日記の続き#124

八月の30年——7歳

小学2年の担任だったニシムラ先生は、僕が初めて会った日常的にサングラスをかけるひとだった。たいていピンクのジャンパーを着ていて、外に出るときは濃いサングラスをかけていた。目が弱いからということらしく、それが一緒になるきっかけだったという話だった気がするのだが、彼女の夫は小さい頃に片目を失明したらしい。何かあってクラス全体を叱っているときに彼女は突然その話を始めた。彼は小学生のとき、後ろの席のクラスメイトに小突かれて、折り悪く机の上に立てて遊んでいた鉛筆の先端が目に突き刺さってそのまま失明してしまったのだ。彼女は泣きながらその話をしていて、その教訓は「ふざけて友達を小突いてはいけない」そして「鉛筆を机の上に立ててはいけない」ということなのだが、子供ながらにその教訓の些末さと話のグロテスクさのギャップに戸惑った記憶がある。どうしてそんな悲痛な出来事からこんなしょうもない教訓が出てくるのかと。いや、もっと正確に言うと、当時の僕が面食らったのはおそらく、形ばかりの教訓を口実にそんな私的な話——惚気話でもある——を泣いてまですることの奇妙さだった。教師にはそういうところがある(たしか「スモーキング・エリア」の#4にもそんな話を書いた)。そしてこれも小2のときだったが、同じ団地に住む同級生のヒロくんが風邪か何かで高熱を出して、その結果片目の視力を失った。これも同じ団地のユウくんは意地悪なやつで、見えているほうの目を隠してこれで本当に見えないのかと言ってからかっていたので腹が立って殴った。ユウくんの親は今で言うヤンママ風のひとで、団地の3階に住んでいたのだが、家で叱られたらしい彼と妹と弟が全裸でベランダに放り出されているのをよく見た。