日記掲示板2

日記掲示板の投稿数が999件に達し、新規投稿ができなくなっていることに気づいたので新たに作りました(もしその間投稿できなかった人がいたらすみませんでした)。

ルールは同じで以下の通りです。
(1)以下のコメント欄に名前と内容だけを書く(アドレスは不要)
(2)名前は本名やどこかで使っているアカウント名ではなく、このサイトだけの通称を使用すること
(3)日記以外のものは雑談掲示板に投稿すること

ちょうど僕も1年続けた日記が終わって、新たに日記の続きを書き始めたところなので、みなさんもそれに並走するかたちで気軽に書き込んでいただければと思います。

2022/04/08 福尾

121件のコメント

  1. 大きなダイニングテーブルの上がめちゃめちゃ散らかっていて、古くて最早アマプラ見るためだけのノートブックパソコンとその充電器。学校に持って行った残りを夕食時に飲んだ息子の空の水筒。醤油、粗挽きブラックペッパー、柚子七味、テーブルコショー。眼精疲労に効く錠剤。空のコンパスのプラスチックケースと年代物のアルフィーのギター型キーホルダー。フィットチーネグミのライチ味。キットカット食べた個包装空袋2つ。湯呑、梅酒呑んだグラス、アイスカフェオレ飲んで溶けた氷と二層になってるグラス。梅干の小壺、百草丸、チョコラBB、鰹節の入った瓶。ティッシュ、ホチキス、TVのリモコン、エアコンのリモコン、小さなプラスドライバー。普通の黒酢と間違えて家人が買ってきたカンタン黒酢(甘い)、これどうすんの!と放置してある。うちではあまり食べないから職場に持ってってと家人に渡したけどずっと持っていかないまま残ってる豆菓子と米菓子入りの小さな紙袋。書籍が4冊と雑誌が1冊。仕事の書類と町内会の書類と資料のコピーの束。私の手帳と水性ボールペン。家人の眼鏡と財布と皮膚疾患の塗り薬。switchのコントローラー2つくっつけるやつと、スペードの2がなくなってしまったトランプ。サッポロポテトつぶつぶベジタブル。

  2. 今日は2カ月に1回の合唱を聴きに行く日で、遠くを見る用の眼鏡を持って行った。これまでずっと遠くを見る用のメガネを持っていくことを思い付かずに、毎回壇上の人達の顔の見分けがついていなかった。歌を聴くのだし、このご時世、マスク越しで口元も見えず、いつもまあいっかと思って諦めていた。遠くを見る用の眼鏡は眼鏡屋さんで勧められて作ったけれど、ほとんど家にいて、パソコンか手元の仕事をしている私の暮らしには出番がなかった。今日は手元用の眼鏡から遠く用の眼鏡に掛け替えて舞台を見た時、本当に一瞬にして世界が変わったみたいに鮮やかで、知ってる子達の表情をこんなに視線を浴びせて良いのだろうかというくらい見つめてしまった。
    単純な話だけれど、これでもかというくらいに厚塗りされたソフトパステルの発色や、植物を写生するのに(そんなに綺麗だとは思っていなかった)ぺんてる絵の具で作られた葉の色にびっくりしたりする事がこの頃は多い。モニター越しの仮想の色に慣れ過ぎたせいかなとちょっと考える。初めてポスターカラーを買って貰った時に、混ぜても混ぜてもどんな色でも美しく感じた時の感覚を、また改めて味わえている気がする。

  3. ここ数日仕事が上手く行かなくて、こんなに負荷がかかってることも珍しい。
    昨日も一通り作業を進めたが、どうしても上手く行かず、接合部の微妙な誤差が全体に影響して拡大してあらわれてしまうような構造になっているために、微調整のために何度も作りなおしした。熱意があれば、それでもやれるのだけれど、どこかでこれでは(完成したとしても)あまり良くないかも思っているところがあって、というのは、内容は合っているけれど、メディアとしては視覚的にその効果が見えない危惧があり、そこを補強すると付加価値の寄せ集めみたいになってしまう。とりあえずできてから採用不採用を決めようと思っていたけれど、プラン全体を白紙に戻すことにした。〆切りを延ばしてもらう。
    気分転換に、久しぶりにまともな夕飯を作った。麻婆豆腐を作るのに、豆板醤がないのを忘れていて買い出しに2回行った。すぐ近所なのに歩いて行く気持ちの余裕がなくて、自転車で行った。先々困らないように米も買った。
    みかんのお酒というのを買ってみた。炭酸で割って、ジュースみたいにして飲んだ。
    麻雀をやった。勝ったけれどそれほど嬉しくない。
    造形理論の本をつまみ読みをした。
    未明に、見た展示の話をSNS経由で学芸の仕事の人とした。朝起きたら話題が続いていて、予想通り同じものを見ても経験から全く違うところを見ているのが良くわかって、意見の違いと言えばそれまでなのだけれど、自分が絶滅危惧種にでもなった心持ちになった。
    今日はリセットするために、仕事場を片付ける。
    作業に必要な一眼レフカメラを借りる手続きをするも、明日以降でないと借りることが出来なかった。

  4. 昨日は鋭い視線の目配せだけで、お互いに相手に期待を抱いているのを確認する瞬間があった。先のことがわからないだけに胸が熱くなってしまって、擬似恋愛感情みたいでちょっとまずい。きちんと言葉で伝えたいけれど、その都度すぐには言葉にできない、というかお互いの環境が違い過ぎて、掛ける言葉が見つからない。そんなセッションの繰り返し。
    現場の鮮烈さに、その後の他所での専門的な会話が空疎に感じられてしまう。
    今日は昨日のことを引きずってしまっている。首はまだ痛い。
    もうちょっと、
    日記らしい日記が書きたい。

  5. 今日も首は痛いがだいぶ良くなった。寝起きに昨日の日記に書いた湿布の話を心配してくれる家人にしたら、昼にシャワー浴びるルーティーンがはじまったの?と私が言うより先回りして笑った。
    よく調べたら、湿布はずっと貼らなくていいとネットに書いてあった。今日はとても暑くて、昼食後のテーブルの上に剥がした湿布を裏返して置いたら、小さな汗が蓮の葉の上の水滴みたいにまんまるく乗っていた。切った爪を肌色というより薄赤茶色のそれの上に乗せた。暫く見入ってしまってから汚いなと感じて、急いで包んで捨てた。
    友達の絵描きの旦那さんが、切った爪を瓶に入れてずっととってあると言っていたのを思い出した。その話を喫茶店で聞いた時の状況がふと戻ってくる。唐突過ぎて、何故そんな話になったのか思い出せない。

  6. 今朝起きたら首を寝挫いていた。
    今書いてみて違和感があったので調べてみたら「寝違えた」が正しいみたい。
    寝違えたのは本当に久しぶりで、こんなに盛大に寝違えたことはなかった。首の左の前方から肩甲骨の辺りまで痛い。思わずもんだりストレッチしてしまって痛みが強くなり、調べてみたら安静にしていた方が良かったらしい。じっとしていてもだいぶ痛いので、昼に冷湿布を買いに行った。肩こり腰痛に効く湿布が多く、それでは患部をあたためてしまうから逆効果かもと思い、捻挫や打ち身に効く消炎タイプのものを探した。帰ってすぐに貼りたかったけれど、24時間貼っておけるタイプで、風呂に入る時には剥がすように書かれていたので、すぐに貼りたかったし、貧乏性の私は、湿布を貼るためにぬるめのシャワーを浴びた。明日も昼にシャワーを浴びる気なのだろうか?と今書いていて気がついた。
    痛みはだいぶ治まった、首は回らないけれど。
    病苦で痛みが続くような日々を送ることになったら、本当に困難だろうなと思う。目が見えなくなったらとか、手を失ったらどう過ごそうかは想像してみたことがあるけれど、痛みに邪魔されながら時間を過ごすことに耐え(られ)るのか。布団の中から見る世界のことがほんの少しだけ、本当に少しだけ近く感じられたかな。

  7. 昨日は、顔を出した方が良かったけれど、どうしても会いたくない人が紛れているのでパスした。付き合いは軽くこなしたいので、あえて行かないみたいなことをする自分が少し癪で、というよりむしろ、そういうことが全く平気になりたい。それを軽く見積もることが出来れば、ここには書かないし、丸々無かったことにできるだろうに。
    今日は、作業が一段落ついたけれど、内容がしっくりこなくて大きさを以前のプランに戻した。それでもあまり気乗りがしないので、寝かせることにして、机に山積みになっている書類を片付け始めた。といってもそれは、書類を分類しただけで、問題を先送りするような片付け。机の上にあったものが、元の場所に戻れたならば良いのだけれど、行き場がなくてとりあえずいくつかの新しい名目で分類し、別の場所に移動したようなものが多く、その仮に移動した書類も、最近使うものならば大丈夫だけれど、しばらく見ないだろうものはどこにしまったか、又はあったことも忘れてしまう気がする。そのくらい片付けが苦手だ。私の机は生えた雑草を抜くと別の雑草が生えてきて、しばらく放置して育ってしまってまた抜いて、別の雑草がみたいなコロコロ変わる小さな景色と変わらないな。でも忘れられたものもずっとそこに残っている。子どものころ、片付けなかったおもちゃはずっとそのままなのだって強く気づいた時、少しこわかった。

  8.  太った。今日朝起きてシャワーを浴びて鏡を見て愕然とした。それはもうはっきりと太っている。下半身は今まで見たことのない部分が真横に張り出しているし、上半身に至っては小さいころに銭湯で見た中年の人間特有のもたつきとぶよつきが見て取れる。それもこれも、あきらかに年明けの部署移動のせいだった。まず座り仕事が格段に増えた。太るときは浮腫みが先にきてそれが解消されずに脂肪になるわけだが、慢性的な浮腫みで足首は消失しっぱなしだった。しかも、自炊する余裕がなくなり外食の頻度が飛躍的に増えた。揚げ物なんて半年に一回食べるか食べないかだったのに週2くらいで食べている。おまけに小腹が減ったら甘いものをつまむようになってしまった。これはまずいと思い、スーパーでウーロン茶の茶葉パックを買った。脂肪が排出されやすくなると聞いたからだ。こんなんでどうにかなるとも思っていないが、気休めでもなにかしないよりかはマシだ。
     昨日、同僚に「昼あんなに食ったのにもうお腹減ったんですか」と笑われたが、何を隠そう昼飯の量が「多い」とは全く思ってなかったのでハッとした。確かにおにぎり二個だし巻き一本小鉢2品は普通に多い。なんできづかなかったのか。完全に体型維持していた頃の生活を忘れ切っていたので、改めて思い出してみる。その当時はもそも甘いものより果物ばっかたべていたし、揚げ物はそもそも食べないし、朝は生野菜を必ず摂っていたし、カロリーの高いものは昼に回して、夕食は軽めにして6時くらいには食べ終わっていたし、風呂では毎日ふくらはぎ揉んだりほぐしていたことを思い出した。今思うと意外とちゃんとしている、というかそこそこストイックだ。それと比較すりゃそりゃあ今の生活で太るのは当たり前だろう。
     手はじめてに今日はキュウリ納豆とかとろろごはんとかなんか健康に良さそうなものばっか食べている。ちゃんと栄養が回っているのか普段はほしくなりがちな高カロリーなものが不思議と欲しくならない。もういい年なんだから、それなりに気を付けないとな・・・と思いつつ、とはいえ昼飯弁当つくるのは体力的に無理だなと思っている。

  9. 今朝、いつもなら自転車で出掛ける息子を、遅刻しそうなので駅まで車で送った。駅からはバス通学。息子を降ろし、ロータリーで信号待ちをしているうちに、その高校行きのバスが発車して前を走っていく。すぐに近くのバス停から、別の私立高校行きのバスが発車した。それは息子が滑り止めに書類だけで受けた推薦先の高校だった。 2台のバスは並んだ。片一方は男子多め、私服で皆リュックを背負っている。もう片方は制服姿の子供たち。それぞれ異なる行き先の学校名が電光掲示されている。ふっとドナドナを思い出す。みんな収容されにいくみたいに思えて、ちょっとさむくなった。

  10. 昨日、日記のアプリがあることを文房具に挟まってた小さなチラシで知って、インストールしてみた。思いついた時にメモしておいて、後でまとめて書くもので、それ自体が日記の目次になるというもの。それで昨日何てメモしたかを見に行ったら、「日記のもくじアプリをインストールした。埒が開かず紙模型を作る。洗濯2回。」って書いてあって、それ見ても気持ちが乗らないなってなっている。
    今日は家族の検査で再び病院へ付添い。とりあえず送り届けて、近くの郵便局を探して行ってみる。新しくて大きな病院の周囲は新興住宅地。道路が広くてオシャレな家が立ち並んでいるけれど、木立が育ちきってないからか、砂漠みたいな乾いた感じがする。1番近くの郵便局は「〇〇簡易郵便局」という名称で、ナビに無い道から旧道に逸れて、スマホの経路案内を頼りにバイパスの高架をくぐると、異世界に来たみたいに田舎の景色だった。というかあからさまに環境が変わった。その簡易郵便局は古びた小屋で、木枠の窓口でレターパックを買った。レジはなくて、とてもとても小さな水色の領収書を書いてくれた。
    父の日に、北斎の青い波の絵の手拭いと靴下をお揃いのセットにして、実父と義父に送った。こんな辺境からもきっと、明日、少し早目に着いてしまうな。

  11. また昨日の日記。
    家族が膝を傷めてしまい、先日出して貰った紹介状を持って、初めて行く大きな病院へ付添い。綺麗で対応がシステム化されていて、受付からずっと電光掲示板に番号が出るのを待って、中待合室に入ったり、診察室に入ったり、会計を済ませたり。昨日の彼は1300番台の数字だった。番号が掲示されても気づかないお年寄りが何人かいて、結局名前で呼ばれていた。子供の頃に無意味な番号つけたり、暗号風の言葉を作って銀行ごっこやったりしたのを思い出した。
    子の歯医者の送迎もあって、待ち合わせに時間を潰しているうちに時間が溶けた。のんびり構えていないと運転手はつとまらない。
    合間に大きな文房具店に行き、ファイルを7冊買いたかったのに、丁度良いのが7つはなかった。店内をうろうろしていて「きゅうじつ日記」というノートを見つけた。赤くて、右上に金の箔でどんぐりを持ったリスが押されている。1ページに1週間分1行ずつ書く欄があり、下半分が「まとめ」になっている。休日に1週間を振り返ってまとめて書く日記帳。ここに来年も再来年も参考になるように、この1週間にやったこと、やった方がいい事を書いておこうかなって思った。例えば父の日のプレゼントの準備とか、慌てて衣替えとか、ドクダミが咲いているとか、風呂釜洗浄をしたとか。日記を読み返すと歳時期になるなと思った。日々、つい追われるように家事をすることになるから、あれこれを書いておいたら助かるかもしれない。

  12. この掲示板に日記を投稿し始めてから1か月が経った。SNSで発信することがずっと苦手で、ツイッターもインスタも見る専中心で何か投稿したり人と繋がったりしてもすぐにアカウントを消してしまう。承認欲求に踊らされずにすむこのサイトだからこそ書き始めることができた。1か月継続できてとても嬉しい。そしてとてもじゃないけれど1年続けるなんて想像できない。単に×12でないことはよくわかる。
    あるwebサービスのアカウントを(別の名前で)作り、昼に日記を投稿してみた。いつもよりひどくつまらないものに思えた。
    仕事が終わったらいいねがひとつついていた。

  13. 今朝から昨日の日記を書いては消しを繰り返して3回目。1回目は寝起きに今日がスタートする前に。2回目は車で出掛ける用事を済ませて一息ついた時。3回目が修正依頼のデータ作業を済ませて先方へ送付して一息ついている今。
    昨日はある件について専門に研究している人にメールを書き始めて、書けば書くほど伝えなくてはいけない前提や、個別の事例が増えてしまって、想定していた以上に詳細な内容になって時間がかかり、送るところまで辿り着けなかった。社会的な正しさよりも、具体的な現場の人間を守りたくなったら、余計に予防線を貼るように詳細になっていった。書いているうちに自分の感情や現状の問題まで整理されてしまって、まだ自分に出来ることが見つかったので、送る必要がなくなった気がする。しかもこれは専門家に送るより、美術の信頼できる何人かの友人に送った方が良い意見が聞ける気がしてきて、送信相手を変えて続きを書こう、と思った途端にモヤが晴れた。
    私はもう書かないかもしれないし、送らないかもしれない。

  14. 使いやすい黒スラックスを探してリーバイスにスタプレを見に行った。メンズフロアに入るや否や、何かお探しですかと声をかけられた。アパレルにありがちな遠めからの声の掛け方ではなく、パーソナルエリアに踏み込んで話しかけてきたので少し面食らう。スタプレのありかを訊くと一階にありますとのこと。階段を降りるところで、その店員がインカムで「今降りていくお客様スタプレ探されてます」と連絡する声が聞こえた。一階に着くと即声をかけられて、ストレートとワイドを試着することになった。
    以前もこの店舗をさらっとみて回ったことがあるが、ここまで声をかけられた覚えはなかった。見込み顧客を逃さないためのマニュアルでもできたのかもしれない。新しくやってきた店長の方針とか、別店舗のノウハウとか、はたまたコンサルが入って指導があったとか。
    全てが面倒になって何も買わずに帰った。

  15. 夜寝ているときふと寝苦しく起き上がる。夫がしっかりと眠る様子を見るにわたしだけが暑く苦しい状況のようである。のどが渇いたので水を飲みに起き上がる。寝る前に頭痛薬を飲んだので頭痛は収まっているのに結局嫌な感じで目覚めている。除湿機をかけ、クーラーの除湿の温度も下げる。ソファに寝そべってブランケットを足のあたりに乗せたらそのまま数分寝てしまった。目が覚めてもまだ夜で、何か夢を見ていた気がするが思い出せない。はやく元の場所に、何も知らない夫の寝る布団に戻ってまた新しく眠りはじめなければならない。

  16. 午前中に急な用事を済ませ、1日の予定が狂ってしまって遅めの昼食の後のリセットされた余白に、家にあった安くて小さなマニキュアを塗ることにした。
    透明な赤は瓶の中で綺麗で可愛らしいけれど、爪に塗ると色が薄くて華がない。年齢の現れた私の手の肌には酷な状態。これに同じく透明なオレンジを重ねるとだいぶ綺麗な発色をみせた。更にもう一回、オレンジを塗り重ねた。
    安物なのでもう暫くすると爪の先から剥げてくるだろう。
    塗っている時の艶々の色の様子を思い出している。その時が最も美しかった。

  17. 仕事終わりにマックに寄る。またビッグマックセットをキャンペーン価格の550円でテイクアウトした。二人前の男子大学生が水とポテトLサイズ2つ、揚げたてで、と注文していた。660円。こだわりのありそうな注文だ。牛丼つゆだくで、みたいな注文がマックでできるとは思っていなかった。店員からしたらうっとうしいだろう。でも揚げたてのポテトLふたつだけを食べることでたどり着ける場所があるのかもしれない。

  18. 入れ込むとついその事ばかり考えてしまい、せっかちだしで、もう少し落ち着いた方がいいなと。厳格なルールに抵触するようなことを考える時、破るかそれを変更するアクションを起こす段階になって、だいぶ尻込みしている気がして、自分は思っていたより権威に弱いのかもしれない。とっとと用意した言葉を投げたいのだけれど、その機会は再来週まで待たなくてはならなくて、やっぱり時々その事を思い出しては仕事の手が止まってしまう。
    まるで顎で物を考える子供みたい。時には腹に溜められる老人になりたい。でもそんな絵に描いたような落ち着いた老人を最近見ない気がする。子供の頃見かけた老人はみんな、違う時間を悠然と生きているように見えた。そういえば、プールで泳ぐ年配者のクロールは悠然としている。この頃プールに行くのもやめてしまったな。
    今日は散らかり放題だった仕事場を片付けた。全部は片付かなかった。
    描けと言われて描かされていた絵が、完全に主体的な制作になって、思いも寄らず強い愛着が湧いて、管理された制度からすっと外に出てしまっている。ささやかな出来事だけど、1人の子が「凄い」って言って、みんなで笑った。

  19. 2022.6.9.
    映画「犬王」をみた。湯浅政明監督作品ということで、映像に期待をしていたのだが、これが蓋をあけるとすっかり音楽作品で、主演は女王蜂というバンドのボーカルだというから驚いた。南北朝時代の民衆がロックを聴き手拍子をしブレイクダンスを踊る様はチグハグだが、人類の普遍性を感じて身体がむず痒くなる。話の筋は単純な分、素直に映画を楽しめたように思う。
    帰りに犬王のサウンドトラックと女王蜂のアルバムをアプリに入れた。

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