5月18日

 朝10時頃に宅配のピンポンで目が覚めたのだけど、どうにも眠たくてベッドに戻ってきたらもう2時で、昨夜寝たのも2時頃だったから12時間くらい寝たことになる。コンビニまで出てパンとカフェラテを買って食べて、もう始まっている頭のなかの推敲が嫌になってそれを動画で紛らわせて、やっと日付をタイプした。

 進まないと言っていた原稿もなんだかんだで終わりが見えてきて、本屋に寄って最近ちくま学芸文庫に入った北澤憲昭『眼の神殿』と、ちくまプリマー新書の中村桃子『「自分らしさ」と日本語』を買った。帰って交互にぱらぱら読みながら、そういえば70年代以降の哲学と芸術学を貫く指標論への着目とコンセプチュアルアートの同時代性には何かがあるのかもしれないと思った。美術との並行性まで収めるとスケールが大きすぎるがリオタール、クリプキ、クラウスの接続は論文にしてみるべきかもしれない。とりあえず「指差す言葉」というタイトルが思いつく。本はもちろんそれ自体のうちにいろいろあるんだけど、指圧や灸みたいにふだん刺激されない場所を押されて、本に向けた意識的な関心とも本の内容とも関係ないものが出てくることがある。そういうのはなかなか言葉にならないけど、手応えのあるアイデアはそういうことの積み重ねでいつの間にかできていることが多いと思う。

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カテゴリー: 日記