11月10日

髪を切りに行こうと思ったらいつもの店が休みで、しょうがないのでみなとみらいの東急スクエアに入っている間違いはなさそうな美容室の予約を取って行った。担当になった店長は世間話より技術的な話をしてくれる人で、僕は人の仕事の話を聞くのが好きなのでよかった。ここはこういうクセがあるのでこう切ったほうがいいとか、ブローするときにこういうところに気をつけたほうがいいとか、前切った人がこうしようとした形跡があるとか、そういうことを話してくれる。そんななかで僕の長年の疑問が氷解したことがあった。ずっと前から、髪を短めにしようとすると後頭部のところがボコっと膨らむのが気になっていて、それはもうずっとずっとそうだったので、僕の髪を切る人は誰もが僕がそういうマッシュルームカット的な形が好きなやつだとみなし、何かそういう自分の文化系っぽさがこの後頭部の感じを引き寄せてしまっているんだと思い込んでいた。しかし彼が言うにはそれはたんに僕の髪の生えグセと切る側の技術の問題で、だから坊主にするのでもなければ短くするよりかえって長めにして髪の重みでうなじとの接続をなだらかにしたほうがすっきりするんだと言われた。これにはびっくりした。髪を切られるたびに俺はどうせマッシュっぽくすればありがとうございますと言って帰っていくやつだと思われているんだと思っていたが、そんな文化的心理的な問題などではなく、たんなる技術的生理的な問題だったのだ。

頭も心もさっぱりしてビルの前にあるテイクアウトだけのコーヒースタンドに寄ると、なんだか凝った店らしくブラックを選ぶと豆の種類の説明をされて、おすすめらしいどっしりしてスパイシーな後味があるという豆を選んだ。先に来ていた女性がカップを片手に店員と気安く話していて、その店員が僕にここらへんで働かれてるんですかとか話しかけるので、いきおい3人で会話がなされているかのような感じになりちょっと身構えた。案の定僕が店員にその変わった形のドリッパーは何ですかと聞いて、彼がこれはお湯をドリッパーに堰き止めるためのレバーが付いてるんですと言うと、女性が僕にコーヒーお詳しいんですかと聞いてきた。自分でハンドドリップするくらいで炒ったり挽いたりはしないですと言ったりしていると、今度は白人の男性がエスプレッソのダブルを買いに来て、彼女が彼にどこの国の方ですかと聞いた。彼女はこの4人でひとしきりお喋りしようとしているのだ。こんなコミュニカティブな人間がいるのかと僕は完全に気圧されてしまい、出てきたコーヒーを受け取ってそれぞれに曖昧な会釈をしながら店を出た。歩きながらひと口すするとたしかにどっしりとしてスパイシーな香りのあるコーヒーで、そう思ったところで、ああ、せめてその場でひと口飲んでたしかにどっしりしてスパイシーですねと店員にひとこと言ってから出るべきだったのだと気づいて、僕はそういうところがなっていないなと思った。しかしみなとみらいは恐ろしい。黄金町とはぜんぜん違う。

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カテゴリー: 日記