日記の続き#343

ところで、コンピュータの話に戻りますが、コンピュータのおかげで、テクストの〈準・直接性〉が回復されました。テクストは物質性をなくした物質であり、手書きの頃よりも流動的で、軽くなっています。言わば言葉(パロール)に、いわゆる内なる言葉に近いものとなったのです。速さとリズムにも大きな違いが生まれました。速く、わたしたちを追い抜くほどに速くなっているのです。しかし同時にこのマシンのボックスの〈闇〉の中で何が起きているのかわからないために、わたしたちの知性まで追い抜いてしまうのです。コンピューターには魂がある、意志と欲望と意図があると思い込んでしまいます。〈他なるデミウルゴス〉が、善きまたは悪しき霊が、不可視の名宛人が、偏在する目撃者がひそんでいて、わたしたちが読み上げることをあらかじめ聞きとり、把握し、一瞬も待つことなくわたしたちの面前に送り返してくるのです。わたしたちの言葉の客観化されたイメージが、他者の言葉として翻訳され、固定され、他者がすでに語った言葉として、他者からきた言葉として、同時にわたしたちの無意識の言葉として伝えられるのです。いわば真理そのものとして。

〈他なる無意識〉がわたしたちにごく近いところに位置を占めた瞬間から、わたしたちの言葉を自由勝手に扱うことができるかのようです。

————ジャック・デリダ「ワードプロセッサー」中山元訳(『パピエ・マシン』上巻、ちくま学芸文庫所収。初出は1996年のインタビュー)