4月11日

コーヒーを入れていると、私もほしい、と妻が言った。僕は吸いたいときに煙草を吸ったり、その季節に着るものを限定したり、いつも通りにコーヒーを入れたり、そういうことがかなり自分の気持ちを安定させるのに大切で、一杯のスプーンで掬った粉で一杯のコーヒーを、いつもと同じ湯の量で作る数分間が乱れることに、すごく過敏になってしまう。ふたりぶん入れるとなると、お湯の注ぎ方も変わるし、いちどサーバーに2杯ぶん入れて分けるのも好きじゃない。朝起きると、彼女が家を出るまでのあいだ、髪留めはどこに行った、どっちのセーターがいいか、何時に配達がくると20個くらい質問があって、彼女の脳の延長として扱われているような気持ちになることがある。適当に返すのにもどれくらいの適当さなのかでいちいち考えてしまい、自分のことができなくなる。でもそれは、僕が自分でやることとふたりでやることのあいだにすごくはっきりとした境界線を引いているのに対して、彼女はそれがほとんどないというだけのことなのだ。もうひとつドリッパーがあればいいのだと気づいて、Amazonですぐ注文した。これでふたりのものを同時に、それぞれ別に入れられるし、カフェオレがいいということになってもすぐ対応できる。カフェになればよいのだ。

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カテゴリー: 日記