9月6日

丸一日ホテルのなかで過ごした。

早起きして朝食のビュッフェを食べて日記を書く。2000円で釣りを体験できるアクティビティがあって申し込む。他にも大きなサーフボードのようなもののうえでオールを漕いで周りの海で遊んだり、シュノーケリングができるようだ。アクティビティのスタッフはみんな揃いのTシャツを着て一様に日焼けしており、短いズボンから元気な太ももが出ている。竿と餌のエビを渡され、やりかたを教えてもらう。外廊下から真下に糸を垂らすだけだ。先にひとりで参加していた若者のバケツにはごく小さな茶色い魚が2匹入っている。溶岩でできた岩礁に垂らした糸の先に白い餌がかすかに見える。柔らかい波のせいで餌の手前で眼がはじかれる。そうしているうちに異変に気付いて糸を巻くと餌が取られている。臭いエビをふたたび針に付けて糸を垂らすと、波の向こうで小さな魚たちが餌に寄ってきているのがかすかに見えるが、手応えもなく器用に餌をつついていく。じゃぽんという音が聞こえて妻のほうを見ると、竿のハンドルが急に外れて海に落としてしまったらしかった。

部屋に水着を取りに帰ってプールに行く。ひょうたん型の小さな温水プールで、海とガラスで隔てられている。眼鏡をつけたまま入って、顔を出したままクロール、平泳ぎ、背泳ぎで何度か往復する。泳ぐのは久しぶりだ。妻は妻で化粧をつけたままで、顔を上げて泳げないというのでバタ足しているのを手を引っ張って歩いた。体が冷えたので温泉に行ってサウナに入り、窓から太平洋を背景に行ったり来たりするおじいさんの実に多様な裸を見ていた。硬い黒ずみが腰にある者もあればお尻と脚の境目にある者もあり、僕はどっちなんだろうと思った。

ホテルはリゾートホテルと言えるほどサービスが個別化されておらず群れとして扱われていて、客層も素朴で高級な健康ランドのようにも見えるが、建った時代が時代なのでその高級さは本気のものであり、大衆の贅沢が本当の贅沢だった時代の念のようなものがまだ引用符抜きに残っている。建物自体がつねに波に打たれていることの迫真性も手伝っているかもしれない。

夜中、寝入りばなに突然部屋のスピーカーからサイレンが鳴って、火災報知器の作動を告げる。誤作動だよと言って眼をつむってしばらくすると今度は「火事です」と断言する放送があり、それも録音なのでまあ誤作動だろう、どうせ上階が出口なのだと思いながら妻に合わせて携帯と財布と煙草を持って出ると、クロークで話を聞いてきたらしい男が出てきた客に誤作動だったようだと伝えている。目が覚めてしまったので喫煙所に行くと同じようにぞろぞろと揃いの館内着を着た客が集まっていて、文句を言っている。放送で誤作動の謝罪がなされる。部屋に戻って寝た。

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カテゴリー: 日記