。

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3月24日

 大和田俊個展評が公開された。いろんな人に読んでほしい。彼が1年間インドに滞在していて、そこに3週間くらい遊びに行ったのが2019年の2月とか3月だったかな。インドの街の感じを知っているから書けたセンテンスがひとつだけ入っているが、全体的にできるだけ抑えた書き方にした。彼は1年間で何度かライブをやって、あとは日本から友達を呼びまくっただけでほんとになんにもしていなかった。ときどき思い出して笑ってしまうのが、なぜか日本からスーツを持って行っていて、なぜかと聞くと何かの賞をもらうかもしれないからと言っていたことだ。宿を変えるたびに1年分の馬鹿でかい荷物とハンガーにカバーがついてるだけのスーツを持って移動していた。とはいえ「破裂 OK ひろがり」というめちゃめちゃ良い——良すぎて名前負けするんじゃないかと心配していた——展示タイトルをはじめ、インドから持って帰ったものがいろいろ反映されている展示になっていてすごいなと思った。それに「リサーチベースド」な作品にありがちな、これを持ってきましたということだけが作品の必然性を担保するようなことにもなっていなくて誠実な態度だと思う。とはいえインドでのあの無為は無為であってほしいし、あれが無為でなくてなんなんだと思う。昼過ぎに起きて、カレーを食べると元気になるがすぐに暑さで怠くなって、夜中に何時間もくろそーと3人で喋って配信していた。今月末でペリスコープがサービス終了するのでデータをアーカイブしとかないと。

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【お知らせふたつ】大和田俊論、『都市科学事典』

「お知らせ」ページも使わなければと思い。こまめに書いてればどういう仕事をしているか遡りやすいし。

ひとつめ。大和田俊の個展「破裂 OK ひろがり」の批評がウェブ版美術手帖に掲載されました。ぜひ読んでください。

ふたつめ。こないだ出た『都市科学事典』(出版社リンク)に「ドゥルーズ゠ガタリにおける都市」という項目を書いています。高い本なので「使う」というひとは買った方がいいと思うけど、そうでなければ近所の図書館にでもリクエストしてみてください。

これも含め近々プロフィールも更新します。今活動一覧しかないし、4月から所属も変わるので。
しかしプロフィールに活動一覧があればお知らせの蓄積も意味ないんだろうか。まあ考えます。

3月23日

 久々に夜書いている。もう朝4時だけど。いちど寝たのに体が震えるほどの空腹とともに1時間ほどで目が覚めることが2, 3ヶ月に一回くらいある。低血糖気味なのかもしれない。それでお菓子を食べる。今日は食べかけのポテチがあったのでちょっと湿気っているがそれを食べている。キーボードが汚れないように、つまんだ指でタイプしないようにしながら。お菓子がないときは近くのコンビニに行って、そういうときはいつもお菓子とコーラを買って、店を出てすぐコーラを飲む。痛いくらい喉が急に開いて、痛いくらい冷たい。それでもうほとんど満たされてはいるが、そういうわけにもいかないので帰ってだらだらお菓子を食べて寝る。今日は家にグレープフルーツ味の炭酸水しかない。家では炭酸水とコーヒーばかり飲んでいる。そういえば村上春樹の「パン屋再襲撃」も真夜中の空腹を扱っていた。空腹で眠れなくなった若い夫婦がパン屋を襲うべく車に乗る。開いている店が見つからないので妻がマクドナルドもパン屋だということにしようと言って襲う。店員はさして抵抗せず、奥の方でバイトだか客だかが居眠りしている。これはフランチャイズ店とその客の切迫したやりとりがマクドナルドという記号=資本のもとで空疎なものとなる、後期資本主義版カフカとでも言えるようなコント(小話)なのだろうか。そう言えなくもないだろうけど、そう言うことの馬鹿らしさもすでにこの話に含まれているだろう。ともかく今いちばん気になるのは彼らがコーラを奪ったのかということだ。

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3月22日

 記事一覧を見ていて、3月16日の次が3月18日になっているのに気づいた。京都に行った日あたりなのでバタバタして書き忘れてしまったのかもしれない。せっかくここまで毎日やってきたのにと焦った。日付の振り間違いかと思ったがどう直してもどこかが1日飛ぶ。しかもその日あったことを夜に書くのでなく翌日の昼に前日のタイトルでその日のことを書いたりそもそもその日に直接関係ないことを書いたりしているので、内容を読んでもどこが抜けているのかわからない。しかし18日の記事を編集画面で開くと改訂の履歴のところに表示があって、そこを見ると17日の日記に18日の日記を上書きしてしまっていることがわかった。クリームソースのパスタとまいばすけっとについて書いた日だ。たった5日くらい前の、書いたときはよくできたと思った日記なのに完全に忘れていた。履歴から記事を復元して投稿しなおした。しかしなんて脆いんだろう。改訂履歴の機能がなければ思い出せなかっただろうし、もう少し遅かったらああ抜けちゃってるなと思っておしまいだっただろう。

 日記を書き始めて少しは日にちの感覚がしっかりするかなと思ったけどむしろ逆効果で、こないだ千葉正也の個展の受付で館内の映像が撮影・配信されることの承諾の署名を書くときについさっき日記を書いたのに日付がわからなくて聞いた。今日は昨日の日記を書いた日で、明日の日記に書かれる日なのでつねに前後1日に時間がブレている感じがする。そのブレのなかで、当のそのブレを引き起こした日記すら抜け落ちてしまう。本当に脆い。

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