日記の続き#120

八月の30年——3歳

それにしても最も古い記憶が自転車に乗るのと文字を書く記憶だというのは、三つ子の魂百までというのはよく言ったもので、今でも乗り物は好きだし、文字はこの通り毎日書いているので、よくできたものだなと思う。しかし3歳の頃の記憶というともうひとつあって、こっちはどうにも収まりが悪い。父がジェミニという車——たまたまだが僕は双子座だ——をハイエースに乗り換えた頃の記憶で、ふたまわりほども大きくなった車体にうっすらと恐怖を感じていたのだが、その後ろを回って車に乗るときに、すでにエンジンがかかっているマフラーから出る熱風が足に当たってそこに激痛が走ったのだ。それからは排気をまたぐようにして歩いていた。振り返ってみればそれは風が当たると同時に足を挫くかなにかしただけなのだが、因果関係の錯誤による子供らしいマジカルな世界の構築に、痛みが関わっているというのはどういうことなのだろうか。大きい車の排気は痛い。たしかにその排気は僕がそれまで見知っていた排気とは異質な熱をもっていた。痛みはその異質さを認定させてくれるものとしてやってくる。一方でそもそも痛みなしに因果という概念は起動しえないとするなら、そして他方で、そうして立ち上がる因果がファンタスマティックな防護壁でもあるとするなら、痛みは合理と非合理の区別より先にある裸の推論のようなものの条件であるだろう。痛みと推論。それは人を因果から剥離させると同時に、因果を見出されるべきものにする。