プロフィール

福尾匠 Takumi Fukuo

1992年生まれ。現代フランス哲学、批評。日本学術振興会特別研究員PD、立命館大学非常勤講師。著書に『眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社)、論文に「ポシブル、パサブル:ある空間とその言葉」(『群像』2020年7月号、講談社)、「ベルクソン『物質と記憶』の哲学的自我:イマージュと〈私〉」(『表象』第14号、表象文化論学会)等がある。

Mail: takumi.fukuo@gmail.com 

Twitter: @tweetingtakumi

経歴

2015年3月 大阪大学文学部人文学科 卒業

2017年3月 大阪大学大学院文学研究科博士前期課程 修了

2017年4月〜2020年3月 日本学術振興会特別研究員DC1(横浜国立大学)

2021年3月 横浜国立大学大学院都市イノベーション学府博士後期課程 修了

2021年4月〜 日本学術振興会特別研究員PD(立教大学)

2022年4月〜 立命館大学非常勤講師

活動一覧

*日付降順、2022年6月16日更新

[インタビュアー]佐々木健「芸術も国家も福祉も私自身も、根本から狂っていると思いました」、Tokyo Art Beat、2022年6月

[エッセイ]「ひとんちに日記を送る」、『新潮』2022年7月号、新潮社、p. 236-237

[単著]日記〈私家版〉』、発行:福尾匠、2022年4月

[書評]「感性化せよ(ただし知的に?)」(星野太『美学のプラクティス』評)、『群像』2022年4月号、講談社、p. 478-479

[批評]プリペアド・ボディ」(坂本光太× 和田ながら「ごろつく息」評)、トーキョーコンサーツ・ラボ、2022年2月

[座談会]きりとりめでる、菅原伸也、檜山真有、福尾匠「アート界ゆく年くる年 (前編後編)」、Tokyo Art Beat、2021年12月

[批評]スパムとミームの対話篇」、『PaperC』、第2号、千島財団、2021年10月

[書評]黒木秀房『ジル・ドゥルーズの哲学と芸術』(水声社、2020年)、『フランス哲学・思想研究』、第26号、日仏哲学会、2021年9月、pp. 306-310

[批評]「ジャンルは何のために?——絵画の場合」、『美術手帖』2021年8月号、美術出版社、pp. 205-209

[エッセイ]日記を書くことについて考えたときに読んだ本」、『webちくま』、2021年7月

[展評]コントラ・コンテナ──《Unearth》を中心に」大和田俊個展「破裂 OK ひろがり」評、『ウェブ版美術手帖』、2021年3月

[博士論文]「ドゥルーズの非美学:哲学と実践」横浜国立大学、2021年3月

[事典項目]「ドゥルーズ゠ガタリにおける都市」、『都市科学事典』、横浜国立大学都市科学部編、春風社、2021年、pp. 1032-1033

[エッセイ]スモーキング・エリア #5:痛み、離人、建て付けの悪い日々」、「約束の凝集」展内のエッセイ連載、gallary αM公式Twitterアカウント、2021年1月

[トーク]大岩雄典・布施琳太郎・(司会)福尾匠「大岩雄典と布施琳太郎:インスタレーションや執筆や二人が前提としていることについて」、トーキョーアーツアンドスペース本郷、2020年12月14日

[エッセイ]スモーキング・エリア#4:時間の居残り」、「約束の凝集」展内のエッセイ連載、gallary αM公式Twitterアカウント、2020年11月

[エッセイ]スモーキング・エリア#3:僕でなくもない」、「約束の凝集」展内のエッセイ連載、gallary αM公式Twitterアカウント、2020年10月

[批評]「Tele-visionは離れて見てね」、『文藝』2020年冬季号、河出書房新社、2020年10月、pp. 364-369

[書評]ニック・ランドの思想:啓蒙に反旗、扇動は魅力的か」(ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』、東浩紀『観光客の哲学』、ドゥルーズ゠ガタリ『哲学とは何か』書評)、『朝日新聞』2020年9月5日朝刊

[トーク]迫鉄平・福尾匠「迫鉄平 全映像作品2013-2019 上映会」、埼玉県立美術館「New Photographic Objects」展、2020年9月5日

[エッセイ]スモーキング・エリア#2:音響空間の骨相学」、「約束の凝集」展内のエッセイ連載、gallary αM公式Twitterアカウント、2020年8月

[レクチャー]地層と概念」、鷲ノ山、2020年8月8日

[鼎談]中森弘樹・福尾匠・黒嵜想「いてもいなくてもよくなることについて」、ひるにおきるさる、2020年8月

[展評]「絵画の非意識」五月女哲平個展「our time」評、『our time』、NADiff、2020年7月、pp. 12-13

[批評]「ポシブル、パサブル:ある空間とその言葉」、『群像』、2020年7月号、講談社、p. 169-185

[ゲスト講義]「準ゼミ:制度のリテラシー」全6回、東京造形大学CSLAB、2020年5-8月

[エッセイ]スモーキング・エリア#1:煙草と同じくらい分煙が好き」、「約束の凝集」展内のエッセイ連載、gallary αM公式Twitterアカウント、2020年4月

[論文]「ベルクソン『物質と記憶』の哲学的自我:イマージュと〈私〉」、『表象14』、表象文化論学会、2020年、p. 159-173

[論文]ドゥルーズ『シネマ』におけるイメージ概念の実践的価値」、『常盤台人間文化論叢』、第6巻、第1号、常盤台人間文化論叢編集委員会、2020年、p. 5-31 

[エッセイ]「変化のプライバシーと照れ笑い」、『生活工房アニュアルレポート2019』、公益財団法人せたがや文化財団 生活工房、2020年4月、p. 53

[レクチャー]「哲学対話 PARA SHIF パラシフ」(第1夜「やる気と元気」、第2夜「作品と広告」)、公益財団法人せたがや文化財団 生活工房、Cafe Mame-Hico 三軒茶屋店、2020年2月15, 22日

[レクチャー]「今、美術にとって言葉とは何か」、東京造形大学CSLAB、2019年12月10日

[書評]理系が引き出す文系の魅力」カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』(富永星訳、NHK出版、2019年)書評、『朝日新聞』朝刊、2019年11月16日号、15面

[展評]現在を寝返る」(迫鉄平、荒木悠、高嶋晋一+中川周「IMG」展評)、Sprout Curation展示サイト、2019年

[インタビュー]「たんに見ることはなぜ難しいのか」、『談』、第116号、公益財団法人たばこ総合研究センター、2019年、p. 9-36

[批評]「感じたらこの法螺貝を吹いてください」武正晴『全裸監督』(Netflix、2019年)評、『群像』2019年11月号、講談社、pp. 502-503

[書評]「テーゼ、テーゼ、テーゼ」江川隆男『すべてはつねに別のものである』(河出書房新社、2019年)書評、『文藝』2019年冬季号、河出書房新社、p. 544

[アフタートーク]円盤に乗る派『清潔でとても明るい場所を』、BUoY、2019年8月8日

[インタビュアー]脱げないヴェールのかぶりかた:遠藤麻衣ロングインタビュー」、ひるにおきるさる、2019年7月

[トーク]平井靖史・福尾匠「脳はイメージである:ベルクソン『物質と記憶』を読む」本のあるところajiro、2019年6月18日

[講演]「ドゥルーズ『シネマ』から考える読むことの創造性」、福岡大学人文学部文化学科 学部教育充実プロジェクト、福岡大学、2019年6月17日

[選書コメント]「コンピューターは「ベルクソン的なもの」になる」、『WIRED vol.33』、プレジデント社、2019年、p. 133

[ゲスト講義]「制作と鑑賞の非対称性について:ドゥルーズ 、フーコー、デリダ:展評を書こう!」、京都市立芸術大学大学院美術研究科デザイン学特論ゲスト講義シリーズプールリバー、京都市立芸術大学、2019年6月11日

[コメンテーター]アケネ・スメリク「イリス・ヴァン・ヘルペン(Iris van Herpen)とポストヒューマン・ファッションデザイン」コメンテーター:室井尚・福尾匠、FashionStudies™ × 横浜国立大学 アネケ・スメリク氏来日記念講演、公益財団法人日本服飾文化振興財団、2019年6月4日

[書評リプライ]廣瀬純氏による拙著『眼がスクリーンになるとき』書評について」、『repre』第36号、表象文化論学会、2019年6月

[展評]話が前後するが、」大岩雄典個展「スローアクター」評、『ウェブ版美術手帖』、2019年4月

[書評]「やさしさはひとにだれかのふりをさせる」大前粟生『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房、2019年)書評、『新潮』2019年5月号、p. 262−263

[インタビュー]「研究と批評」、『横浜国立大学都市イノベーション学府・研究院イヤーブック2018/2019』、都市イノベーション学府・研究院、2019年3月、p. 14-18

[書評]「新実在論」はどう響くのか」丸山俊一『マルクス・ガブリエル:欲望の時代を哲学する』(NHK出版新書、2018年)書評、『朝日新聞』2019年3月16日号、27面

[モデレーション]「田中功起『可傷的な歴史(ロードムービー)』上映後アッセンブリー」、シアターコモンズ’19、東京ドイツ文化センター、2019年2月22、24日

[トーク]福尾匠・奥泉理佐子・大岩雄典「re・だんだん・see:一望できないものの設計と批評」、大岩雄典個展「スローアクター」、駒込倉庫、2019年2月11日

[合評会]「『カオスに抗する闘い』『眼がスクリーンになるとき』合評会」、DG-Lab、クロスパル高槻、2019年2月8日

[講師]「東京芸術大学大学院壁画第一研究室修了生ゲスト講評会」、東京芸術大学、2019年1月28日

[研究ノート]「思弁的実在論における読むことのアレルギー」、『現代思想』2019年1月号、p. 310

[対談]小倉拓也・福尾匠「新世紀ドゥルーズ論――絶望とともに生きて死ぬドゥルーズの哲学」『図書新聞』 第3379号、 2018年12月、1面-3面

[レビュー]「異本の論理」、『アラン・ロブ=グリエ レトロスペクティブ 公式パンフレット』、ザジフィルムズ、2018年11月、pp. 38-39

[インタビュー]「メディアよりイメージを優先させる」態度」、『NOBODY』ウェブマガジン、NOBODY編集部、2018年11

[展評]テーブルクロス・ピクチャープレーン」、ウェブ版美術手帖、2018年11月

[トーク]福尾匠・大前粟生・黒嵜想、「『回転草』×『眼がスクリーンになるとき』刊行記念トークイベント——書くひとと書かれたひとは書かれたもののなかで手をつなげるか?」、出町座、2018年10月7日

[トーク]福尾匠・小倉拓也、「『カオスに抗する闘い』&『眼がスクリーンになるとき』発売記念 小倉拓也さん×福尾匠さんトークイベント ドゥルーズはなぜ面白いのか――哲学と芸術の狭間で」、紀伊国屋書店グランフロント大阪店、2018年10月6日

[エッセイ]タフだが面白いものを/『シネマ』が複雑である意味」『週間読書人』第3258号、2018年9月、第3面

[トーク]福尾匠・千葉雅也、「『眼がスクリーンになるとき -ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』-』『思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集』刊行記念福尾匠さん×千葉雅也さん トーク&サイン会」、ブックファースト新宿店、2018年9月20日

[トーク]福尾匠・平倉圭・三浦哲哉・石岡良治、「『眼がスクリーンになるとき』+『オーバー・ザ・シネマ』刊行記念トークイベント」、横浜国立大学Y−GSCスタジオ、2018年9月10日

[トーク]福尾匠・高橋明彦・星野太、「『眼がスクリーンになるとき』刊行記念トークイベント」、芸宿、金沢、2018年9月8日

[インタビュー]「単に見ること」が持つ可能性」、『朝日新聞』2018年9月8日朝刊、23面

[エッセイ]「見て、書くことの読点について」、『新潮』2018年9月号、新潮社、2018年8月、pp. 244-245

[単著]眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』、フィルムアート社、2018年7月

[書評]プロジェクション(なき)マッピングあるいは建てることからの撤退」、10+1web site、2018年7月

[展評]画鋲を抜いて剥がれたらそれは写真」、ウェブ版美術手帖、2018年6月

[展評]「瞬きである物体:ミンウー・リー「35º47’5″N 139º53’55″E」について」『PARADISE AIR LONGSTAY Program 2017 Document Book』、PARADISE AIR、2018年3月、pp. 57-63(*英訳付き)

[対談]長谷川新・福尾匠「発明されるべきものとしての形式」『STUDIO VOICE vol. 412』、INFASパブリケーションズ、2018年3月、pp. 180-181

[事典項目]「パースペクティヴィズム」、『美術手帖 2017年12月号』美術出版社、2017年11月、p. 40

[展評]鑑賞の氷点と融点:Surfin’ 展評」、Surfin’ アーカイブページ、2017年8月

[トーク]山本浩貴・福尾匠「いぬのせなか座×アーギュメンツ#2トークイベント」 、美学校、2017年7月17日(https://youtu.be/ahkvQqiogA8)

[口頭発表]“Deleuze’s Anesthetics”, Encounters with Japanese Artists, 草御殿, Taipei, June 3rd 2017

[批評]「映像を歩かせる:『土瀝青 asphalt』および「揺動メディア論」論」『アーギュメンツ#2』2017年5月、p. 28-37

[レクチャー]5時間でわかるドゥルーズ『シネマ』」、クロニクル、クロニクル!、クリエイティブセンター大阪、2017年2月5日

[修士論文]「ジル・ドゥルーズ『シネマ』の虚像:知覚から身体へ」大阪大学文学研究科文化表現論専攻、2017年3月

[トーク]黒嵜想・福尾匠「映像批評の未来〜100年前の実験映画からシン・ゴジラまで〜」、クロニクル、クロニクル!、金沢美術工芸大学、2016年12月5日

[レビュー]小泉明郎「CONFESSIONS」展:イメージの背中、告白の背理」、HAPS PRESS、2016年11月30日

[口頭発表]「わたしに身体を与えてください」、第12回ドゥルーズ=ガタリ・ラボラトリ研究会、2016年11月

[口頭発表]「エリー・デューリングの映像論:トポロジカルな同時性とパースペクティブ」、第11回表象文化論学会研究発表大会、2016年11月

[口頭発表] “A View from Inside the System(s) of Cinema: Perception as Zeroness and the Structural Moment of the Passage to Time-image” , The 4th International Deleuze Studies in Asia Conference, Seoul University, June 2016

[批評]In (Search of) a Lost Image, Lost in a Stage : 伊藤高志『三人の女』」、『hyphen』、ドゥルーズ=ガタリ・ラボラトリ、第1号、2016年3月、pp. 22-26

[依頼翻訳]アンヌ・ソヴァニャルグ「リゾームと線」小倉拓也・福尾匠訳、『ドゥルーズ:没後20年 新たなる転回』、河出書房新社、2015年10月、pp. 42-63

[口頭発表]「眼=カメラから眼=スクリーンへ:『シネマ』におけるふたつの受動性」、第3回ドゥルーズ=ガタリ・ラボラトリ研究会、2015年5月

[卒業論文]ルイス・ブニュエル『欲望のあいまいな対象』論」大阪大学文学部、2015年3月