1月13日

夕方、珈琲館を出るときに、財布がないことに気づいた。鞄をひっくり返したり上着のポケットを何度も確認するがどこにもない。その前にカフェドクリエで作業していて、そこの支払いで使ってからどこかで失くしたのだ。でもどこで? 気が動転してぜんぜん頭が回らない。間の悪いことに珈琲館は現金でしか支払えない。店員に申し訳ないが財布を忘れたので家に取ってくる、家はすぐそこなので10分もかからないと言って店を出た。カフェドクリエに電話しながらお金を取りに帰る。そっちにもないようだ。もう見つかりようがない。珈琲館の支払いを済ませて交番に向かいながら、クレジットカードの使用停止の申請をした。

変な話だが、僕は物を失くすことにたいへん弱く、というのは、失くしやすいということではなく「失くした」と思うことにとても激しく混乱してしまう。大阪にいたときはしょっちゅう、財布を失くしたと思ってほうぼうに電話をかけ警察に行って家に戻ってきたら、レンジの上とか洗濯機の上とか、ふだんそんなところに絶対に置かない場所にあって、安心していいのかなんなのかよくわからなくなるということがあった。それはいつも財布で、意識のエアポケットみたいなところに滑り込むのだが、そこには絶対精神分析されたくない何かがある(分析するまでもない。お金が怖かったのだ)。最近はそういうこともなくなっていた。

しかし今回は確実に失くしていて、しかもそれは彼女にもらった財布で、しかもそのなかには外していた結婚指輪が入っているのだ。結婚したのは夏で、前々からそんな感じのことを言われていたのだが結婚全般が嫌いなんだと言って断っていた。われわれふたりのことと結婚に何の関係があるのかと。しかしよくよく考えてみると、僕のほうは結婚しようがしまいが誰も気にしないが、彼女は結婚したらしたでいろいろ面倒だし、職業柄なんというか迎合的に見られなくもないかもしれないし、しなかったらしなかったでもっといろいろ言われるのだ。それで指輪を買って、婚姻届を出して、式はコロナを口実に(と言ったら悪いが)せず、彼女の両親がお金を出してくれてなんだか豪華なところで借りた服を着て写真を撮って、いろんなことが進んでいった。はてはうちの親にお歳暮を送ると言って、すでにクラ交易みたいに贈り物が飛び交っていたので、それだけはやめてくれ、これは消耗戦だと言ったが何か送ったらしい。

直接会った友達に報告する(なんで「報告」なんて言うのか)くらいで周りの状況もこれといって変わらないし、自分のなかにそういうこととは関係ない場所を確保したかったのだと思う。この日記だってそうだ。歩いた道を行ったり来たりして、何度も鞄を確認してどこかに落ちていないかと探した。不安で口がカラカラになって嫌な匂いがしてくる。柄にもなくいやーとかマジかとか言いながら、現金だけ抜かれてどこかに捨てられているんじゃないかと潅木の下とかを見ていた。憔悴しきって家に帰って、仕事を終えた彼女に謝って、ふたりとも黙ってご飯を食べていると電話が鳴って、交番からで、財布が届いたということだった。取るものもとりあえず受け取りに行く。警官が茶封筒から財布を出す。中身も欠けていなくて、指輪も入っている。僕が歩いていない道に落ちていたのを宅急便か何かの人が拾って、仕事終わりに届けてくれたらしい。

夜、今回のことがあまりに情けなく、ショックでいろいろ考えて眠れなかった。僕は彼女に結婚を申し込むべきなのかもしれない。本当に悪いことをした。それに本当に結婚などどうでもよく、彼女のことが好きなんだと思う。だから僕が言うべきなんだ。彼女が起きるまで起きておくことにした。それにしても、見つからなかったらどうなっていたんだろう。

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カテゴリー: 日記