1月21日

耳栓、マッサージガンに続き3日連続その日アマゾンから届いたものの話になるが、ニコラ・アブラハムとマリア・トロークの『狼男の言語標本』をぱらぱら読んでいた。こういうものを読める人はいなくなるのだろうと思う。フロイトのもっとも有名な症例のひとつである「狼男」について、別のふたりの症例報告と併せて分析した本。狼男も分析家たちも著者たちも、そして序文を書いているデリダも含めて、20世紀のヨーロッパを煮詰めたような本だ。オーストリア゠ハンガリー帝国と帝政ロシアという、それぞれもうすぐなくなる帝国で生きるふたりが、1910年、ウィーンで出会う。のちに狼男と呼ばれる若いロシア人はフロイトに彼を後背位で犯し、頭の上からうんこをする妄想を話す。姉は自殺し、彼の財産は革命によって紙くずになる。フロイトは彼の症例を「ある幼児期神経症の症例より」という論文にまとめ、それは第一局所論から第二局所論に転回する「裂け目」になっている。二度目の治療は寄付によって行われる。精神分析家から金をせしめた数少ない患者だろう。1938年、ナチスドイツがオーストリアを併合し、狼男の妻は自殺し、その翌年、口蓋の癌が悪化しフロイトは亡命先のロンドンで死ぬ。狼男はその後もふたりから分析を受け、そのひとりのガーディナーによって書かれた『狼男による狼男』の出版によって生ける伝説となり、1979年まで生きた。調子がいいときは絵を描いていたらしい。『狼男の言語標本』は1976年の刊行なので、著者らは本人の存命中に、あくまで症例分析のテクストをもとに本書を書いたことになる。アブラハムもトロークもハンガリーからパリにやってきたユダヤ人で、彼らもまた戦争によって大きな傷を負い、正統フロイト派ともラカン派とも距離を取りつつ仕事をする。帝国の消失、英語もまだあくまでそのひとつであるような多言語的で、まだ誰がどこに住むかも決まっていないような多民族的な環境、メディアといえば新聞とラジオで、連絡は手紙でしか取れない。われわれは文明レベルでもうそこから隔てられているのだと思う。「狼は一匹か複数か」が収録された『千のプラトー』が出たのが1980年だ。もうこういうものは読めなくなるのだろう。「埋葬語」が症状を呼び、そこに外国語が見出されるような文明ではもうないのだろう。とすれば、これはわれわれにとって何なのか。

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カテゴリー: 日記