日記掲示板2

日記掲示板の投稿数が999件に達し、新規投稿ができなくなっていることに気づいたので新たに作りました(もしその間投稿できなかった人がいたらすみませんでした)。

ルールは同じで以下の通りです。
(1)以下のコメント欄に名前と内容だけを書く(アドレスは不要)
(2)名前は本名やどこかで使っているアカウント名ではなく、このサイトだけの通称を使用すること
(3)日記以外のものは雑談掲示板に投稿すること

ちょうど僕も1年続けた日記が終わって、新たに日記の続きを書き始めたところなので、みなさんもそれに並走するかたちで気軽に書き込んでいただければと思います。

2022/04/08 福尾

139件のコメント

  1. 昨日、友人達とある展示について話していて、近代から現代の作家を集めた展示だったのだけど、女性が1人しかいなくて強い違和感があったという話だった。見てそう思った?と聞かれて、その時は近代の作家が多いし、まあそんなもんかなというか、その点について特に留意しなかった(問題だとは思ってるし、頭にくるけれど)と答えた。学生の頃どうだった?と聞かれ、そういえば私は学生の頃にはそんなに嫌な思いをしたことなかったなと。国立大の彼女たちのあまりに理不尽な言葉を投げつけられた経験を聞いてびっくりした。
    今日になって私が女性で苦しんだのは、勿論社会的な慣習やバイヤスや、単に非力で舐められるとか勿論色々あるけれど、妊娠出産で自分がまるで機械的な動物になったように感じていた日々のことだったなと思う。「産む機械」という嫌な言葉に反発するけれど、そういう一面はあったな、と、男性作家の大きな抽象絵画の部屋で、興味を失っていた暫くの間に考えていた。

  2. 朝出社して早々、角2封筒を200通ほど、できれば今日中に発送しておくようにと上司から言付けられる。来月の主催事業の案内らしいが、明らかに一人で一度に運べる量ではない。午前中に郵便局に架電して聞いたところ、1件目では小さい郵便局なので集荷はやってないと断られ、2件目にかけた先で封筒の集荷はだいぶ前に全国廃止されていることを教えられた。ヤマトのDM便なら集荷依頼ができるらしいが、予め法人契約の必要があるらしい。あいにくうちの会社は該当しないので、この時点で持ち込みすることが決まった。台車で1往復、脇に抱えて1往復。終業時間間際に、公園で遊ぶ小学生と思しき子供たちの横を通り、国道沿いのセカンドストリートを横に逸れ、集配郵便局へ向かう。集配をやっているだけあって、郵便局といえど大きめのマンションくらいの大きさがある。日も落ちてきてだいたいのものが影だけ残して黒い輪郭になっていく中で、向こうの方に煌々とミニストップが青と黄だけ光らせている。窓口の郵便局員のおじさんは割と丁寧に対応してくれて、こういう客への態度って最初から丁寧な人は丁寧だし偉そうなひとはずっと偉そうなんだよなとなと思いながらおつりを受け取った。だいたい100通で4万くらいだった。

  3. 家で活動的な作業に従事しても、せいぜい4,000歩程度にしかならず、スマートウォッチの初期設定の目標値が1日6,000歩なので、今日も夕食後に外に出た。最初は歩いて、体が少し慣れた頃には、お気に入りの靴の効果で走りたくなる。歩いている時点でふくらはぎも、太ももの前面ももう鈍い筋肉痛のように痛いのに、走れる気持ちにしてくれるシューズ。
    地方の夜は東京よりだいぶ暗い。街灯で路面がよく見えるところだけ走って、暗くなったら歩くを繰り返せば、大体道程の4割くらいを走ることになる。そんな細切れのランニングではランナーズハイになることはこの先もないだろうけど、その短い間は気持ちが充足してアラン・シリトーの『長距離走者の孤独』を高校生の頃に読んだのを思い出した。細部は覚えてないけれど、孤独が心地よい状態でいられる貴重な時間だったような気がした。彼は逃走したんだっけ?と忘れた結末を検索して、冷静で明確な抵抗の意思表示が、現実味がないくらいに大人びて感じる。感化院(少年院)で更生を祈るけれど、入る前も出る時も社会的な事ばかりではなくて、孤独でも平気で、抵抗も出来るようになって欲しいなって思うけれども難しい。
    走ってる間、日記のことを思い出して、今頭の中で呟いてることがそのままこの灰色のサイトの白い窓に連動して打ち出てきたら良いのにって思ったけれど、少しテンションが変で、恥ずかしいかもしれないと思ったのは、健診に行きそびれている歯医者の駐車場を曲がるタイミングだった。

  4. 久しぶりに読みに来たらランダムに日記に飛ぶボタンを発見。
    押してみる。
    そうだこれだ、これですよ。デジタルで日記を書く意義は。楽しい。

    日記本は私が初めて買った”アート作品”かもしれない。と思っていたけれど、ランダムボタンは一度は本として閉じた”アート作品”を再稼働させたようでなんだか嬉しくなる。

    そういえばあるTwitter主さんが内容を全消ししたらしくフォロワーさんが消えたツイートや写真を哀悼していて面白かった。皆静かに喪に服している雰囲気だった。
    福尾さんの日記は急に消えないでほしいし、日記の頭に日付が出ないから読み終わってからへー、これ5年前のだったのか、とかなって欲しい…などと思った。

  5. 昨日、高速道路の分岐を間違えた。予定が詰まっていて、といっても暇な方だとは思うけれど、納期を見越した入稿のタイミングや、別件ではインクの乾燥時間、家族の行事で車を使うスケジュールなどの関係で、今日行くしかない友人の展示会場へ急遽車を飛ばしていた。いつもは下道の山道を行くところを久しぶりに高速に乗ったのが間違い。新しいetc入口から乗った混乱も手伝って、最初の分岐にあった筈の地名を見落としたかなかったかのせいで、目的地から東南の方へ随分と進んでしまい、PAでナビを入れ、間違いを確認した。この先で降りて、山道を西に向かって横断するか、高速に入り直して北上して戻り、分岐点からやり直すかの2択。到着予定時刻を大幅に遅れて、もうただ帰りたくなってしまう。それに(例えば高齢で)慌てて朦朧としてたら、逆走しかねないななんて感覚をチューニングしてリアルに恐怖を味わいつつ、一旦高速を降りて戻る事にした。その方がだいぶ遠いが20分ほど早く着く。
    クラフト系の即売形式の展示で、人気作家だから会場は既にモノも人も閑散としていた。本当に欲しい人は初日に来る、その初日の嵐を思うと、遅れて来てだいぶほっとする私。展示展示と言われても、美術の展示とは違うけれど、そういえば美術展でも、画廊の常客が搬入日に来て買う気満々で作品見てる時の見方は鑑賞者ではなくてハンターみたいだったのを思い出した。もう随分昔のこと。

  6. 今JR京都線で、前を向いて帰っているところだ。
    国立国際美術館で福尾匠さんとキュレーターの福元さんの対談を聞いて、梅田の地下街で串カツと寿司を食べてお酒を飲んで帰ってきた。
    キュレーターの意図が間違っていたと私には思われた対談だったけれど、福尾さんが日記を書いているとこれは日記に書くと思って行動するということを言っていて、私は日記を書いていないのに、福尾さんの対談を聞くから今日は日記に書くような頭で今日を過ごしていたことに気づいた。

    だから、今朝こんなツイートをしたのだった。

    めちゃくちゃ洗濯日和で朝から洗濯機回したのにご近所がすごい勢いで枯れ草を焼き出してあたり一面真っ白になってしまった。シャツや下着が燻製になってしまう。

  7. 昨日の話。
    友人の個展に近所のギャラリーへ行った。元々書をやっていた女性で、一気に描き切ったことのわかる生々しい絵の具で描かれた母子などの人物の絵が並んでいる。その大胆さと彼女自身の率直な佇まいとは裏腹に、とても心配性で、話を聞くと、その大きな絵を描く前にはあれこれ準備をし、イメージして散々逡巡してから取り掛かるとのこと。そうは言っても画面のどこを見ても本当に思い切りが良くて、その話は思いがけない。ちょっと前に陶芸家の友人に誘惑されて陶芸も始めた。不器用な人で、心配症の割には土の強度も釉薬のこともお構いなしで大胆なオブジェを作る。でもやはり、乾燥すると土が縮むとか、釉薬が焼いたらどうなるかとか、説明されても良くわからなくて本当に迷うと言う。その指導役の陶芸家の子が他県に引越してしまい、仕方ないので近所の陶芸教室に通っているという。なら野焼きをするのはどう?と、土器の作り方とかバーベキューコンロで焼く方法とか検索して見せてあげると興味津々ではあったけど、大胆な焼き上がりも彼女の作風にあってる気がしたけれど、帰り道そのことを思い巡らせながら歩いた。なんだろう、きっと彼女は陶芸教室で焼く方が心地よいだろうと。人の大胆さと臆病さには生理的な独特さがあるよなって、振れ幅の大きな人を目の当たりにして面白かった。

  8. 昨日、スマートウォッチが届いた。歩くのサボってるし、何か運動するきっかけが欲しくて注文したもの。
    そういえば昔はいつもお気に入りの指輪をしていた。スマホを使うようになっても、いつも腕時計をしていた。今は本当に何も身に付けないようになってて、これからこれをずっとつけて過ごせるのかはだいぶ新鮮。
    思い立ってランニングシューズを買いに出た。はじめ靴屋に行って探したら、売り場の棚の「Running」と印刷された厚紙の販促資材の扱いにあまりやる気が感じられず、スポーツ用品店へ移動。平日昼間で地方の大型店だから閑散としていて、初心者っぷりに照れもあって誰にも会いたくなかったけれど、自分のサイズの靴を出してもらうのに店員さんを探して相談できた。店員さんもスマートウォッチをしていた。主にウォーキングというリクエストに、クッション性の高いものをすすめてもらう。サイズも思ってたより大きめのものに。
    夕食後、まだ歩数が少な過ぎる今日をどうにかしたくて、そういえばずっと以前に入れてみたけど使ってなかった散歩アプリに、足りない歩数を入力したら、この時間に行っても良いなと思うルートを出してくれた。
    新しい靴はちょっと体が浮いているように感じられて、足を前に出すことを軽々と促す。ついつい走りたくなってしまって走ってしまう、走らせる靴だった。こんなにも違うのか!

  9. 大きな葉書が週末に届いていた。コレクターであり、高齢の友人で、もう目がだいぶ悪くてよく見えない女性。私が手紙を送ってもよく読めないらしいのだけれど、何も変わらない調子で時々送ってきてくれる。
    B5サイズくらい。カラフルなストライプの立体作品のカード、裏全面に上質紙が貼られていて、宛名と文面が書いてある。その紙の下には何があるのか気になるけど、透けて見えるものもなく、特に書き損じは無さそうで、まっさらに見える。Sさんどうして貼ったんだろう?
    風景印にハマっていること、閉廊した画廊のオーナーの話、ロックスターの話、指揮者の話。気負いも脈絡さえもないような走った文面に、彼女の息遣いが感じられて、ああ、私にもこんな未来があり得るだろうか?と空想してみる。全くそうはなれなそう。違うかたちの乗り物に乗ってる。一緒にいてくれることがとても嬉しいと思った。

  10. 眠い。今朝とても早く目が覚めたからだきっと。多分4時台だった。朝はちゃんと起きられるように、寝室には敢えて遮光ではないカーテンが掛けてある。それにしても今朝は普段より早く目が覚めた。時間をかけてゆっくり目が覚めるまでの間にそういえば色々あった気がしたのだけど、、、今ふとキッチンの床を見たら、小さな水溜まり。多分、冷凍庫から氷を出した時に落ちたカケラが溶けたんだと思う。うちではそういうことが時々ある。それで思い出した。
    台所に大きな水溜まりがあり、上を見たら雨漏りの染みが天井の照明器具の近くにあって、ああ、でもここは一階だな、上は何の部屋だっけ?何処かから天井裏に水が回ってきてるのかな厄介だなと考えた時に、あ!これは私の現実の家ではないから夢なんだな、でもこの家には今までに何度か来たことがある、と夢の中で考えたのだった。
    今日はメインの仕事から逃げて、ひたすら段ボール箱を作る作業をした。あまり上手でないのだけれど、ずっとやっているうちにコツを掴んで楽しくなって来た。BGM代わりにリヒターのDVDを流していて、彼が時々何か喋っていた。写真の特殊な様、現実でも記憶でもない、この枠の外もない、(今に)介入して来る的なことを言っていた。これは聞き流してたし正確でないと思うので、私がそう聞いた、そういう意味で印象的に受け取った。
    夢の中の台所は、これまで私が使ったことのある台所のどことも違う。でも思い出すと細部が鮮明になってきて、カラー写真を見るようだった気もする。
    そんな風に今日あった事を繋げてしまうと、夢は捏造されていってしまう気がした。

  11. 数ヶ月前、犬が亡くなったことを思い出した。その日、10年ほど前に祖父が亡くなったときのことを思い出し、10年前のように文章を書いた。そう、10年前、祖父宅で階段を机代わりにして、何か書いたのを覚えている。そのことはある時点まですっかり忘れていたのだが、文章を発掘した祖母(その文章は祖父宅に置いてきたらしかった)が母親に電話をし、母親が私にそんなものを書いていたのねと言ってきて、それで思い出した。それからというもの、ふとしたときにその文章のことを思い出している。犬が亡くなったときも文章を書いたのだが、10年の時を経て私は随分変わってしまい、当時の文章のことは何一つ覚えていないのだけれど、当時よりも濁った文章になったであろうことだけは確信できる。勝手に思い出しては勝手に悲しくなり、と言って私的な出来事および付随する感情をどうすることもできず、私には書いて落ち着くしか出来ないのであった。

  12. 私には難しい本を、1日1段落づつ読み砕くことにしていて調子良かったのに、一昨日、夜に本を開くも前日前々日分位から理解が落ち着いてなくて、戻って確認しているうちに睡魔に勝てずに寝ることにして、朝一番最初にこれに取り組むぞ!と心に決めていたのに、起きたら起きたで、つい諸々の雑務に逃げて機を失して夜になってしまった。何か大事なところの差異の部分を認識できない。
    昨晩は友人たち10人くらいの集まり。それなりに話したし、興味深い思い出話も聞けたけれど、なんとなく「今」から外に出てしまって、目の前で起きている状況が奇妙に思えるばかりで戻れないまま。自転車引きながら歩く帰り道、家人が面白かったね!と言ったことに少し驚いて、淋しい気持ちになった。
    帰宅後2人のアーティストが長時間話し続けるyoutubeの番組の続きを見て、私にとっての共通の話題が幾つか腑に落ちてから就寝した。

  13. 昨日は久しぶりに両親の住む都営住宅へ。年老いた両親に久しぶりに会うと、このところ毎度のことだけれど、想像以上に老けこんでいて驚く。丁度、つい最近父が利用を始めた訪問入浴サービスの日で、話をよく聞いてくれる感じの良い若い女性の担当者にお会いすることができた。風呂上がりの父の着替えを初めて手伝った。元々背が高くて細かったが、さらに痩せて、皮膚が白く柔らかく、別の質感になっている。綿の柔らかいズボンのお腹のところがバッサリ切れていて、母が驚いて問い詰めると、お腹のゴムがきついから自分で鋏で切ったのだと。相変わらずせっかちで大胆。
    買い物に行く、料理をする、洗濯をするも腰が曲がってゆっくり歩く母が全てやっている。スマホなどの電子機器も使わないので、日々の予定は全て頭に入っている様子。危なっかしいが、日々ゆっくり、生きることと直結した生活を送っていて、一緒にここにいると、私もそれ以外のことは何もしなくても良いように思えて来る。

  14. ここ数日気持ちが落ちていて、今日は妹にLINEで弱音を聞いてもらった。芋づる式に後悔を引き出したきっかけの出来事はわかっていて、気分の問題ではあるけれど、その度に自分の弱さと愚かさに驚く。ただ、時間は均質に淡々と流れて行くわけではなくて、都度初めての状況で再生される感情は、違う課題を連れてくるような感じもする、この頃特に加速度的に。多分、初夏に会った憧れの女性が、もう作品他の身辺整理を始めていると話してくれたのも強く印象付けられている。
    そういえば、憧れって何処から来るのだろう。由来がわからず不動なものに、時々悩まされている気がする。
    昨日提出した仕事は、クライアントの評判がすこぶる良かったとの知らせに少しは救われた。仕事を淡々とこなす。
    左足の薬指に小さな水ぶくれ。潰したら水が出てヒリヒリ痛い。絆創膏を貼った。

  15. 本格的な夏の気温になってから、はじめて明け方に起きた。他所のベッドではあまり眠ることができず、寝心地の悪さと自分の体温の高さでハッと目が覚めた。
    夜通し、といってもまだほとんど夜なのだが、長い時間冷房をつけていたので部屋には空気が冷房独特の人工的な冷たさが充満していた。換気のためにキコキコと取っ手を回して小窓を開けると、部屋の中よりも少しぬるい風が入ってくる。夏でもこの時間は随分涼しいんだなと思った。ここ何年かの夏は暑すぎて、昼間の風が吹いても髪が乱れるだけで涼しさは感じられない。夏に吹く風の中でこのぬるい風が一番心地いいと思った。
    今日は昼からバイトに行かなくてはいけない。駅までいく道に、昨日見た建設現場ががまだあるかどうか気になった。以前車で同じ道を通った時、工事の前までそこに何の建物があったのかを親に聞いても、覚えていないと言っていた。小学校の頃、学校に遅刻していくと、その時間にだけ通学路に現れる作業着を着た人を見るのが好きだったことを思い出した。

  16. 一昨日の晩、久しぶりに塩麹を使った。鶏モモ肉を漬け込んで焼いたらとても美味しかった。食べてる合間に多めに漬け込んだ分も焼いていたら、うっかり真っ黒に焦がしてしまった。表面だけ焦げを削げば、肉の方は大丈夫だけど、草臥れたフライパンはもう買い替え時だった。
    今日はニトリにフライパンを買いに行って、ついでになかった私の枕もと思い、冷感低反発枕を買った。息子が冷たい方がいいとそれを使うことにして、私は彼が使っていた枕で寝た。
    朝、枕は外れていて、いつものように布団に突っ伏した状態で目覚めた。
    夢の覚えているシーンは、吉祥寺にあった「和気あいあい」という名のラーメン屋が行ったことないけど閉店していて、西荻窪の「蝶蝶」という名のラーメン屋で私は豚肉を焼いている。女将さんが大きな声で、夕方前の空いた時間に居座っているおばちゃんとずっとお喋りしていた。印象的な店の名前は何処からかやって来たのだろう。

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