5月20日

朝ご飯の献立は、しばらく同じものを食べていたと思ったら不意に変わり、こんどはそれがしばらく続く。こないだまでトーストと目玉焼きを食べていたのが、コンビニの菓子パンかトーストだけになり、気づくと使わなくなった卵の消費期限が切れている。次のゴミの日まで、冷蔵庫に入っているその卵を捨てることを、覚えておかなければならない。卵に貼られた日付のシールを見たとき、ここしばらくの忙しさとその後の放心が醒めて、生活のおぞましさがふたたび流れ込んでくるようだった。またここから始めるのだと思った。

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5月19日

大和田俊が横浜に来ていて、妻と3人でご飯を食べた。関内で待ち合わせて、サモアールでオムライスとアイスロイヤルミルクティーのセットを頼む。青森は楽しいらしい。自転車で一日に何軒もスーパーを回って、トマトがない店があったり、先週旬だったものがもうなかったり、そういう、季節に振り回される流通のありかたから、生き物の疎らさ、以前彼と話した、スピノザの、人間が20人だったとしてそれが19人になっても人間の本質は変わらないという話を介して、では生き物を数えるとはどういうことなのか、神の仕事でもなく科学の仕事でもないとしたらなんなのか、とか、青森に(たぶん)1年しかいないのももったいないなと思う。ちょうど犬と人の疎らな関係について書いたのもあって、頭のなかでそれを仮想的な添え木のようにしながら相づちを打つ。ともかく元気そうだった。

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5月18日

気づけば3日くらいぼおっとしてしまっているが、近い順に言うと、20日にフィロショピーのフーコー初回、23日に「言葉と物」ゲラ戻し、月末に『眼がスクリーンになるとき』文庫版のゲラ戻し、来月4日にエッセイ締め切りと、と数えてみたが、詰め込めば丸2日で終わる仕事量だし、かえってわりと暇だと思った。暇なのはありがたい。

夜、ツイッターを見ていると退職代行業者についてのツイートが目に入って、この話題について事前にキャッチアップして「いてもいなくてもよくなることについて」で話せなかったのは痛恨だったなと思った。取材とかできたら楽しそう。

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5月17日

連載を今後隔月の掲載にしてもらいたいとお願いしたらあっさりOKがもらえて、だいぶ気が楽になったと思ったら6月4日が締め切りのエッセイがあることを思い出した。テーマさえ決まればすぐ書けるが、エッセイの種になるようなものがさいきんあったか、何も思い浮かばない。そのことと、締め切りの日にはもうこの日記も終わっていること、しばらく前から「日記が長続きしない理由には、文学の謎のすべてが詰まっている」というまだ存在しない企画のキャッチコピーが頭に浮かんでいることの三つくらいが頭のなかで合わさって、「長続きしないこと」をテーマにしようかなと思った。続けようと思っても続けられないとき、それでもいいんだよと言うでもなく、その情けなさをそのままでポジティブに考えること。

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5月16日

何にもする気にならず家からも出ずご飯も作らず、ずっと『ONE PIECE』を読み返していた。やはり尾田栄一郎は本当にすごいと思いながら、今月末が締め切りの回を休載させてもらえないだろうかと考えていた。

こないだ書いて来月出るのが犬およびサイボーグについての文章で、次は人間およびゾンビについて書く予定で、そのあと2回くらいで「言葉と物」は終わると思う。『非美学』も手を離れて、先日の3日連続トークも終わって、あとはゆっくり連載とそのための読書に専念したい。さしあたりウィトゲンシュタインか。

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5月15日

いやー、疲れた。この3日で1年ぶんくらい喋った気がする。PARAでの黒嵜さんと山本さんとのトークのあと、打ち上げで朝まで喋っていた。トークは50人ほどお客さんが集まって、懐かしいひとたちにもたくさん会えた。3時間以上話したので構成は大変そうだが、われわれはまだ、この、勝手に集まって勝手に作ることの続きをやれるんだと励まされた。会場を出たらもう10時半で、打ち上げに向かいながらもう終電は諦めていた。12時閉店の店なのに1時過ぎまでなにも咎められず、行き場がないのでそのまま布施くんの知り合いの美大生がやっている根津のアートスペースに2台のタクシーに分かれて移動した。朝まで話して、始発が出始めたので小雨が降るなか不忍池を突っ切って上野駅まで歩いた。

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5月14日

元気になってきたからか、不思議とさいきんまたよくコーラを飲むようになった。中森さん黒嵜さんとの鼎談の収録で飯田橋へ。昨日来た神楽坂のすぐ近くで、明日トークをする神保町も近い。ぜんぶの移動に家から片道1時間半かかる。神楽坂は坂だらけで道が狭くて人が少なく、飯田橋は駅から出ると川の上に立っていて、人も多かった。広々としたベローチェでちょっとだけ時間をつぶして会場に移る。編集者がルノアールの会議室を借りていて、そこに10人だけお客さんを呼んで公開で収録する。関内のルノアールで収録した初回はもう4年前。何を話すのか、「いてもいなくてもよくなること」をいま自分がどう引き受けるのかぜんぜん定まらないまま始まったが、3人ともそれを正直に話すところから始まったのがよかったのか、なんとかかたちになりそうだとは思う。黒嵜さん、梅ラボさん、ジョージさんと4人で(例によって中森さんは直帰した)焼き鳥屋で打ち上げ。帰ってツイッターを見ると梅ラボさんが書いたトークのメモとイラストが一緒になったノートの写真が投稿されていた。

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5月13日

朝、二度も締め切りを延ばしてもらったのもあって、『非美学』再校ゲラを自分で出版社に持っていく。河出はさいきん神楽坂に移転したらしいが前の社屋を知らないので感慨もない。再校の最後はほとんど、一周目であとでもうちょっと整えたり補ったりしようとつけた付箋を、ただ外していくだけの作業だった。もういい。見たくない。でもなんだか悲しい。そういう気持ち。会議室で編集者に渡して、いくつか全体のチェック事項を伝えて、ビルを出た。神楽坂。何もない。本当に何もない。まずどこも煙草を吸えない。ドトールすらない。喫煙所マップのアプリを開くと、駅の反対側の入り口付近のファミマに喫煙ブースがあるということで、そこに行った。2階のイートインの脇にあるブースで一服して、たぶんここが神楽坂の上限なのだと思い、1階でサンドイッチとファミチキ、カフェラテを買ってそれを昼食にすることにした。店員は中南米系のおばちゃんで、名札に「サラダ」と書いてあって、ポイントカードはありますですかと丁寧に話していた。やはりここが上限なのだ。煙草を吸うと自動的にその街のいちばん優しい空間に行ける。実際、イートインで隣のおじいさんがアイスティーをこぼして、今度は「サビナ」という女性が片付けにきてくれた。帰るともう夕方で、いそいでフィロショピー初回のレジュメを準備した。2時間喋りっぱなしでへとへとになって、しかし頭が冴えて眠れそうになかったのでコーラを買いに出た。

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5月12日

「思考にとって第一のもの、それは不法侵入であり、暴力であり、それはまた敵であって、何ものも知への愛=哲学philosophieを仮定することなく、一切は知への嫌悪misosophieから始まる。思考されるものの相対的な必然性に居座るために、思考をあてにするなどということはやめよう。反対に、思考するという行為の、また思考するという受苦=受動の絶対的な必然性を引き起こし、しっかりと立たせるために、思考するという行為を強制するものとの出会いの偶然性をあてにしよう。真の批判の条件と真の創造の条件とは同じものだ。おのれ自身を前提とするような思考のイメージの破壊と、思考自体における思考するという行為の発生とは同じものなのだ。」
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』、上巻372頁

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5月11日

一日中ゲラをやって明日ゆっくりなおすところの目星を付けて、夜にフィロショピー勧誘の配信を1時間ほどした。終わってすぐにそれをひととおり聴き返す。ちょっと変かもしれないが僕は自分が喋っているのを聴くのが好きで、イベントのアーカイブとか、自分の動画をいちばん見ているのは自分だと思う。声は僕が自分で聴くものより薄く乾いている。その声が考えていることが手に取るようにわかる。

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