日記の続き#195

夜中にツイッターを見ていたら、K2RECORDSが閉店するというニュースが流れてきた。大阪の日本橋にあるレンタルCD屋だ。阪大時代によく行った。1階に邦楽、2階に洋楽があって、とにかく在庫が多くて、たくさん借りるほど割安になって、郵送で返却ができた。家が豊中市で店がミナミなので、数ヶ月にいちど行って30枚も40枚も借りて片っ端からパソコンに取り込んでいた。借りるときはケースから外して、ビニールのスリーブにCDとライナーノーツだけ入れてもらう。オウテカとか、ジョニ・ミッチェルとか、ボアダムスとか、憶えているものもあるが、大半はいちど聴いたきりで返していた。それでも少なくともいちどは聴いていたのだ。気に入るかどうかわからないアルバムを通して聴くことなんてなくなってしまった。取り込みの速度と、ライナーノーツを読む速度と、曲が進む速度と。中学から修士まではiTunesの時代で、それはつまり、異なる速度が互いに互いのバッファとなるような時代で、そのはざまで視聴は待機であり、待機は視聴であった。サブスクリプションも、数年前から流行っているらしいアナログレコードも、そうしたズレを許容しないという点において一致している。しかしそのズレに、忘れるかもしれないものの歓待がある。(2021年11月23日

日記の続き#194

珈琲館というカードを午前中に切ってしまったので、いちど家に帰って洗濯と昼食を済ませて関内のルノアールまで歩いて行った。こうして1年半も日記を書いていると、一日の出来事とそれを振り返って書くことという関係ではなく、それこそ洗濯と昼食のようにただ一日のうちにあって互いに無関心であるような並列的なこととして、日記のための領域と非日記的な領域のあいだにいつのまにか効率的な仕切りのようなものができてしまう。それは日記を書く時間が安定的に確保されるということではなく、一日の全体のうちに日記のためのゾーンが僕の頭のなかの思いなしも含めて決まりきってくる。つまり、日記的な洗濯もあれば非日記的な洗濯もあり、本来それをジャッジするのが日記の役割であるはずなのだが、そこを素通りできるほどになってきてしまっているのだ。ルノアールから帰って、茄子がたくさんあるので麻婆茄子にしようと思って、スーパーに挽き肉を買いに行って、茄子をどうやって切るのがいいだろうかと考えながら帰った。「帰り道に茄子をどうやって切るか考える」と日記用のメモに書いて、まだ新しいことはあると思った。

日記の続き#193

近所の公園のベンチに、カフェオレみたいな色のフクロウを連れたおじさんが座っていた。トレーニングのウォーミングアップで走ってばかりなのもどうかと思ってHIIT(20秒間動いて10秒間休憩を繰り返す運動)を7周やったあとに懸垂とスクワットをしたら頭痛と吐き気がしてすぐに帰った。ベンチで休んでいると普段着のおばさんが入ってきて、ルイヴィトン風の茶色いブロック柄のショルダーバッグをルームランナーの手すりに掛けて歩き始めた。先日泊まった宿の庭の東屋に囲炉裏があって、灰のうえでひっくり返ったカメムシが自分の体と同じくらいの大きさの炭の破片を脚で器用に転がしていて、妻にこれは何かと聞かれたのでルームランナーだと答えたのを思い出した。

日記の続き#192

わかりやすくイベントフルな日。旅館で妻と朝食を食べて、チェックアウトしてからサロンでコーヒーを頼んで日記を書いて、五月女さんとさちさんと合流して車に乗せてもらって、乙女の滝を見て沼原湿原を歩いてカツ丼と蕎麦を食べて南ヶ丘牧場で牛を見て、那須塩原駅まで送ってもらって、横浜まで帰った。どの移動も20分くらいしかかからなかったし、那須高原は見た目のだだっ広さと観光地の密集ぐあいが不釣り合いな場所だなと思った。車さえあれば1日でたくさん遊べる。山の上のほうに行くと紅葉が濃くなって、湿原には不思議と生き物の気配がなかった。

日記の続き#191

東京駅から東北新幹線に乗って、那須塩原の板室温泉にある大黒屋という旅館で始まった五月女さんの個展を見に行く。駅からタクシーで平野の向こうに見える那須岳に向かって北上する。山にぶつかってすこしのところの渓谷に板室温泉はあって、温泉街と言っても営業している旅館はふたつくらいで、周りにはコンビニもない。フロントでこのあたりで煙草を買えるところはあるかと聞くとないということで、フロントにある煙草からマルボロメンソールを選んで買った。部屋から見下ろせる綺麗な川を見に出ると、これより上には誰も住んでいないからこんなに綺麗なのだということだった。しばらく周りを散歩して、部屋で夕飯を食べて、温泉に入った。袖が邪魔で浴衣を着てご飯を食べるのは難しい。昔、なぜか檜垣先生のゼミ旅行に着いて行ったことがあって、そこにはもうひとりの部外者としてアンヌ・ソヴァニャルグさんも来ていた。みんなで車2台に分かれて熊野まで行って、竜宮城という船でしか行けない温泉宿に泊まったのだが、そこでアンヌさんが旅館内で浴衣を着て過ごすことに戸惑っていたのを思い出した。風呂のシャンプーがタイ料理みたいな匂いで、リンスはヨーグルトみたいだった。シャンプーをするとたちどころに髪の毛がきしきしになったので心配になったが、リンスをすると直った。夜にしばらくこっちに滞在しているらしい五月女さんとさちさんと会って、サロンでしばらくお喋りした。

日記の続き#190

冷たい雨の日。傘を差してジムまで歩いて、ひとしきりトレーニングをして、外に出て閉まったビルの軒先で煙草を吸って、戻ってもうひと頑張りした。

ツイッターでたくさん見られているツイートに付いている名も無き人のリプライを見るのが好きで、マイナンバーカード義務化の話に、個人的には監視が多少面倒でも安心できて便利な社会のほうがいいと思うが、それはそれぞれの好みだと思うという旨の反応があって、「好み」という言葉にびっくりした。異なる立場の人間に理解があるような態度だが、「好み」と言ったとたんに、管理社会のなかで割を食うのは誰なのかということ、そこには「好み」など入る余地もないだろうことはスキップされる。でも世に言う「相対主義」とはこの程度のことを指しているのかもしれない。

日記の続き#189

京都に行く日。イッセイの黒いシャツと白いスエットパンツを着て出かける。シャツに袖を通しながらもう10年くらいこの服を着ているなと思った。学部生の頃、大阪の船場にあるイッセイのお店にたまに行っていて、いつも話しかけてくれる店員の小柄なお姉さんがいたのだが、決まって何着かレディースの服を試着させられた。あれはなんだったんだろう。横浜に住んでからあんまり服屋にいかなくなった。横浜にはいいお店がぜんぜんないし、服を買うために東京にいくのも面倒だ。行きの新幹線で駅で買ったおにぎりを食べて、帰りの新幹線で駅で買ったサンドイッチを食べた。キャンパスのすぐ外のファミマは喫煙者のたまり場になっていて、授業の前後に煙草を吸いながら勘違いした高校生みたいな粗暴な若者たちを眺めている。阪大も横国もこんな感じではなかったので、私立大はやはり別物だなと思う。授業で見るのは院生だけなので、彼らに比べるとぜんぜん元気がない。どちらがいいのか難しいところだ。

日記の続き#188

どうにも頭がしゃきっとしないので、ソファから少しずつ日が暮れるのを見ながら本を読んだ。

昨日難しい本は引用するつもりで読むといいと書いたが、これは文章を素材として見るということだと思う。写真家が街の景色を素材として見るように。何らかの表現に習熟するということは、経験——という語はできるなら避けたいが——を素材として何かを作ることができるということで、それは表現することであると同時にそうした素材に表現を見いだすことでもある(いぬのせなか座の山本さんがよく表現を見いだすという言い方をしていて、前から気になっていた)。哲学の文章の読み書きで言えば、難しいものが読めるようになるのはこの表現することと表現を見つけることの回路が構築されるということだと思う。昔ながらの講読レジュメがこの回路を作るのにいちばん手っ取り早いと思う。ところで、ドゥルーズは『千のプラトー』の動物−芸術論で表現という観念と所有という観念を結びつけていた。表現とは所有であり、所有とは表現である。表現とは何かに表現を帰属させることであり、表現することで初めて所有できる。知識ではなく素材を。所有=簒奪ではなく所有=贈与を。

日記の続き#187

単著単位の長い原稿を触るのは本当に苦しいので、1日ごとの時間を決めてやっていくことにした。そうでもしないとそれ以外の時間がすべて原稿をやっていない時間になる。

夜にラリュエルのPhilosophie et non-philosophieを読み始めた。フランス語の本は再読するときに話の流れを辿りなおすのに時間がかかるので、線を引きながらevernoteで読書メモも取りながら読む。僕らは再読することを前提に本を読むのが当たり前になっているが、これは変なことなんだろう。結果として再読するかどうかはどうでもよく、再読するつもりで——もうちょっと限定的に言うと、いつかどこかで引用するつもりで——読むのは難しい本を読むときのポイントかもしれない。原稿だって読書メモだっていつまで続くかわからないが、日記のおかげでいつまで続くかわからないものをとりあえずやることへの抵抗がなくなってきた気がする。ラリュエルは読んでいるとそんなに毎段落見得を切って疲れないのかと思うけど、1989年で、バディウの『存在と出来事』が1988年で、ドゥルーズの10歳くらい年下で、と考えるとここまでやらないと突き抜けられなかったんだろうなと思う。メイヤスーやブラシエはこういう勇気に励まされて出てきたんだなという感慨があった。

日記の続き#186

ちょっと前まで朝8時くらいに寝て昼3時くらいに起きるめちゃくちゃな生活だったのだが、ここのところ2時か3時には寝て午前中に起きている。家の近くの去年廃業したラブホテルの軒先にゴミが不法投棄されるようになって、それがたちどころに増えていって、もう車道にまではみ出している。通りかかるとテレビの取材が来ていて、ネットで横浜市、南区、不法投棄と調べるとしばらく前からニュースになっているようだった。夜になると酔っ払いの叫び声がよく聞こえるし、なんだか酷いところに住んでいるみたいだ。商店街も近いし作業しやすい喫茶店もたくさんあって、とても住みやすいのだけど。

夜に初めてメルカリで買った服が届いた。マルジェラの白いカーディガンで、個人が出している古着だし、2万5千円というだいぶ安めの値段だったので心配だったが新品と言ってもいいくらいの状態だった。