3月24日

 大和田俊個展評が公開された。いろんな人に読んでほしい。彼が1年間インドに滞在していて、そこに3週間くらい遊びに行ったのが2019年の2月とか3月だったかな。インドの街の感じを知っているから書けたセンテンスがひとつだけ入っているが、全体的にできるだけ抑えた書き方にした。彼は1年間で何度かライブをやって、あとは日本から友達を呼びまくっただけでほんとになんにもしていなかった。ときどき思い出して笑ってしまうのが、なぜか日本からスーツを持って行っていて、なぜかと聞くと何かの賞をもらうかもしれないからと言っていたことだ。宿を変えるたびに1年分の馬鹿でかい荷物とハンガーにカバーがついてるだけのスーツを持って移動していた。とはいえ「破裂 OK ひろがり」というめちゃめちゃ良い——良すぎて名前負けするんじゃないかと心配していた——展示タイトルをはじめ、インドから持って帰ったものがいろいろ反映されている展示になっていてすごいなと思った。それに「リサーチベースド」な作品にありがちな、これを持ってきましたということだけが作品の必然性を担保するようなことにもなっていなくて誠実な態度だと思う。とはいえインドでのあの無為は無為であってほしいし、あれが無為でなくてなんなんだと思う。昼過ぎに起きて、カレーを食べると元気になるがすぐに暑さで怠くなって、夜中に何時間もくろそーと3人で喋って配信していた。今月末でペリスコープがサービス終了するのでデータをアーカイブしとかないと。

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【お知らせふたつ】大和田俊論、『都市科学事典』

「お知らせ」ページも使わなければと思い。こまめに書いてればどういう仕事をしているか遡りやすいし。

ひとつめ。大和田俊の個展「破裂 OK ひろがり」の批評がウェブ版美術手帖に掲載されました。ぜひ読んでください。

ふたつめ。こないだ出た『都市科学事典』(出版社リンク)に「ドゥルーズ゠ガタリにおける都市」という項目を書いています。高い本なので「使う」というひとは買った方がいいと思うけど、そうでなければ近所の図書館にでもリクエストしてみてください。

これも含め近々プロフィールも更新します。今活動一覧しかないし、4月から所属も変わるので。
しかしプロフィールに活動一覧があればお知らせの蓄積も意味ないんだろうか。まあ考えます。

3月23日

 久々に夜書いている。もう朝4時だけど。いちど寝たのに体が震えるほどの空腹とともに1時間ほどで目が覚めることが2, 3ヶ月に一回くらいある。低血糖気味なのかもしれない。それでお菓子を食べる。今日は食べかけのポテチがあったのでちょっと湿気っているがそれを食べている。キーボードが汚れないように、つまんだ指でタイプしないようにしながら。お菓子がないときは近くのコンビニに行って、そういうときはいつもお菓子とコーラを買って、店を出てすぐコーラを飲む。痛いくらい喉が急に開いて、痛いくらい冷たい。それでもうほとんど満たされてはいるが、そういうわけにもいかないので帰ってだらだらお菓子を食べて寝る。今日は家にグレープフルーツ味の炭酸水しかない。家では炭酸水とコーヒーばかり飲んでいる。そういえば村上春樹の「パン屋再襲撃」も真夜中の空腹を扱っていた。空腹で眠れなくなった若い夫婦がパン屋を襲うべく車に乗る。開いている店が見つからないので妻がマクドナルドもパン屋だということにしようと言って襲う。店員はさして抵抗せず、奥の方でバイトだか客だかが居眠りしている。これはフランチャイズ店とその客の切迫したやりとりがマクドナルドという記号=資本のもとで空疎なものとなる、後期資本主義版カフカとでも言えるようなコント(小話)なのだろうか。そう言えなくもないだろうけど、そう言うことの馬鹿らしさもすでにこの話に含まれているだろう。ともかく今いちばん気になるのは彼らがコーラを奪ったのかということだ。

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3月22日

 記事一覧を見ていて、3月16日の次が3月18日になっているのに気づいた。京都に行った日あたりなのでバタバタして書き忘れてしまったのかもしれない。せっかくここまで毎日やってきたのにと焦った。日付の振り間違いかと思ったがどう直してもどこかが1日飛ぶ。しかもその日あったことを夜に書くのでなく翌日の昼に前日のタイトルでその日のことを書いたりそもそもその日に直接関係ないことを書いたりしているので、内容を読んでもどこが抜けているのかわからない。しかし18日の記事を編集画面で開くと改訂の履歴のところに表示があって、そこを見ると17日の日記に18日の日記を上書きしてしまっていることがわかった。クリームソースのパスタとまいばすけっとについて書いた日だ。たった5日くらい前の、書いたときはよくできたと思った日記なのに完全に忘れていた。履歴から記事を復元して投稿しなおした。しかしなんて脆いんだろう。改訂履歴の機能がなければ思い出せなかっただろうし、もう少し遅かったらああ抜けちゃってるなと思っておしまいだっただろう。

 日記を書き始めて少しは日にちの感覚がしっかりするかなと思ったけどむしろ逆効果で、こないだ千葉正也の個展の受付で館内の映像が撮影・配信されることの承諾の署名を書くときについさっき日記を書いたのに日付がわからなくて聞いた。今日は昨日の日記を書いた日で、明日の日記に書かれる日なのでつねに前後1日に時間がブレている感じがする。そのブレのなかで、当のそのブレを引き起こした日記すら抜け落ちてしまう。本当に脆い。

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3月17日(*消えていたので再録)

 一昨日作った鮭と菜の花のクリームパスタがあまりに美味しくて昨夜も同じものを作った。鮭が一切れ余ってて、買い足すのが生クリームだけで楽だったし。1日目に作るときに菜の花があるのでパスタにしてみようと、家からすぐのまいばすけっとに行くと鮭は塩鮭しかないし、生クリームも料理にも使えるというなんだかわからない「ホイップ」というものがあるだけで困ったが、他の店が開いている時間でもないのでそれらを買って帰った。塩鮭と「ホイップ」で十分美味しかった。むしろ塩を振るより鮭の淡白な感じが出ずよかった。2日目は大きいスーパーで普通の生クリームだけ買い足して、やはりクリームは「ホイップ」より生クリームだなと思った。風味も違うし、「ホイップ」は加熱して麺と合わせると分離のせいか色が飛んで透明になった。

 でも明日も作ろうと思うくらい美味しかったわけだし、あらためてまいばすけっとの帯に短し襷に長し感はなんなんだろうと思う。頭の中で数えてみると徒歩5分圏内に5店舗ある。どんなコンビニもそんなにはない。店の分布と棚の分析で論文が書かれるべきだと思う。でもそういうことは企業の側がすでにものすごい調査をしているんだろう。インフラ化した小売業というとコンビニがまず思い浮かぶしそれはほとんど国民感情になっていると思うけど、コンビニは曲がりなりにも期間限定にしたり同じジャンルの他のものより50円くらい高くしたりで贅沢感を出している——泣ける話だが——のに対して、とりわけ都市部の住宅街でまいばすけっとは、自炊を節約のために「させられている」ものだと感じさせる店としてある気がする。そして当然それは何か都市生活者があらかじめ抱いている切迫感の反映でもある。コンビニで20円高いだけの「プレミアムブレンド」のコーヒーを飲むより、生クリームより100円くらい安いなんだかわからない「ホイップ」を買う方が何かに対して誠実なことなのかもしれないと思う。何に対してなのかはわからないけど。

*手違いによりこの日記に3月18日の日記を上書きしてしまい消えていたので、編集履歴から復元し再録した(3月22日)。

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3月21日

 書きあぐねていた事務書類があって、ある物が「不要」である理由を書かなければならかったのだけど、不要だから不要なのであり、それ以上考えるのが面倒になりほったらかしにしていた。しかし昨晩ふと「用途がない」という言い回しが思い浮かんで、これなら書けるなと思いながら眠り、起きてさっき書いて出した。これで通るのかどうかは別問題だけど、こういう突破は他の文章を書いているときにもよくある。

 これこれの事由により不要である、というのはとても強い言い方だ。いくら理由を連ねても、それと積極的に不要だと言うことのあいだにはジャンプがある。それがあると害をなす、あるいはそれが使えなくなるような破損を被っているわけでもないものについて、これはいらないと言うのは、結局いらないからいらないと言っているのと変わらない。しかしこれこれの事由により用途がなく、したがって不要である、というのは不思議なことにロジカルな感じがする。用途がないと言えば当の物の「パフォーマンス」について言及する必要が一切なくなる。物そのものではなく物を取り囲む状況に問題がシフトされるわけだ。あとは相手のプロトコルないし担当者の性向が「用途がない」と「不要」の短絡を受け入れるかどうかに関わっている。いずれにせよ文章というものは、「不要」の手前に「用途がない」を置くだけで視野がぱっと開けるような微妙な手続きの連続で成り立っている。

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3月20日

 雨。昨夜横浜に帰ってきた。そういえば京都に出る前に彼女に天気がいいから富士山が見えるねと言われたのに、行きも帰りも新幹線に乗ったのは夜だった。昨日は昼から梅田に行ってお互い博論を出し終えた米田さんと会ってお茶をした。会うのは2年ぶりくらいで、お互いや周りの友達の近況を聞き合ったり、これからどうするかという話をしたり、昔は——といっても5年くらいしか経ってないけど——よかったねという話をしたりした。確かに一緒によく遊んでいた頃は読書会をして、思弁的実在論というスケールの大きい潮流が紹介されていて、首塚にみんなで泊まり込みで作った『アーギュメンツ#2』で批評や美術の人と初めて関わっていた。今25歳くらいの人が何との距離で何をしてどう遊んでいるのか想像できない。

 米田さんと別れて久々の梅田だからぶらぶらしようと思って中崎町の古着屋に行った。もっとクラシカルだった頃のA.P.C.の暗い灰色のステンカラーコートと、Julien Davidの作りは変だけど形がきれいな白いデニムパンツと、マルジェラのレモン色の革のショルダーバッグを買った。思わぬ散財だったけど正規価格の5分の1くらい、東京の古着屋の半額くらいだと思う。5年くらい前にこの店で買ったものをまだしょっちゅう着ているしと自分を安心させた。

 京都に戻ってくろそーと藤村さんと合流し「ひるにおきるさる」メンバーでご飯を食べた。3月13日が藤村さんの誕生日で、その日の日記を読むのを楽しみにしていて、めちゃめちゃユルい日記で嬉しかったと言われそんな楽しみ方があるのかとびっくりした。終電なのでまたゆっくり話しましょうと言ってタクシーで京都駅に行って帰ってきた。初めてモバイルSuicaに別アプリから予約した新幹線のチケットを登録したのだけど、ものすごく便利だった。

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3月19日

 日記を始めて2ヶ月経った。こないだ1年続けるつもりと書いてしまって、ミスったなと思っている。毎晩朝起きたら何を書くかと考えながら寝るのは楽しくもあるが何も思い浮かばないことへの怯えと裏表だ。昨日の日記を読み返すと文が荒れている。難しい問題で、その日あったことを書きたくなるようなイベントフルな日の日記はたいていあまり出来がよくない。あらゆる日記が、日記を書く暇がないほどイベントフルな状態と、イベントフルな日をでっち上げるために一日中日記を書いている(あるいは書くためのイベント作りに費やされる)状態とのあいだで書かれているとするなら、イベントレスネスこそが日記の具体的な実現可能性を支えていることになる。

 河原町から阪急で梅田に向かう電車のなかで書いている。阪急は大阪にいたとき学校に行くのにもバイトに行くのにも京都に遊びに行くのにも使っていた。とくに梅田のホームが好きだ。あれだけターミナルらしいターミナルは日本にはあんまりないんじゃないか。改札を入ると広いホームに神戸線、宝塚線、京都線のそれぞれ3本ずつくらいの線路がずらっと横に並んでいる。入ってきた車両が客を入れ替えて折り返していく。高槻駅。梅田まであと20分くらいか。

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3月18日

 久々の遠出で浮き足立ってしまったのか、京都に行くはずが千葉正也個展を見に行き、始終ぼおっとして電車を何度も乗り間違えたり乗り過ごしたりしながらオペラシティに着いた。喫煙所をぐるぐる探すが見当たらない。こんなところは早く離れよう。非喫煙者がふだんしょうがないものとして蓄積している環境のストレスを先取りすることでかわすことができるのが喫煙者のよいところだ、などと考えるがともかく煙草が吸いたい。そのためだけにエクセルシオールカフェに入ると人数制限のかかった喫煙ブースの前に人が並んでいる。1本だけ吸って展示を見た。1周目はゆっくり、2週目は速く。オペラシティを出てすぐの道路で高速道路が上下に重なっているのを眺めながら煙草を吸った。また2回電車を間違えながら京都の首塚に着いた。新幹線の喫煙ブースも一度にひとりしか入れなかった。「ブース」なんかにしたのが間違いだ。

 「首塚」はくろそーと今村さんの家で、大阪にいたときから何度も遊びに来ている。チャイムを押すと居候中のくろそーの弟さんが迎えてくれて、彼が見ているまちゃぼーとナリ君という人が対戦しているストリートファイターの配信を見ながら解説してもらっていた。友達の兄弟と二人きりなんて変な感じだ。しばらくするとたかくらさんが友達のアーティストを連れてきて、大前さんも遊びに来て、家主がいない家によく知らない人どうしが集まるというわけがわからないことになっていた。今村さんが仕事から帰ってきて、みんなでyoutubeを見ながら喋っていた。もう5年くらいこういうことが続いていて、あらためて本当にすごいことだなと思う。

 遊びに来た人らが帰り、住人が寝たあとでお風呂を借りて髪を乾かし終わると「よお」と聞こえ、振り返るとくろそーが窓から声をかけていた。鍵を持って出るのを忘れていて入れないらしい。久しぶりですねと言いながらドアを開けて迎え入れる。

 

 

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3月16日

 昨日の続き。「ここ」や「昨日」がシフターであり、かつ、指示対象がその発話の(めちゃめちゃ広い意味での)物理的な条件に規定されているという意味で指標的であるということを認めたとしよう。しかし「私」はどうだろうか。たしかに「私」にとっての「あなた」や「彼・彼女」が誰を指すのかということはそのつど変わる。しかし「私」はずっと「私」と言い続けなければならず、この「私」の固定をスキップすることによってしかシフター=指標説は成り立たないんじゃないか。つまりシフター=指標説を唱えるとき、誰もが「私」を背負わされているという事情に対する批判的視座がブロックされる、というより、すでにそれを解決済みの問題として打ち遣ることになるだろう。

 「私」もシフターだというのは、当人が「私」と言う必要が一切ない地点からでないと言えないことだ。そしてその地点はたんに知的な媒体に「理論的」な書き方で書けば到達できるようなものではない。アルチュセールは「おい、そこのお前!」という警官の叫び——今やこういうことをやるのは広告ばかりだが——が「私のことか?」と後ろ暗さを擦り込みつつひとを主体化させる作用を権力の呼びかけと言ったけど、「私」という語には、ひとを言葉の「主体=主語」のなかに拘束する働きがある。そしてその作用を、物理的因果作用の痕跡だなんて言うことはやっぱり言葉の社会的・政治的側面を甘く見過ぎなんじゃないかと思う。

 そして「私」への拘束から抜け出すということは、小説、詩歌、哲学、批評などあらゆる言語実践の最大の賭け金であり、それは「私」はシフターだとメタで非人称的な地点から言うことによってではなく、「私」をシフトさせる言葉を連ねることによって初めて到達できることだろう。しかしこれを美術の問題に折り返すとどういうことが言えるんだろうか。

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