10月10日

いま思うとこの3年間かけて少しずつ、「上がり」なんてないのだ、一生やっていくしかないのだと覚悟するようになったのだと思う。博論の書きなおしにしっかり時間をかけることにし、日記を書き続ける。それ自体はっきりとした決意があったのでもなかったが、甘えた物語に後れを取っていく焦燥のなかでこれがリアルなのだと本当にちょっとずつだが、思うことができるようになってきた。26歳で最初の本を出して、28歳で博論を出し、ぱっと本にして論集なんかも作れば評価されて、就職するなり自分でこじんまりなにかをするなりして、あとはもう自動的に人生が進んでいくのだ、そこから先は書けば書くだけ読まれ、やればやるだけ返りがあるのだと思っていた。博論の書きなおしと日記の3年間が重なったのは本当にラッキーだった。最初それはちょっとした幻滅とたんなる思いつきだった。それをここまで導くことができたのは人目に触れる場所でやったからだろう。この場がなかったらと思うとちょっとぞっとする。

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10月9日

横国での非常勤の初日。三ツ沢上町駅で降りて、傘を差して丘を登る。3年ぶりくらいか。畑に挟まれた細い道で、高速道路を二度またぐ。早めに着いたので図書館のカフェでカフェラテを頼んで日記を書く。知っている場所からなくなった喫煙所を探してちょっと迷子になる。キャンパスは高低差のある3レーンの道が並走しており、建物がそのあいだの壁としてある場合と道としてある場合とがありややこしい。教務に寄ってから教室に行けということで、機材とかの説明があるのかと思ったら出勤簿にハンコを押すだけで、機材については管理室で聞いてくれということだった。教室のある棟の管理室に行くと祝日だからかスタッフがおらず、ドアに書いてある電話番号にかけるとやっとプロジェクターやマイクの借り方、使い方を教えてくれるひとが来た。とっても不親切だと思う。初日でわかるわけがないものを教える準備がないのだ。教室は200人くらいは入れるはずなのだが席が埋まって立ち見のひとが出ていて、どうやらとんでもない「楽単」だという噂が広まっているらしい。どうせ減るだろうと思ってなぜ日記を扱うのかという話と成績評価の説明をして帰る。大勢のひとの前で喋ったからか血行がよくなって体がぽかぽかした。珈琲館に寄って原稿を書いた。

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10月8日

「言葉と物」ももう第5回まで出た。9月末締め切りの回はこの時期は博論本に集中したいとお願いして前々から休載にしてもらっていたので、次回は10月末初稿締め切りで12月頭に出る。連載も博論本も、なんでも書けるようになってきた。とくに文芸誌の連載を、そういうものとして奇をてらうでもなくあくまで素直な自由帳のような場として使えるのは、運も大きいがここ5年くらいのいろんな側面での努力の帰結だと思う。それは日記を通して培ってきた書くことへの信頼でもあるし、最初に仕事をしたのはたぶんもう4年くらい前——まだ誰からも感想を聞いたことがない『全裸監督』論——になる編集者との関係性でもあるし、これでいいんだと思わせてくれるような読者が集まっているということでもあるし、リスクがあってもそのつど言いたいことは言ってきたという自負でもある。僕はいつも自分を怠惰な人間だと思っていて、それは自己卑下でもなくそういうものだなと思っているのだが、実はけっこうがんばっているのではないか。あの『群像』であれだけ堂々とリラックスして書けるのだ。あるんだかないんだかわからないエッセイブームなるものに乗るでもなく。たいしたものだ。

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10月7日

ベローチェで作業。喫煙所から出ると隣の席におじいさんが4人座って話し始めていて、河岸を変えようと席を立つ。カウンターの席で何か資格の勉強をしている女性の机に電卓があって、そこに120と表示されていた。スピノザは人間は結果しか認識しないと言った。何が悪いのか。隣のケンタッキーの軒先に出ているメニューをしゃがんで見ているカップルがいる。下を高速道路が走る橋を渡って高架をくぐり、カフェドクリエに入った。もう十分コーヒーは飲んだのでバナナオレにする。

ドラフト進捗38807字(前日比+934)。これが書けたらもういいやという数段落が書けた。でもまだ終わらない。

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10月6日

ドラフトは37873字(前日比+188)。昨日書いたところを確認しながら整形していたらちょっとしか進まなかった。まあいい。

腰痛がなくなった。ここ数ヶ月、布団や椅子や靴を買い換え、動画でストレッチやトレーニングを調べ、鍼に行き、歩き方、座り方、息のしかたに注意し、真っ暗な部屋をどうにかして片付けるような試行錯誤の末に、いつからか腰に集中していた緊張をなだめることができた。これも腰痛対策で買い換えたマウスとキーボードをセッティングするついでに実際に机の周りと部屋を片付けると頭のなかまですっきりした。

夜中、原稿のことで頭がいっぱいだったのもあってサボっていたジムに歩いて向かいながら、なにかひとつ円が閉じられたような感じがした。

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10月5日

ドラフト進捗37685字(前日比+4514)。4000字も進んでしまった。内容は新しくて面白く書けたのだが、新しいぶんもとの里程標のなかで進んだという実感もない。増えただけだ。でももう増えたということは進んだということなのだと思うことにしたのだった。ゴールから逆算するから増えることと進むことの不一致が起こる。ともかく歩いたぶん進んだのだという態度は、自分が考えたことのないことを考えるための条件だ。

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10月4日

朝まで眠れず、妻にどうしたのかと聞かれて原稿が書けないのだと言うと、今日はもう何もしなくていいからちょっとでも横になって京都から帰ってきたらすぐ寝なさいと言われたのでそうした。京都に行って、帰ってきて寝た。

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10月3日

読み物に引きずり込まれて、なかなか書くほうへ浮上できなかった。諦めて布団に入るが頭がぐるぐるして寝付けない。諦めて起きてまた本を読む。こないだ大和田さんに会ったとき、彼が自分が考えていることに対応することがないと言っていて、そのときはなんすかそれと笑っていたのだが自分がそうなっていることに気がつく。自分が考えていることに対応することがない。もちろんドゥルーズのテクストが素材ではある。だから読むのだが、第一に探すために読むのは一生こんなことやってられないよなと思うし、第二に読んだら読んだでやっぱり面白いのだけど読むのをやめなければ書けない。結局進捗は33171字(前日比+789)。朝から京都行きなので2時間だけでも横になろうと思ってやっと眠れた。

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10月2日

ドラフト進捗32382字(前日比+1347)。ここ3日ほど、構成上書かなければいけないと思っていたトピックの手前でぐずぐずしつつ、その入口を探っていたのだが、書かなきゃいけないことを書いてもしょうがないのだと吹っ切れてその次のセクションに飛んで書き進めた。書かなきゃいけないことより書きたいことを優先すると言うのは簡単だが、そもそも自分が義務感によってスタックしていることを自覚するのが難しい。現実的にはそれは、いちど困り果てることによってしかなかなか自覚されないと思う。

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10月1日

布施くん・八木くんの二人展でトークの日。早めに会場がある六本木に出て、喫茶店で原稿を書く。駅を出てすぐの交差点、雑居ビルの6階にある店で、窓から首都高が見下ろせる。何も考えずにおすすめされたコーヒーを頼んだら、レジで1500円と言われてびっくりした。

展示はこないだまでノンアルコール専門のバーが入っていたビルの3階のギャラリーで、その店のことは以前見かけて知っていたので閉店していて驚いた。sober curiousというカルチャーがあると聞いたことがあるが、そう言っているだけというか、少なくとも六本木の街でわざわざ素面で過ごそうなんていうひとはいないのだろう。

会場に入ると、背が20センチほどもあるぶ厚い本が、6パターンの置き方で棚に展示されている。1冊くらい自由に触れるものがあったほうがいいように思う。八木くんが作った3DCGモデルに英単語をマッピングしていて、各ページがその断面になっている。大規模言語モデルの意味空間を模したものらしい。壁には作品はモデルの断面を光の三原色のアクリルに印刷し重ね合わせ、それを3×3のグリッドで分割し、さらにその配置を作品ごとに組み替えたパネルが展示されている。パネルを支えるアルミのフレームがものものしい。

1フロア上の事務所でスタッフのひとと打ち合わせをして、本を触らせてもらう。扇状に開いて立てておくと、空調の風でページがさわさわと揺れて、これを見るための作品なのだろうと思った。

トークは、自分より若いお客さんばかりで、みんな熱心に聞いていて、喋っている自分にとっては不思議な乖離感があった。来るときはなんだか保守的なことを言っていく役回りになりそうで、そうなったら嫌だなと思ったが、ちゃんと言うことは言いつつ新しい話も引き出せたと思う。

「砂の本」と言うが、ボルヘス的な言語の夢は、「バベルの図書館」でもそうだが、語の統計的な偏りを完全にフラットにすることである。そのロマンティシズムと大規模言語モデルは真逆のものだ。前者を後者でむりやり読み替えるとき何が起こるのかというのが今回の作品だと思う。そしてその「むりやり」のところに3DCGが入ってきている。これはデュシャン的な4次元の切断でもあるだろう。アートは「むりやり」でいいと思う。しかしデザインはそうはいかない。そのそうはいかなさはこの展示のどこにあるのか。そういう問いを念頭に置きながら、文章を書く者としての立場から話した。

ドラフト進捗31035字(前日比+855)。

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