日記の続き#310

寒くなるとわかっていたので、いちばん分厚いヒートテックを着て、家から出なくてよいように夕飯の材料も買っておいた。東京も雪だったようだがうちの周りはただの冷たい雨で、ただ妻と家でそれぞれのことをやっていた。音楽のなかのふとした音が妻の話しかける声に聞こえたり、寝室の暗さを横切る加湿器の霧が妻に見えたりする。それは聞こえるとか見えるというより、聞こえそうとか見えそうとか、知覚よりずっと予期に近い。実家に住んでいた頃、母がよく僕を兄や犬の名前で、兄を僕や犬の名前で、犬を僕や兄の名前で呼んでいたことを思い出す。家族というのはそれくらいぼやっとしたものなのだろう。それは文字通りアンビエンスというか、知覚よりずっと記憶に近いものでできた周辺視野に溶け出している。夜、横で寝ている妻が自分の寝言で目が覚めて「何?」と聞いてきたので、僕じゃないよと笑って言った。家族は幽霊の代わりなのかもしれない。