日記の続き#187

単著単位の長い原稿を触るのは本当に苦しいので、1日ごとの時間を決めてやっていくことにした。そうでもしないとそれ以外の時間がすべて原稿をやっていない時間になる。

夜にラリュエルのPhilosophie et non-philosophieを読み始めた。フランス語の本は再読するときに話の流れを辿りなおすのに時間がかかるので、線を引きながらevernoteで読書メモも取りながら読む。僕らは再読することを前提に本を読むのが当たり前になっているが、これは変なことなんだろう。結果として再読するかどうかはどうでもよく、再読するつもりで——もうちょっと限定的に言うと、いつかどこかで引用するつもりで——読むのは難しい本を読むときのポイントかもしれない。原稿だって読書メモだっていつまで続くかわからないが、日記のおかげでいつまで続くかわからないものをとりあえずやることへの抵抗がなくなってきた気がする。ラリュエルは読んでいるとそんなに毎段落見得を切って疲れないのかと思うけど、1989年で、バディウの『存在と出来事』が1988年で、ドゥルーズの10歳くらい年下で、と考えるとここまでやらないと突き抜けられなかったんだろうなと思う。メイヤスーやブラシエはこういう勇気に励まされて出てきたんだなという感慨があった。

日記の続き#186

ちょっと前まで朝8時くらいに寝て昼3時くらいに起きるめちゃくちゃな生活だったのだが、ここのところ2時か3時には寝て午前中に起きている。家の近くの去年廃業したラブホテルの軒先にゴミが不法投棄されるようになって、それがたちどころに増えていって、もう車道にまではみ出している。通りかかるとテレビの取材が来ていて、ネットで横浜市、南区、不法投棄と調べるとしばらく前からニュースになっているようだった。夜になると酔っ払いの叫び声がよく聞こえるし、なんだか酷いところに住んでいるみたいだ。商店街も近いし作業しやすい喫茶店もたくさんあって、とても住みやすいのだけど。

夜に初めてメルカリで買った服が届いた。マルジェラの白いカーディガンで、個人が出している古着だし、2万5千円というだいぶ安めの値段だったので心配だったが新品と言ってもいいくらいの状態だった。

日記の続き#185

起きて、棒状のレーズンパンをふたつ口に入れて、しばらくだらだらして日記を書いて、外に出た。イセザキモールを歩いて久しぶりにマクドナルドに入って、ダブルチーズバーガーとポテトとコーラのセットを食べた。しょっぱさの濃淡だけがある。あとは炭酸。よくできた食事だ。カルディでコーヒー豆を買って有隣堂でノートを買ってコメダで本を読んだ。急にぐるぐるとお腹の調子が悪くなってきてトイレに行った。すぐトイレに行ける場所でよかった——やはりマックは特別なのだ——それにしてもコロナにかこつけて多くのコンビニはトイレを貸さなくなった——かなり重要なはずのインフラが不意に取り上げられたわけで、その意味するところは——それにしてもまた副交感神経が壊れてしまいそうなくらい熱い便座の季節がやってきた——などと考えながら手を洗って喫煙ブースに入った。「社長」と呼ばれるくたびれた背の低いおじさんと、「マネージャー」と呼ばれる、割れた氷のような奇妙なエイジングを施されたジーンズを履いた細身のおじさんが話している。悪いことっていろいろあるんだよ、いつも言ってるでしょ、とマネージャーが言った。でも困っている人がいたら助けるとか…… と言って社長は黙ってしまった。社長は誰かに騙されて、マネージャーは訳知りにそれはありふれたことで、気をつけるべきだったのだと諭しているようだった。彼は昔は不動産取引も今みたいに銀行を挟まず現金でやったし、それは向こうにも後ろ暗いところがあるからだし、そういうところに盗みに入っても向こうも何も言えなかったのだとか、そういう話をした。俺は知ってるよ、社長にもいつも言ってるでしょ。社長は悪い人がそんなにまっすぐに悪いことをするのが信じられないようだった。(2021年10月28日

日記の続き#184

休日。昼はどん兵衛といなり寿司を買って食べて、夜は豆乳鍋の素を買って鍋にして、それにパルミジャーノを削って入れてリゾットにして食べた。どれも美味しかった。休みの日の昼にどん兵衛といなり寿司を食べると休みの日の昼という感じがする。というか、僕は水曜以外はぜんぶ休日と言えば休日なのだが、妻が休みだと休みの日だという感じがする。

妻と話しているとどうでもいい嘘ばかりついてしまう。「伊東家の食卓」は今もネット番組として続いていて孫役で鈴木福が出ているとか、子供のときの弁当には何が入っていたかと聞かれたら、実家が鰻屋なので毎日肝吸いでそれが嫌だったとか。これは爪を噛む癖がある人がいたり、あるいはビートたけしのチックみたいな、そういうものだと思う。出口で冗談になるようにしているが、たんなる嘘だ。

日記の続き#183

ウェイトトレーニングのケミカルな疲労のあとの煙草がすごく美味しい。こないだはグリコーゲンが切れたのかすぐコーラが飲みたくなったので、今回は水ではなくポカリを飲みながらやったらマシになった気がした。専用のアプリでトレーニングの記録を取り始めて、その日の総重量を見ると、4.7トンと出て入力間違いかと思ったが50キロ10回を3セットやればそれだけで1.5トンになるのだ。自分の生活にトンという単位が入ってくるとは。

YouTubeで見た柔術のジムをやっている人の一日を撮った動画で、生徒がブリッジのドリルをしているショットにジムに放されたパグが仰向けになって床に背中を擦りつけているショットが繋がれて、その不意に映画的なモンタージュに妙に感動してしまった。自分で場所を作るなら動物がいる場所がいいなと思った。

日記の続き#182

京都で非常勤の日。あいかわらずひかりに乗って、20分のロスと引き換えに空いた車内に座っている。往復だと40分移動が増えるが、べつにその40分で車内でできないことを何かできるわけでもない。2回喫煙ブースに行って、1回トイレに行く。これもいつも通りだ。バス停にはホームレスのおばさんがいつもどおりの位置に立ち尽くしていて、しかし夏休みぶりに見ると髪が坊主頭になっていた。バス停の喫煙所にはひとりで喋り続けているおじいさんがいて、とにかくいろんな偉い人が身内なのだという話をしていた。安倍も小池知事もそうやし、みずほ銀行があるやろ、あそこらへんは東大も早稲田も慶応も、と名詞が横滑りし続けていて、そのうちどれかがときおり「身内」に引き入れられていたが、その枠組みは決まって自分は関西の人間だが東京にコネがあるということだった。つまり関西と東京という区分けのもとで、あらゆる名前がひとしなみに物語化されるのだ。テレビの悪影響とはこういうことを言うのだろう。僕が煙草を吸い終わる頃には水卜アナウンサーの話になって、みんなミトちゃんって言うけどミウラなんやと繰り返し言っていて、その知識が彼の、関ヶ原の向こうのエルドラド的身内世界を支えているようだった。4限で修士の、5限で博士の学生の研究発表にコメントしてバスで京都駅に戻る。さっきまでピンク色だった西の空が黄色く霞んでいて、長いローソンの隣に短いレンタカー屋があった。空が黄色くて、長いローソンの隣に短いレンタカー屋がある。不意にとても寂しい気持ちになった。

日記の続き#181

トレーニングは多関節運動をなるべくたくさんやって、1回で全身を鍛えるようにしている。ストレッチをして30分ほど走って、フリーウェイトの区画に行く。セットのあいだの休憩は3−5分取るのがいいらしいのだが、そのあいだすることがないのでどんどんやってしまう。たしかに周りを見ると、座ってスマホを見て、ときおり思い出したようにトレーニングに取りかかる人が多い。サウナみたいだ。しっかり休みながら3セットずつで種目を変えていると、これはいつまでもできるんじゃないかと思うが、6種目くらいでいつも不意にもう終わっていて、これ以上はできないことに気がつく。陸上にせよサッカーにせよ、疲労はいつも息切れを伴っていたのでこの出し抜けの、呼吸は生きているのにエネルギーだけが枯渇している疲労感は不思議だ。帰り道に体を引きずって自販機で缶のコーラを買って飲んでやっと生き返る。トレーニング中にサプリを飲む人がいるのもむべなるかなという感じがする。

日記の続き#180

まいばすけっとに入るとカートを押しながらおばあさんが大声で「まいばすけっと売れない商店街の合い言葉」と繰り返しながら入ってきて、僕に「おーい売れない商店街のぼくちゃん」と言って、無視すると店員に「いらっしゃいました売れない商店街」と言っていた。狂った言葉をぶつけられると独特の疲労感がある。書店で働いていたときに明らかに挙動がおかしい若い男がカウンターに来て、後輩が対応していたので引き取ると「なんでずっと舌ぺろぺろしてるの?」と言ってくるので引っ張って店の外まで出たこともあったし、大阪で街を歩いていると後ろからおじさんに声をかけられて「キダタローの息子やろ」と言ってしばらくつきまとわれたこともある。彼らの言葉には言葉の威力があまりにダイレクトに宿っていて、憔悴した容疑者が冤罪を自白させられるような気持ちになる。話にならないというより、話にしてはいけない話を前に自分を保つのにはたいへんな努力がいる。

日記の続き#179

もう「日記の続き」に移ってから半年も経つ。いまだにこの名前には煮えきらなさを感じている。日記的な実践にプラスアルファの企画性をもたせるのはとても難しい。内実のある見込みがあるのならそれをわざわざ日付でバラバラにする必要はない。でもそういう見込みがないと漫然と日ごとの切れ目に価値を預けてしまう。そういう押し引きがある。そういう押し引きがあるということのなかでやっていくべきだと思う。

YouTubeを開いたら長州力がアントニオ猪木の葬式に行った話をしている動画があってなんとなく開いてみると、半ズボンをはいてソファに座った長州の日焼けしたゴツい脚を仰角に煽るような奇妙なアングルで、彼はなぜか板チョコをパキパキと割って食べながら話している。熱海からタクシーで行ったとか訥々とそういう話をしばらくして、おれ会長の話しながらチョコ食べてるよ、口の中甘くしないと喋れないんだよ、と呟いた。聞き手は終始ほとんど相づちすら打てずにいたが、それは相づちすら打てないような話だからで、老人にしかできないそういう話し方があると思った。

日記の続き#178

レクチャーの準備が朝までかかって、2時間だけ寝て神保町に向かった。できあがってみたらほとんど引用だけで埋めているレジュメがA4用紙9枚分あって、これを1枚10分で消化するのかと思った。会場は美学校の入っているビルに新しくできたPARAというスペースで、階段しかない古いビルの踊り場に喫煙所があって、開いた窓から外を見ながら煙草を吸った。数年ぶりにお客さんがぎっしり入った会場で話をした。内容はインスタレーションアートを巡る理論的な言説からいま「作品」がどのような状況に置かれているか検討したうえで、そこから抜け出すような別のクライテリアを探るというものだった。インスタレーション以前のインスタレーション論としてハイデガーとベンヤミンを取り上げたうえで、それぞれを引き継ぐ現代の論者としてハーマンとクラウスを並べる。表面的にはハイデガー−ハーマンがフォーマリスティックに「作品」の自律性を称揚する保守派で、ベンヤミン−クラウスが「制作」プロセスの社会への埋め込みを主張するリベラルに見える。しかしこの対立は根本的なものではなく、クラウスにおいてハイデガー的なものとベンヤミン的なものが奇妙なかたちで「止揚」されていて、その核にあるのが「指標の透明性」だという話をする。これが指標−キャプション−パフォーマンスからなるインスタレーション的な体制を支えていて、ここにかかっている無理が現行のいろんな問題の根っこにあるのではないかという話をしたうえで、インスタレーション的な実践のなかからそうした体制から抜け出そうとしている作家として大和田俊と佐々木健の話をして終わった。