8月5日

谷底に向かってつんのめるような宿泊棟のテラスに、朝になるとカラスがやって来て、夜のあいだに立面を覆う大きな窓のガラスに衝突して死んだ虫を掃除する。森の夜に出現する光の板は虫の恰好の死に場所で、カラスの食べ残したアブ、カミキリムシ、カナブン、カメムシ、蛾等の死骸はアリが運んでいくので、煙草を吸いに出るとテラスの床は奇妙なくらい綺麗なままだ。カラスが去るとキツツキが木を突く硬い音が聞こえてきて、陽が高くなるとともに種々の蝉が鳴き始める。創作棟に向かってくねくねと坂道を上がると、アスファルトに出てきてしまったミミズが死んで干からびている。テラスに来るアリは大きくて黒いが、そこには小さくて赤いアリが集まってくる。アリは何か作業の途中に死骸に行き当たるのか、砂粒や枯れた松の葉を死骸の周りに置いていく。よく見て歩くとアスファルトのそこここに、砂と葉っぱが集まった手のひらほどの大きさの斑があって、かつてそこでミミズが死んだのだとわかる。つまり、アリは確率的に出会った物を確率的に持って歩き、何か別の物を見つけると確率的にそれを降ろしたりするのだが、その個体の確率的な痕跡が確率的に他の個体に対して道として作用し、結果的にミミズのような大きな獲物に収束するわけだ。この森にいると哺乳類はレアなのだということがよくわかる。

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カテゴリー: 日記