日記の続き#309

日記についての理論的考察§20

日記を書いていてこれはツイッターでは書けない書き方だなと思うこともあれば、その逆もある。たとえば昨日「最近よく聞くようになった「距離感がバグっている」という言葉も思い出す。過度に馴れ馴れしいという意味で使われるのだが……」と書いたが、「思い出す」という導入もミームの説明もツイッターでは書かないだろう。「最近「距離感がバグってる」とよく聞くけど……」とかでいいし、これでも冗長なくらいだ。そう、冗長性。それぞれの媒体に固有の冗長性の押し引きのようなものがあって、ツイッターは構文レベルで蓄積されているパターンの冗長性に寄りかかれるが、日記だとそれを文として開いて引き受ける必要がある。この場合「文」とは何か。それは「プレーンな文法」を指し示すというより(一面ではたしかにそうなのだが)、それがひとつのセンテンスに自足しえずに文をまたいで冗長性を組織することを指すだろう。

日記の続き#260

日記についての理論的考察§19

2年も日記を続けていると、朝起きた瞬間からその日の日記を書き始めるような回路ができあがってしまう。極端に言えば、起きてすぐ書けと言われればまだ始まってもいないその日についての日記を書くことだってできるだろう。したがって日記を書くというのはその日が終わるまで日記を書いてしまわないようにすることでもある。寝て起きてから昨日の日記を書くことにしているのも、その日の内側で推敲と出来事の帳尻を合わせることが窮屈になってきたからだと思う。

日記の続き#210

日記についての理論的考察§18
しばらく前から「他人の日記」という企画を考えていた。誰かに話を聞いてその人の日記を僕がここで書くという企画。きっかけはたんにもはや他人の日記を書いたほうが楽なのではないかと思ったということだ。裏を返せばどうして1年半ものあいだ自分のこと——それはいわゆる「自分語り」に収まるものでないにしても——ばかり書いているのかわからなくなったということでもあり、「出来事」として見れば僕のものも他人のものもないだろうということでもある。日記にとって「他人」とは何なのかということについては、僕が日記に書く他人や、あるいは日記掲示板に書いてくれる誰とも知らない他人との付き合い(?)のなかで折に触れて不思議に思ってきた。何か別の関わり方の回路がありそうだと。

やるならツイッターのスペース機能で、来てくれた人にその日のことについてインタビューして、それをもとに書くというやりかたがいいかなと思っていた。密室で秘密を託されても困るので——日記と秘密の関係については別の機会に考えよう——第三者が聞いている場所でやるほうがいいだろう。しかし昨夜、何時からスペースを開きますと言った直後にやっぱり他人の日記は書けないなと思ってスペースではどうして他人の日記が書けないのかということについて結局ひとりで1時間も喋った。これはなんだろう。どうしていつも自分の側に舞い戻ってくるのか。どうして出来事は私のものではないのに、それを書くとき私はひとりになるのか。

日記の続き#166

日記についての理論的考察§16

こないだの美術館でのトークのアーカイブを送ってもらって見返していた。そのなかで日々の出来事と日記のあいだには、ふつうに考えれば「その日あったことを書く」という意味で時間的な前後関係とともに出来事の平面と日記の平面の階層関係があるが、実際はいずれの意味でもそんなにすっきりいかないという話をした。以下はその補足。日記が「その日あったことを書く」ものであるなら、理想的な日記は25時間目に書かれるはずだ。つまり日記という形式には実際はその日のうちにありながらあたかもその日の外から書いているかのように書くことを要求するという、お決まりのクラインの壺的な循環がある。ここから抜け出すための実際的な手口としてまず、夜更かしをするということがあるのだが、当然これは生活時間がズレ込んでいくことを代償として引き起こす(今日も起きたら午後2時だった)。しかし他方で書いていると勝手にその循環から抜け出ることもあって、それは「その日あったこと」の外に出たり、なんもなかったなと思いながら書いているうちに言葉に引っ張られて「その日」から新しいものを引き出せたりすることとしてある。

日記の続き#154

日記についての理論的考察§15各回一覧

このシリーズの更新はいつぶりだろう。どういうことを書いてきたのかぜんぜん覚えていない。ここのところ寝て起きてから書くのが続いていて、後回しにするのに慣れてしまうと書きながら考えるのではなく書き終わりかたを頭のなかで再現できるまで書き始めないという感じになってしまうので、ここらで締めなおそうと思ってこの文章を書いている。

今日は起きてから溜まっていた段ボールを括って掃除機をかけて床を拭いて洗濯を回して干して、茄子とウィンナーでパスタを作って食べた。長い昼寝をして彼女がパッタイを作ってくれて、TVerでテレビ千鳥を見ながら食べた。もう夜中の2時過ぎだったがジムに行って帰ってきて、煙草を1本吸ってこの文章を書いている。

毎日機械的に書けば日々で自分を削り取っていくことができるのではないかと思っていた。書きたいときに書くのではなく、日々飛び込んでくるものに圧倒されることを前提にして、その否応のなさにおいて書くことが、自分を癒やすことにもなるだろうと。半分はそうなっていると思う。でももう半分で僕は日記で日々をコントロールする術を身につけてきてしまっている。それは書く内容の選別から、長さの波の管理や、無機質かつ僕っぽい文体への引きこもりまで、いろんなレベルで。そうしてなんというか、自分の内的生活と日々の出来事からだんだん剥離していって——ひとはそういうものを「仕事」と呼ぶのかもしれないが——「1日30分から1時間ほどかければできる何か」に日記がなっていく。それはそれでいいのかもしれないと書いてみて思った。もう5時だ。

日記の続き#95

日記についての理論的考察§14各回一覧
先日書店B&Bで詩人の鈴木一平さんとトークイベントをした(アーカイブ)。そのなかで話したことのひとつについて書いておこう。§11で日記の歴史的な制度化と文学的な表現を分けて考えることなどできるのだろうかと問うた。制度順応的なダメな日記と芸術的ないい日記を分けることなどできるのか、ということだ。僕としては日記の実相は両者が絡み合うところにあると考えているのだけど、ここではこれを仮説的な前提として、それが「表現」というものの意味にどのように跳ね返ってくるのか考えてみよう。ひとまず逆から考えると、政治と芸術の分割は表現の意味を「自己表現」なるものに狭めると言えると思う。それが政治的価値をもつとしてもあくまで私的なものの公的な表明によってであり、つまり、そこではつねに内面性と外的世界の対立が含意されている。それに対して制度と表現が骨絡みになった状態を出発点として考えるにあたって、ドゥルーズの「芸術は動物から始まる」というテーゼを紹介した。彼は動物の縄張り作りと身体表面の色彩や模様をひと繋がりに考えていて、それはそこから想定される機能——攻撃や求愛——には還元されない純粋な表現なのだと述べた(誰もシマウマの模様を内面性の発露だとは思わないだろう。これが「動物から始める」ことの大きなメリットだ)。ここで表現は内面の表出ではなく、むしろ新たな表面の発生であり、そこから内部と外部の対立が生まれ、そこに諸々の機能が結果として宿る。だからこそ彼は人間の芸術を考えるにあたっても、暗闇で子供が歌う鼻歌や、隣家のラジオをうるさく思う主婦といったおよそ「芸術未満」の例から出発する。一方でそれはテリトリーに関わり、他方でそれは現存する諸々の連関のネットワークからの剥離に関わっている。スキノピーティスという鳥は、ある領域に落ち葉を集めておき、それを後日裏返すことで他の地面とは色の違う平面を作るが、そこで落ち葉はある意味で「落ち葉」であることから剥離し「フロア」となる。このような剥離は日記につきものである。というのも、書いたときには当たり前のことであったセンテンスの並びが、時間がたつと不可解なジャンプに溢れており、その「向こう側」にいるかつての自分が不気味で異質な表現主体として現れてくることはままあることだからだ。表現は内面の外化ではないし、日記は備忘録ではない。表現とはそれを作ったものから作られたものが剥離することであり、日記は忘却の発見による制度の寸断である。

日記の続き#81

日記についての理論的考察§13各回一覧
ドゥルーズ゠ガタリの『カフカ:マイナー文学のために』第4章は、カフカの散文を手紙、短編小説、長編小説に区切って論じているが、章末に付された長い註で、著者らはカフカの日記を取り上げられなかったことを悔やんでいる。彼らが言うには、日記はカフカのコーパスにおいてあまりに全面的であるので、それに特定の役割を代表させることができなかったのだ。「芸術と生は、メジャー文学の観点から見るときだけ対立し合う」(宇野邦一訳版、83頁)のなら、生きることと書くことの最小回路を形成する日記はまさにマイナー文学だと言えるだろう。もちろんこれを、日記はマイナーで長編はメジャーというジャンル間の対立に差し戻してしまっては元の木阿弥だ。ドゥルーズ゠ガタリはマイナー文学をいわゆるメジャーな文学のなかにさえある文学の革命的な条件としているのだから。しかしやはり、〈その日あったことを書く〉という形式のあっけなさは、「文学的」なものに見込まれる〈個人的な生/それを書くテクスト〉の階層化、ひいては表層としての後者を通して深層としての前者を解釈する〈シニフィエ/シニフィアン〉の階層化を骨抜きにする力があると思う。彼らは欲望機械は壊れることで作動するような機械なのだと言ったが、噛み合わない生活と日記のあいだをすりぬける隙間風のようなマイナーな運動が日記を文学機械にする。散文が素っ気なくなるほどに、生活は書かれる前から表現であふれていく。

日記の続き#66

日記についての理論的考察§12各回一覧
以下、今日のいくつかのツイートより。

『日記〈私家版〉』、BOOTHの在庫は残り20冊ほどです。あとは以下の書店で販売されている在庫のみとなります。
日記屋 月日(下北沢)
本屋 B&B (下北沢)
ジュンク堂書店池袋本店
ブックファースト新宿店
とらきつね (福岡市)←New!
16:59

日記をそのまま収録しただけの、3200円もする変な形の本が365部売れるのかというのは (僕のなけなしの貯金にとっても)かなりのギャンブルであり社会実習であり市場調査だった。それで何が得られたのかはまだよくわからないが。
17:07

大げさに言うと、自分はこの世界を信じてよいのかというテストだったのかもしれない。答えはオーケーということなのだろうけど、これは僕自身が1年間積み立てた信用があってのことでもあり、ギャンブル用語でいう「握り」がさしあたり成立したということなのだろう。
17:16

日記の執筆やサイトの日記掲示板、そして『日記〈私家版〉』の刊行を通じて思うのは、日記には非コミュニカティブな信頼関係を築く力があるんじゃないかということ。
17:37

「ひとごととして眺める」ことにポジティブな意味を見出すのは、いまの社会にとってとても大事なことなのかもしれない。ある時期から「自分ごととして」という言葉を頻繁に聞くようになって、ずっと違和感があった。日記はどこまでもあられもなく「ひとごと」だ。
17:45

自分のことしか考えない→他人のことを自分ごととして考える→他人のことを他人のこととして考えるというステップがあるとして、ふたつめからみっつめへのジャンプはかなりタフだ。まさに村上春樹のいう「タフネス」はそういうことだと思う。
18:08

日記の続き#57

日記についての理論的考察§11各回一覧
今回は歴史について。日記の歴史というと日本は日記文学の国だということで、『土佐日記』とか『更級日記』とか、そういう平安期の日記がいちばんに想起されるだろう。でも僕としてはそういうものより、近代以降の「制度」としての日記に興味がある。ここまで書いてきた〈イベントレスネス/イベントフルネス〉と〈プレーンテクスト/メタテクスト〉というふたつの軸が直交する地点にあるものとしての日記の(二重の)両義性は、日記の制度化と切り離せないだろうからだ。
さて、僕もまだ勉強を始めたばかりなので、今回はいわゆる「サーベイ」(いつもバカみたいな名前だと思う)の報告みたいな感じになる。近代日本と日記というテーマについては田中祐介の2冊の編著、『日記文化から近代日本を問う』(笠間書院)と『無数のひとりが紡ぐ歴史』(文学通信)が必読だろう。とりわけ2冊ともに寄稿している柿本真代の論文は、明治期の小学校教育と日記の関係を論じたもので僕の関心に近いものだった。そこからさらに遡って、柿本のいずれの論文でも基礎的な研究として参照されている高橋修の「作文教育のディスクール:〈日常〉の発見と写生文」(『メディア・表象・イデオロギー:明治30年代の文化研究』、笠間書店所収)という1997年の論文を手に入れて読んだ。
この高橋の論文では、小学校における作文が、明治30年代つまり20世紀のド頭において日常を「ありのままに」書くことを称揚し始め、それは日記という形式が一般化したことにも表れていると論じられる。日記はいわゆる規律訓練型の権力を家庭での生活にまで浸透させると同時に、予備軍としての「小国民」の教化に寄与する遠足・運動会を題材とさせた。日記は私生活と国民意識の蝶番になっていたのだ。同時期には正岡子規の「写生文」が文学的なムーブメントとなり、雑誌『ホトトギス』では読者から日記が寄せられ、子規はコメントとともにそれを掲載した。高橋は日記の「イデオロギー装置」(アルチュセール)としての側面と新たな文学的表現の可能性という側面を分けて考えているようだが、そんな簡単な話なのか、というのがいまのところ手にした問い。