日記の続き#112

本当は昨日行くべきなのだが、今日、津久井やまゆり園の慰霊碑に参拝をした(他の言葉が思いつかないので「参拝」としたが、寺や神社でない場所に行くのにこの言葉を使うのはどこかしっくりこない)。昨日は事件から6年の追悼式があった。今日はとくに何もない。昨日は起きて動き出すのが遅すぎて一般参列の時間に間に合わなくなってしまって、今日行くことにした。佐々木健さんの展示を見て、彼にインタビューをしてから、ずっと行かなきゃと思っていたのだが、それが延びて、昨日も逃して今日になった。1時に家を出る。桜木町まで地下鉄で出て、そこから八王子行きのJR横浜線に乗る。景色がだんだん山がちになってくる。八王子で中央線に乗り換えて西に向かう。高尾を越えると長いトンネルがあって、どうやら高尾山を突っ切っているようだ。抜けたところに相模湖駅があって、そこからバスに乗る。ここまで来てもまだ人がたくさんいることに驚いた。バスの席も半分ほど埋まっている。「小原、底沢、千木良、宿村」と停車場の名前がディスプレイに並んで、不思議な名前だと思ってメモした。それが「おばら、そこざわ、ちぎら、やどむら」になったり「OBARA、SOKOZAWA、CHIGIRA、YADOMURA」になったりする。底沢ってどんな場所なんだろうと思っていると、相模川沿いを走る道が山の方に食い込んでいって辺りが木に覆われて暗くなり、崖に突き当たったところで鋭角にカーブするのだが、そこに小さな橋があって、そこに底沢というバス停があった。狭く深い岸を鬱蒼と枝が覆っていて、その下にあるのだろう川の支流を見ることはできなかった。やまゆり園で降りたのは僕だけだった。再建された施設のエントランスに「鎮魂のモニュメント」という水鏡を湛えた慰霊碑があって、献花台にヤマユリの花の絵と、遺族が公表を希望した7人の被害者の名前が刻まれている。ヤマユリの花でいいのだろうかということと、それが19本ではなく18本なのが気になった。水鏡には「ともに生きる社会かながわ憲章」が彫られ、それとは別に遺族の言葉が彫られた石碑が設置されている。相模川に降りる斜面を切り崩して建てられており、主な施設はエントランスより低いところに建てられているので、道路や慰霊碑からは受付の小さな建物だけがあって、その向こうは対岸まで抜けているように見える(エントランスを抱え込む大きな柵のような装飾がその印象を強める)。当たり前と言えば当たり前だが僕のほかに参拝客はいなかった。そこから少し歩いて、ささけんさんの《相模川》に描かれた景色が見える橋まで行く。どこも日陰がなくてとにかく暑い。沸き立つ木の緑に目が吸い込まれるようだ。川面があまりに直截に空を反射するので、一様に青い空がなおさら非現実的に見える。橋はそのまま分厚い山のトンネルに続いていて、ここが行き止まりなんだと思った。来た道を帰った。自分の汗の匂いが気になった。マップを見ると横浜に着くのは7時ということだった。