9月2日

堀千晶さんの『ドゥルーズ——思考の生態学』の合評会を聴きに池袋の立教大学へ。キャンパスに着くと門のところで髪の長い小倉さんに会い、背伸びた? と聞かれる。直接会うのは4年ぶりくらいかもしれない。同じくらい久しぶりの平田さんや、いま小倉さんと3人で共訳本を作っている、直接顔を合わせるのは初めての黒木さん、その本の編集の阿部さんにも会えた。気付くとドゥルーズ研究者だけで10人くらい集まった会になり、合評会の議論を聴いていて、ベテランから若手までひとつのことについて話せる場所としても学問は大事だなと思った。いきおい僕は本流のアカデミズムとは微妙な距離感でやっているのもあり、同じ世代でかたまりがちだ。堀さんは僕の『眼がスクリーンになるとき』の合評会に登壇してくれて、僕は僕で今回司会の渡名喜さんの本の合評会に登壇していて、どちらもわりとソリッドな批判的やりとりだったので行く前はちょっと構えていたけど、やはりわざわざ足を運ぶことには価値があり、打ち解けて話すことができた。博論の審査に加わってもらったうえに学振の受入れ教員になってもらったのにもかかわらずいちど挨拶に伺ったきりで、内心不義理を申し訳なく思っていた江川さんにも会うことができた。彼はストイックな現代音楽家のようなちょっとこちらが気圧される風貌なのだがいたって気さくな方で、打ち上げでスピノザとドゥルーズの関係について無邪気に話してくれて、僕は僕でスピノザに戻したくないのだと話し、つねに話は並行しているのだが同じことを話しているような、ベテラン研究者と話しているときに特有の不思議な感じになる。彼は終始同世代の鈴木泉さんと軽口を飛ばし合っており、40年も50年も哲学をやってこれくらい明るい人間でいられるのならいいなと思った。

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カテゴリー: 日記