8月18日

妻が恵比寿の病院に検診に行くので付いていって、待っているあいだ銀座という喫茶店で日記を書いた。そこで合流して広尾まで汗だくになりながら歩いて、有名らしいハンバーガー屋でご飯を食べた。カフェに入ってこのあとどうするか話す。マティス展が土日で終わるので見に行くことにする。日比谷線で上野に出て、暑い公園を突っ切って東京都美術館に着くとすごい人で、チケットを買うのに30分ほど並び、時間ごとの入場者の整理で並び、チケットを見せるのにまた並び、やっと会場に入ると主催者の「ごあいさつ」を読んでいる人と最初の自画像を見ている人でほとんど入口がふさがり、内覧会に呼ばれない人間がこういう展示にそれっぽい批評を書くことの空しさを想像した。それぞれの絵に近づくにつれて遅くなっていく人流になんとか付き合って見ていると、すぐ後ろから女の声で「また人の頭だよ」と言うのが聞こえて、その奇妙な言語感覚に危険を察知する間もなく作品リストで頭をピシャッと叩かれた。見ると化粧をしていないパーカーを羽織っている中年の女で、特段こちらをにらみつけているわけでもなく、そのまま彼女の視界の背景に滑らかに溶け込むように小さい声ですみませんと言いながら静かに一歩退いた。少し離れて見ているとまだときおり虫を払うように顔のまわりで作品リストを振って何か言いながら真正面から絵を見ており、トラブルにならないといいがと思っていると彼女の脇に微妙に頭を垂れた男が立っているのが見えた。おそらく彼女の夫で、トラブルにならない限りはそっとしておきながら、何かあったら引っ張っていこうとしているのだろう。絵にも女にも曖昧な角度に体を向けている。とりあえず大丈夫そうだ。巻き込まれたら大変だし心配されてもしょうがないので、妻が別のところにいてよかったと思った。「また人の頭だよ」ってなかなか言えないよなと考えながら絵を見て、色彩がテーマの展示だが黒が面白いなと思ってフランス窓の作品や画家とモデルを描いた作品をゆっくり見たのだが、図録を買ってレジに並ぶあいだ読んでいるとキュレーターが黒について書いていて、なんだ、先回りされていたのかと思った。

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カテゴリー: 日記