日記の続き#236

やよい軒でカキフライ御前を食べて外に出ると日が暮れ始めていて、脱いでいたカーディガンを羽織りなおす。なんだか心が透明になってしまって、イセザキモールですれ違う人々にいちいち頭のなかで俺もそうだよとつぶやく。いたたまれない気持ちで有隣堂に入り村上春樹が訳した後期フィッツジェラルドの短編とエッセイが収められた本を買う。ドトールに入ると店員が若い日本人の男女で、このあたりにこんなお店はここだけだと思う。彼らはあちら側にいて、僕が「あちら」側のひとりとして眺められているようで落ち着かない気持ちで豆乳ラテを待つ。もう妻は家にいる時間だが、こんな気持ちでは帰れないと思ってスーパーで玉ねぎと挽き肉を買って帰って、玉ねぎが色づくまでの永遠を使って体を家に慣らした。

「私はよく覚えている。市内に誰一人友だちがおらず、訪問すべき家を一軒も持たなかったあるクリスマスのことを。我々はすがりつく柱を見つけられなかったので、自分たちがささやかな柱となり、少しずつではあるがその八方破れのパーソナリティーをニューヨークの同時代風景にはめ込んでいった。あるいはニューヨークは我々のことなど目に入らず、好きにさせておいてくれたというべきか。」
フィッツジェラルド「私の失われた都市」(村上春樹編訳『ある作家の夕刻——フィッツジェラルド後期作品集』)