近所を歩いていると老犬がベビーカーに乗せられているのをよく見る。歩いて雑草を嗅ぎ回らなくても楽しいのだろうか。犬は乗り物が好きなのかもしれない。犬と人間以外の動物が車の窓から顔を出しているのを見たことがない。眼だけの存在になることは、いわゆる「眼差し」について散々言われてきたように、窃視症的な主体=精神=男性と対象=身体=女性の分割であって、それはとにかくけしからんとされている。でも身体性の恢復といっても車に乗ったりするわけで、じゃあ車−身体をサイボーグとして考えようと言われても、ベビーカーに乗せられた老犬を見るとこれをベビーカー−老犬のサイボーグなんだとは言ってはいけない気がしてくる。彼——と便宜的に言うが——も飼い主も、それを歩けるときから続いているいつもの散歩だと思っているだろう。散歩は移動によって景色が変わることと、いつもの景色が日によって変わることの二重の変化を楽しむものだ。それを彼はひょっとしたら10年ものあいだ続けてきて、それがたまたま今はベビーカーをともなったものになっている。彼にまつわる技術的−身体的な変化より、それが同じ散歩であることの方がずっと——彼にとっても、そして哲学的にも——大切なことのように思える。彼が散歩を眼だけで楽しんでいるとするなら、それを窃視的だと言うのは間違っているし、それは君がサイボーグだからだと言うのは酷いことだ。
5月26日
寝室に入るともう明るくて、カーテンを閉めながらこれも日蝕なのだろうかと思った。あえて名付けるならカーテン蝕なんだろうと思いながら寝た。夜。気づくと月蝕の時間は終わっていて、窓から空を見ると薄い雲に月が円くぼやけていた。地球が月のカーテンになっていたわけだ。日蝕は月が地球のカーテンになる。カーテンが開いたり閉まったり、何かのカーテンになったりする。太陽以外はぜんぶカーテンだ。
5月25日
ここ最近ツイッターで「利他学」という言葉をよく見かけるようになって、その言葉を見るだけで恥ずかしくなってくるので「利他」をミュートワードに設定している。もちろんそれは自己犠牲の称揚などではなく、むしろ自分の利と他人の利を義務感ではないもので繋げることが考えられているのだろうけど、それにしたって利他なんてと思う。「優しさ」ならどうだろう。こっちの方が恥ずかしい言葉に思われる気もするけど、僕はいいと思う。優しさにはそれが裏切られたり、完全な自己満足に陥る可能性が埋め込まれているけど、利他はそれ自体で善いことであり、定義上無価値ではありえないからだ。優しさは相手に害をなすことすらある。定義上無価値でありえないということがそういう空恐ろしさをスキップする手形みたいになる気がしてしまう。しかしその手形を受け取るのが恥ずかしいというのはどういうことなんだろう。
5月24日
母から実家の犬が亡くなったと連絡があった。名前はコチ。白と黒のチワワで、高校生のときに家に来て、僕が名前を付けさせてもらった。12歳と9ヶ月。連絡を見てすぐ思い出したのは前の犬、ナナというシーズーが亡くなったときのことだった。ナナもコチも世話をしていたのは実家で一緒に住んでいるじいちゃんばあちゃんだった。ナナが亡くなって、縁側に置かれた寝床に横たえられていて、死んだときの様子をばあちゃんが語るのを聞きながら亡骸を撫でていた。水の溜まったお腹が膨れていた。ばあちゃんのことが心配になり、母に電話で折り返してひととおり様子を聞いて、ばあちゃんに代わってもらった。朝目が覚めたときはまだ生きていて、彼女の横で寝ていたが気づいたら寝巻きが濡れていて、もう亡くなっていたということだった。語気がしっかりしていることを確かめながらなるべく大きく相槌を打って、散歩の相手がおらんくなってさみしゅうなるねと言ったが聞き取れないようなので長生きしいよと言ったら、看護師をやっている母がプロフェッショナルな優しさを感じる口ぶりで長生きしいよってと繰り返した。
5月23日
文体は無ければ無い方がいいと思っている。というか、文体とあえて呼ぶべきものがあるとすれば、それは自分の文章に出てしまっている凝りのようなものを引いて引いた先に残ってしまうものだと思う。いわゆるツイッター構文と呼ばれるもの、慣用句、ミーム、読者への呼びかけ、意味ありげな鉤括弧、ぜんぶ要らない。「少し重たい風に吹かれながら喫茶店に向かった」という文より「少し重たい風が吹いていた」と書いて次の文ではもう喫茶店にいる方がずっといい。風に吹かれながら歩いている自分を書くのではなく、風を書いたら歩くことが自動的に出てくるような書き方が理想だ。そうして凝りを摘み取っていくと、たとえば同じ文末が続くことがまったく気にならなくなってくる。文末や接続詞の操作によって演出されるのは実のところ書いている側の盛り上がりで、もちろん読者がそれに移入することもあるだろうけど、そういう共同性には先がないだろうとも思うし、書いていてしんどくなってくる。もちろんいろんなレベルにあるテンプレートを許さないと文章は書けないので、それを程度問題として捉え返す距離感が必要だということだ。それでも残ってしまうものとしてイディオムと付き合うべきだ。僕の文章では「剥がれる」という言葉がいい意味で使われることが多くて、「くっついてくる」はネガティブな意味で使われるのに、「両立可能」がポジティブな意味で使われる。そういう傾きに出くわすたびに、これにしがみつくことがこれを肯定することではないんだぞと思う。

5月22日
起きて昨日の日記を書いて、次の原稿に取り掛かるのがどうにも億劫で、だらだらとそわそわの重ね合わせみたいな感じで一日が過ぎていった。せめて日記を書いてしまってから寝て明日やろう。以下はその原稿のためのメモで、これまで日記に書いたことで原稿に使えそうな日をピックアップしている。絵画論を書こうと思っている。
3月26日
千葉正也個展について。受付で書かされる名前は感染経路のトレースのためではなく会場の撮影・配信の許諾書だった。その時点で嫌な予感がする。絵と、絵になるべきものしかない。警備員とその脇にある彼の肖像画、画面から突き出る棒に取り付けられた半透明のプレートと、そういうものが描かれた絵。タイトルのない個展。しかしYou can sit on this chairとか、そういう言葉はこれもしっかり絵として描かれて用意されている。イメージの多重化と、youやthisへの拘束によるこれでもかというほどの包摂。絵が上手いことへの照れ隠しなんじゃないかと思った。順路の最後の絵だけアクリル板で覆われていて、その直前に鏡越しにしか見えない作品があったのもあり、そこに自分の影が映り込むのが気になった。署名させられ撮影され配信され最後は絵に重なる自分の反映を見て、絵を見るってそんな忙しいことなのかと思った。
3月15日、3月16日
ロザリンド・クラウスの「指標論」について。クラウスはシフターを指標のひとつとしているが、物理的因果関係の痕跡である指標と言語的−社会的なネットワークに依存するシフターはどこまで同一視可能なのか。これは突っ込んでも旨みがないので、なぜ絵画を論じるために指標=写真的なものとシフター=言語的なものを使うのかというフレームで議論を立てる。シフターに基づく「キャプション」と指標に基づく「インスタレーション」という語の頻出に着目する。このふたつは絵画がそこにあることを自己正当化する手管であり、千葉の個展に見られるものだ。
5月11日
本山ゆかり個展について。大枠はこの日書いた通り。タイトル(「コインはふたつあるから鳴る」)があって、コロナ対策の記名があった。愛知県で非常事態宣言が出たため見に行った翌日、会期途中で終了した。市の文化財団が運営しているギャラリーで、受付には本山が表紙を飾る当地の広報誌がふたつ並んでいた。その場と地続きであることによる温かさと、文字通り吹けば飛ぶような脆さが一緒になっていて、それは作品のあり方と響き合っているような気がした。
書けそうな気がしてきた。日記を並べ替えるだけである程度原稿ができてしまうというのは発明なんじゃないか。
5月21日
夜に中目黒に行って、五月女さんが所属しているギャラリー、青山目黒に集まってスーパーで買ってきた惣菜をみんなで食べながら喋った。どうしてかそれぞれの親との関係という話題になって、この日記を親に読まれていてそれが嫌だという話をした。読まれていることより読んでいることを伝えることで僕がどういう気持ちになるのか考えが及ばないことが嫌なのだけど、そんなこと言ってもしょうがない。彼らは『眼がスクリーンになるとき』が出たときに玄関に飾っていたような人らで、本を玄関に飾るなんてそれだけでぞっとするのだけど、こういう話も他人からすれば微笑ましいエピソードなのかもしれない。それで千葉雅也さんの「オーバーヒート」はやっぱりすごいと思うという話もした。この日記とそれが引き起こす屈託なんてぜんぜんかわいいもので、あの小説が——内容だけでなくその執筆の感情的負担や作品の社会的認知が引き起こすことを含めて——彼のご家族との関係にどういう複雑な機微を生むのか想像もつかない。話法やモチーフの繋ぎ方どうこうより、読んで最初に思ったのはとてつもない勇気だなということだった。業界的には「作者の死」的な前提を敷くことが常識になっていて、作中の主人公の両親と千葉さんのご両親は別物なのだけど、生きて書いている作者にとってはこの「両親」と「ご両親」の距離こそがフェータルなものになる。土地を失った実家との関係を扱ったあの小説自体もまた、支点のない距離のなかに投げ込まれている。
5月20日
昨日弱音を吐いたら雑談掲示板に日記掲示板常連の人たちから優しいメッセージが来て、掲示板を作ってみて本当によかったと思った。今時インターネットでこういう経験ができるのも珍しいだろう。彼ら彼女らはここでは「日記掲示板の常連の人たち」以上の存在になりようがないし、そういうその場限りの存在であることによって生まれる優しさと、でもやっぱり関係ないという感じが背中合わせになっている。どうかこれが冷たく聞こえないでほしいと思いながら好きにすればと言うことがよくあるので気持ちはわかる気がする。他人の屈託に付き合うだけが優しさではない。
ともあれ日記は続けるし、これからも毎日書くだろうけど、書き方は変えるかもしれない。でも変えられないのかなとも思う。たとえばその日読んだ本の引用だけとか、ツイートみたいな一文とか、写真だけとか、そういうのでもいいじゃないかと思う一方で、それなら書かない方がいいとも思う。あといつのまにかそうなってしまっていることとして、この日記ではこの120日間いちども——たぶんいちども——「僕」や「私」という一人称を使っていないということもある。一人称を避けるというのはあまりに陳腐な思いつきで、かつ、避けたからといって文章が非人称的になるわけでもないのは百も承知なのだけど、あるとき使っていないなと気づいてそれからは意識的にそうしてきた。「僕」と言いたくなるのはたいてい彼はこうだけど僕はこうだとか、みんなと違って僕はこう思うとか、実は僕はこうなんだとか、そういう臭みが混ざっているときだなと気づいて、「今日」とか「このサイトの日記」とか、そういうものに文の帰属先を一元化したいという潔癖症に駆られてきた。そういう愛すべき臭みのための場所は他にいくらでもあるだろうと。でもそれも変えられないのかもしれない。日々の変化より積み重ねてきた屈託の方がずっと頑固かもしれない。それが怖い。それが愛おしい。
5月19日
気分の上下があんまりない方だと思っていた。実際すごく塞ぎ込むこともなければ喋りまくったり無茶な遊びをしたりすることもないし、酒さえ飲まないし、あえて言えばつねに微弱な鬱で、それによって本当の鬱になる危険に対して敏感になることができているんだと思っていた。今日で日記を始めて丸4ヶ月で、必ずしもそういうわけではないなと気づいた。こんなに毎日面白くていいのか、みんなびっくりするだろうなという謎の全能感が数日続いたと思えば、こんなにつまらないものを人に読ませるのは恥ずかしいという気持ちになって、公開ボタンを押すのが辛いこともある。思春期かというような自己評価の揺らぎで、それはそれで新鮮なのかもしれないけどそうも言ってられない。日記なんだからそんなこと気にしなければいいのだけど、それができればわざわざネットに書いたりしない。今はこんなものが1年分積み上げられたからって何になるのかと思っている。人の話を聞くべきなのかもしれない。そう、ここまでやってきて間違いなく財産になっているのはコンスタントな読者がいることだ。読者の話を聞いてみよう。ユーチューバーだってコメント機能がなくて再生数のグラフとにらめっこしているだけだったら気が持たないだろう。読者の言葉が書き続けることのダイレクトな支えになるのだとしたらそれはやっぱりすごく面白いことかもしれない。そういえば日記を始めたときにぼんやり考えていたのは、なぜユーチューバーは毎日投稿して初めて一人前と認められるのかということだった。すごく残酷な不文律だけど、そういう犠牲のありかたが書くことと生きることの関係に何をもたらすのかはまだよくわかっていないし、何かある気はする。
5月18日
朝10時頃に宅配のピンポンで目が覚めたのだけど、どうにも眠たくてベッドに戻ってきたらもう2時で、昨夜寝たのも2時頃だったから12時間くらい寝たことになる。コンビニまで出てパンとカフェラテを買って食べて、もう始まっている頭のなかの推敲が嫌になってそれを動画で紛らわせて、やっと日付をタイプした。
進まないと言っていた原稿もなんだかんだで終わりが見えてきて、本屋に寄って最近ちくま学芸文庫に入った北澤憲昭『眼の神殿』と、ちくまプリマー新書の中村桃子『「自分らしさ」と日本語』を買った。帰って交互にぱらぱら読みながら、そういえば70年代以降の哲学と芸術学を貫く指標論への着目とコンセプチュアルアートの同時代性には何かがあるのかもしれないと思った。美術との並行性まで収めるとスケールが大きすぎるがリオタール、クリプキ、クラウスの接続は論文にしてみるべきかもしれない。とりあえず「指差す言葉」というタイトルが思いつく。本はもちろんそれ自体のうちにいろいろあるんだけど、指圧や灸みたいにふだん刺激されない場所を押されて、本に向けた意識的な関心とも本の内容とも関係ないものが出てくることがある。そういうのはなかなか言葉にならないけど、手応えのあるアイデアはそういうことの積み重ねでいつの間にかできていることが多いと思う。