日記掲示板の投稿数が999件に達し、新規投稿ができなくなっていることに気づいたので新たに作りました(もしその間投稿できなかった人がいたらすみませんでした)。
ルールは同じで以下の通りです。
(1)以下のコメント欄に名前と内容だけを書く(アドレスは不要)
(2)名前は本名やどこかで使っているアカウント名ではなく、このサイトだけの通称を使用すること
(3)日記以外のものは雑談掲示板に投稿すること
ちょうど僕も1年続けた日記が終わって、新たに日記の続きを書き始めたところなので、みなさんもそれに並走するかたちで気軽に書き込んでいただければと思います。
2022/04/08 福尾
ようやく休日。いつもの喫茶店。今年は月曜日の冬至。今年は、と言いたくなるのももう年末が町で始まっている感じを受けるから。いつも見かける鶴ヶ峰のセブン前の通りの交差路で快活に老僚たちと交通整理をする恰幅のいい作業員は、その先で降りたところにある帷子川の緑道整備のために出入りする大型車両のために立っていたのだと今日はじめて知った。その緑道まで歩行者が行ける道はいつも駅から反対方向にぐるっと迂回するルートなので、方角的に地理が噛み合わなかった。自分のいつも辿る道があくまで線的なイメージに基づくからそういう錯誤が生まれる。マスターが西友か何処かで市販の鏡餅としめ縄を買って店に戻ってきた。戻ってきてカウンターに立ち、ぐるっと店の中を見回した。この店のあらゆることを把握しているのだろう。その佇まいに敬意と共感を覚える。ボーっとそちらを眺めていたら、「三卓のお客様、クラブハウスサンド、珈琲舎ブレンド、お願いします」とマスターが言う。もう一人の女性店員が復唱しながら受け取り、そのまま画面の奥からこちらにまっすぐ歩いてきた。今手元には珈琲がもくもくと湯気を立てている。喉も歯も痛み、外の寒気は週末の小春日和をふりだしに戻してしまったが、店への採光は明るい。狭い線路裏の八百屋には仕入れのトラックから快活な女性が大量の果実や野菜を荷下ろしていて、それを客たちも賑やかに眺めている。駅前の駐輪場もいっぱいで、商店の店先に向けて大声で時候の挨拶をしている奇抜な老人たちは今日も健在だ。この景もまた歳末の「市」といった感じで、いよいよ年が暮れる。
juiceの85曲に溺れる夜が明けて、雨模様のなか中央林間のサンマルクに来たら、店先に出ている写真の通りにふたつのパンをつけてモーニングを頼んだら890円だと言われる。どうやらセットにできるのはひとつのパンだけらしい。今読んでいる『百年の散歩』に描かれるような店から弾き出されるような経験がこんな身近なところにあったとは。血がぐらぐらと煮えたぎっていたら無愛想な店員たちに苦情のひとつもつけたかもしれないけれど、悠長な血流でいるので噴火もない。小田急線には父親に連れられて奇声をあげる青年やインド系のアモールな雰囲気のラバーズが顔を近づけ合ったりしている。相変わらず反-横浜(東急)的な沿線だ。
「だがわれわれは、まずもって完全に理性に適合している意思という観点から自分の行為を考え、次にその同じ行為を、傾向性を通じて触発された意思という観点からも考えたのであって、そこでは実際には何ら矛盾はない。あるのは理性の指令に対する傾向性の抵抗(対抗性)であり、その抵抗を通じて原理の普遍性が単なる一般性に転移されてしまい、それによって実践的な理性原理と格律が中途半端に一緒くたになってしまう。」(カント『道徳形而上学の基礎づけ』、大橋容一郎訳、岩波文庫、2024(1785)、87頁)
Beachside Talksというバンドによる『Big Sky』という曲がヘッドホンから流れてきた。ポップで爽やかなメロディ。隣に座った白い大型犬みたいな人がうつらうつらと右肩へと傾いてくる。作業を数えたりして追い立てられていたけれど、少し体はほぐれたかもしれない。芳根京子も自分と生まれた日が近いとわかってあまりにも綺麗なVlogに悶えた夜の、その翌朝。
ここ三日間くらい、伊勢原の日向山で山火事が起きていたらしい。知らなかった。
近代文学館、ブックフェス「本は港」、喫茶「スカイレイ」…と11月末あたりからの散策の中ですっかり文学の道として自分の中で位置づけつつある日本大通り周辺へ今日も歩いて向かう。日向を見つけては腰掛けて春樹の「スコット・フィッツジェラルドと5つの町」(ニューヨーク、ハリウッド、ロックヴィル、モントゴメリイ、セント・ポール)を読む、素晴らしい休日の午後。しかし、日が暮れるとしんと凍てつき、読み始めた大江健三郎『個人的な体験』の寂寥にもあてられて逃げるように来た道を戻った。すれ違う市井の人びとから受ける印象の大河のなかを数時間もかけて渡り歩いたことで、列車のなかでは沼のように眠る。土日までの現場の日誌を充実させ過ぎたモードから切り替えられず、一日を総括あるいは場面をピックアップした上で何かを言おうとなってしまっていた。そこに残してしまっている事務仕事や明朝にいつもより早く起きて見学に行く学芸会の予定などに気を重くさせていたことも相まって、「一日」が手に負えなくなってしまったのだろう。これでは休みにならない。
最近は混みがちだった日曜朝の電車も、今朝はこの雨で空いている。踏切を渡ろうとする青年はぼんやりと立ち止まり、女学生は小さな交差点で二度止まる。改札階へと降り立ったふたりの少女は傘や手提げを腕にぶら下げながらおもむろに手提げかばんのなかを片手で広げてのぞこうと立ち止まったかと思えば、次の瞬間には見えなくなった。立ち止まるこどもたち。川から見えていた樹の上のカップヌードルは週末の鉄風と本降りについに奈落へと落とされたみたいだ。電車に乗ると一万円札が落ちていたみたいで、見つけた親子が周囲に声をかけたあと改札に届けに行った。「いちまんえんだよ…」と笑って戸惑う娘の声や、呼びかけに応えてイヤホンを外しながら微笑む人など、一挙に芝居が立ち上がった。
現場のふりかえりをノート上でクリアーに整理できると、その一日の印象や見立てを全体として受け取った上で、ある種の覚醒状態を迎えることができる。これは『記憶理論の歴史』や『存在論的〜』などのテクストベースの講義から帰る夜の場合でも似ている。時間を支配してある種の「洗脳」を本質とする映画や音楽とは根本的にちがう、ものを考えさせる書物=文字というメディアの特性も関係しているのだろうか(from 昨夜の東さんの突発放送)。覚醒はいつもの帰り道の風景をすべっていくようにして表現される。例えば、隣家に伸びないように剪定されて平らに広がった庭木の枝ぶりという形象に思念が託されて、その都度違うものが見えてきたりする。現場でもテクストでも意識の置き方/注意の向け方の訓練という点が通じていて、うまく行けば日記もまたそういう音楽的な時間のなかに置くことができる。ただ、そのことを書こうと思ってはじめたこの文がいつも以上にぎこちなくなってしまった。ふりかえりを重ねることで現場での意識には過去(記憶)と未来(予期)が手に負えないものとして蠢いているという直観があるのだけれど、これもまだ言い当てることができないでいる。言葉は難しい。
週末は雨予報。定例会を終えて綱島から帰る途中、中古で本を買って外に出るとあまりにも凍えるので喫茶「アデリータ」にも「サガン」にも寄らずに鶴ヶ峰まで帰る。
駅の改札で習い事帰りの親子などとすれ違って出ると、小さなキオスクがファミリーマートに改装されているところだった。こうしてまた町の一部が組み替わる。エスカレーターを降りると忌々しいチーズケーキ屋が人々に声をかけてまわっていて、ランドセルを背負った少年に怪訝な顔をされたりしている。その手前でケーキ屋が声かけた外国人の男は道に迷っているようで、会釈をして離れるのが見える。ケーキ屋に声をかけられるのは嫌だと思って通行人越しに通り過ぎたら、先の外国人の男にとても流暢な日本語で話しかけられる。というか、話しかけられる数秒前くらいにこちらに少し伺う体勢に入るような体の傾げ方に入った男が視界に入ってきて、こちらも話しかけるならどうぞという体勢をほんの少しだけ作ったのだった。実際は予兆に少し注意を向けたくらいのものだったかもしれない。顔立ちも体格もトルコ系のハンサムな見た目だけど、日本の人なのかもしれない。(今喫茶店の窓から通りを挟んで向こうにトルコ男が、手前にケーキ屋が、それぞれ足早に通り過ぎるのが見えた)。男は真っ黄色のThe North Faceの箱型カバンを背負ってフードを被っている。なんでもこの辺りに松屋があるはずなんだとのこと。少し考えて、それなら一緒に行きましょうと連れ歩く。待ち合わせですかと聞くと、新しく出たらしい梅か何かの丼を「おみやげ」に買って帰りたくてと応え、そこの洋食屋も美味しいですよと言うと、店先から覗き込んで、いいですねと応える。この寒さのなかでまっすぐにこちらの目を見て話す快活なひとだ。寒いですねと言われたので、本当に差すようでとこたえ、いやこの言葉は伝わるのかなと一瞬考えた。
今朝のPRONTOでもまた同じ店員のひとに、本当に寒いですね、いつもありがとうございます、と丁寧な挨拶を受けた。最近は現場の外でも気さくに接する練習をしている、というか、市井で出会う人びとのほうから歩み寄ってくれているような心地がする。人には本当は陰も陽もあるはずで、そんななか君は陽ぶっているよねと定例会で言われ、「陽ぶる」という言葉はなかなかいいなと思ったのだった。坂部恵がアリストテレスを引いて、「ふるまい」の基底にはふたつの「ふり」があるのだと書いている地点にまた戻ってきたように感じたからかもしれない。
喫茶店に入ってそのような文を書き、窓際の席から外をぼんやりと眺めていたら、タクシー乗り場の列から振り向いてこちらにニコニコと手を振る女性がいる。全身をマスクや帽子やコートで防寒しているので誰かはわからない。少し不思議そうな面持ちは消さずにほほ笑んで手を振り返す。僕が怪訝さと好奇心を消さずに視線を外さなかったので、彼女はベビーカーに2人の子を乗せていたにも関わらず、その2人を列に置いて店のなかに入ってきた。目元を見て、現場で関わった来園者のママだとわかる。挨拶はしようと思って、促してふたりで外に出ると通りは凍えるほど寒い。こどもの乗るベビーカーだと思っていたものは、車椅子に乗った大人とその膝上に正面を向いて座る娘だった。ふたりとも何重にも毛布に包まれていて誰だかわからない。得体のしれない着ぐるみのようになった3人が、凍えながらタクシーを待っている。こんな寒いなかで…と声をかけるも、ただ目の前で耐えているので精いっぱいな様子だけがわかる。
ここまで文を書いた今もまだ窓の向こうで待っている。耐えて気張る生活が形象としてこちらの身に迫る。どうしてあげることもできない。
列が並んでいるのでちょうどいい。日記の隙間にする。8時半に起きた場合、仕事に入るまでの1時間半のなかにモーニング、散歩、開園時間という3つの変数の入った方程式を解いている。起きた時点で和が定式として与えられるので、どれかを取ればどれかが落ちる。そういう風に時間を全体で見ようとするから毎晩風呂に入るのが嫌になるのだ、と妹が反省していた。「今日めちゃくちゃさむいですね」と初めてPRONTOの店員の女性に話しかけられた。あまりにも通い詰めているからだろうか。朝の早い憧れのコミュニティ。昨夜入った喫茶アデリータでは財布を席に置いていって取りに戻り、帰りの電車では鞄のなかで中華丼弁当の餡がこぼれていた。それだけ散らかっていた夜も、オンラインのゼミで診断を受けたらいくらか楽になった。運営と現場をつなぐポジションの人間は情報の集約や研修の組み立てが仕事になる。制度として組まれるまで時間はかかるが、まずはそのポジションに自分が認められるためのファースト・アクションとして、自分はこうしたいという素案を書き上げて相談に持っていくことが必要になる。今現場には何が必要で、誰を呼んで、どんな研修を組むのか。先輩(たち)はそのアクションをずっと待っている。視野の広がりを裏づけるからだ。そこではじめて「対話の土台」ができあがる。なんてクリアーな指示書だろう。今朝はヘッドフォンを忘れてきた。文庫は2冊積んである。あちこちで鳶職の職人たちが櫓を組んで作業をする町を抜けて出勤する。
額に腕をあてると熱を持っている。寝床のなかに埋めた脚も火照っている。NHKラジオ、珈琲、『北北西に曇と往け』。大地の沈む日本の裏ではアイスランドで大地が生まれている。実家のベッドの上で夕飯前にワンセグを繋いで『THE 世界遺産』で古代議会を観た、いや、あるいは南米のエンジェル・フォールを観た夜のことはいまだに覚えている。慧たちが茶を淹れてもらう場面ではおそらく中学の宿泊プログラムで西尾に行ったときに一度だけ茶道の真似事を教わったであろうこと、リリヤが湖でチェロを弾きに行く場面では藤原さくらが西湖かどこかでレコーディングをしたとラジオで話していたことをそれぞれ思い出す。長く揺れた地震から1時間が経つ。twitterを開いてはじめて青森が震源だということがわかった。ちょうど1783年のラキ(と浅間山)の噴火の語りを読んでいるときだった。体より先に脳が揺れているように錯覚した。
旧横浜商工奨励館の一部がタリーズコーヒーとして開放されているからこそ過ごせる、黄金の銀杏が降りしきる大通り沿いの秋の月曜日。懐には『百年の散歩』。一般的に言って通りには市井の人がそれぞれに過ごしているので写生にはもってこいだ。でも、ただここに身を置いているだけの一日があってもいい。
労働の鳴門海峡のなかから我のAirに返る時間。それは昨夜ネットワーク談義をする夜のワールドポーターズ、フードコートで辺りを見回した時に周囲には席を探す高校生の集団ばかりがうろついているのに気づいたとき。あるいはアラームで目覚めた数時間前から一寸も経たぬ間にインターホンが鳴って起きた11時前に、バナナを食べてもう一度寝床に入ったところから見上げた『魔法少女まどかマギカ』の10周年タペストリーがやけにくっきりと知覚されるとき。約束までの時間、喫茶店で朝ごはんを食べようと歩くいつもの休日の道で会釈をしながら線路を渡るトラクターが左に折れてきて線路沿いの小道に入ってくるとき。農道みたいだ。歩けば午前の買い物を終えた親子たちとすれ違い、老父と彼に手を引かれるヘルプマークを下げた厚着の女性の連れ合いを追い越し、裏道の八百屋が賑わって店の人が忙しくほうれん草を束で出したり値札を直したりしている横を過ぎて、もくもくと煙る焼き鳥屋の店先に駅の方まで伸びる行列を見たとき。待ち人が先に到着している連絡を受けたとき、トイレに入ろうとしたら「よごれているので少々お待ちください」とマスターに言われて、3分ほど待っているところだった。お待たせいたしましたと言われて入ったら消毒のにおいと一緒にピカピカに磨かれていて思わず声が出る。土曜に混んできた喫茶で受けていたのはベルクソンの記憶理論の2回目講義で、そこでは知覚と記憶の本性の差異を論じるにあたって、「潜在的対象」というキー概念が出てくる。もう一度整理しないとわからないなと思ったところで、電車が待ち合わせの駅に着いてしまった。
帰ってきて、米を炊かないといけない。広大なネットワーク運営も大暴れする現場も手に負えないと途方にくれる労働の帰り道、ヨルシカや宇多田ヒカルなどが流れてくる2025年ハイライトのプレイリストを聴くときに泣きそうになって。それは普段アロマセラピーの仕事をしているママが職場の人間関係に息苦しくなったとき、現場の日誌を読んで「ここにはちがう風が吹いてるって思った」と言ったとき、あるいは大企業の上層の固く暗い世界観に辟易して、そこに染まっちゃだめだとコミュニティづくりに奔走するパパが言ったと
ときに似ている。それを文学と呼ぶのかはわからない。家に帰れば妹が待っているだろう。棚の上に妹から借りた『北北西に雲と行け』が積んであって、そこで読みたいのは仕事(生活)と文学?の具合を見込んでいて…。
川まで少し高さのある小さな橋から、すぐそこに見える川べりから伸びる樹の枝に空のカップヌードルが引掛かかっているのを見る。駅の改札前で中国人のおばちゃんにスマホで話しかけられて、「なんかこの番号に電話してくれって言われて…」と待ち人に携帯で電話しているお姉さんが居場所を伝達して、待ち合わせた友人と連れ立って「今そこでさ…」と話して去るのと、そのすぐ後におばちゃんの待ち人の親子が合流して嬉しそうにしている場面を見届ける。帰り道。
物事には階層があり、あるいは別空間がある。雇用や支援の仕組みづくりの話ばかり聞いた後に、それらに構造的な穴がぼこぼこある職場の下部構造の上で自分の役割ではそこに触れないことを知っているのに補填しようとするから脳が焼けるのだと思う(研修や会議を控えている)。そのことと(令和)人文の話題で議論される「会社員」と「市民」の区分がパラレルなのか比喩的なのかウロボロスなのか入れ子なのか上位互換なのかわからない話として自分のなかで並んでいる。日誌が残っている。日記もなりふり構っていられない投稿になっている。
少し雨っぽい寒空。まだダウンのなかは暑いくらい。2連休から明けて、次の2日間は夜までゼミなどに出ていることもあって朝起きるのがギリギリになってしまう。昨夜は良心で日誌だけ送って寝たので今助かっているけれど、少しでも余暇っぽくやろうとポケモンを開いたことが起きられなかった原因でもあるのでそこは恨めしい。NPOとは「市民」セクターであるというところから、ネットワーク維持に必要な活動の役割分担も考え直せるんじゃないかというところでタイムアップだった。今朝は通っているPRONTOでテイクアウトをお願いしたら「寒いので気をつけていってらっしゃいませ」と言ってもらえる。水曜はスタッフが比較的集まっていて、朝の支度をする女中たちの屋敷を訪ねているような心地がする。貴族的妄想が邪魔して、気の利いたことも返せない。
12月に入る。鎌倉にも港北ニュータウンにも行かない休日だったけれど、例えば日誌的なトピックだけでも4本くらいある。(1)3匹のモコモコの犬を連れた中高生くらいの娘とその母親が夜の路地を歩く。ふたりとも寝間着姿。辺りからは猫の鳴き声もする。今日だけで通るのは3度目になる住宅道。(2)居場所的な場づくりをしていそうな雰囲気が開放された窓越しに伺える「陵光ゼミナール」という塾の前を通って帰る。外国人っぽい男性が何かを言ったのを聞いて大笑いしている中学生くらいの男女の一瞬が見えた。(3)午後に散歩から帰ってきたらYoutubeで期間限定配信されていた『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』を5話分一気見する。鬼頭はるか役の志田こはく(志田音々の妹らしい)をフィーチャーした回がピックアップされ、それぞれ教習×逃避行編、未来からの使者編、誘拐編、昭和の幽霊編⋯といった印象的な回が続いた。(4)朝食を食べるのにちょうどいい公園を探して寝起きのまま歩いていたら一向に見つからず、遂には街道を跨いで尾根まで登り杉と椚(くぬぎ)でできた雑木林の公園まで来て、「ひだまり広場」で文字通り暖かく本を読んでいた。ハナアブが多く飛んでいた。
(3)は喫茶店で読み始めた『斜め論』に照らせば象徴世界の一部を構成しているものだと思うとか、(2)の直後に通りかかる豆腐屋の前でいつも妙な心地がするとか、そういう少し溢れる風景や解釈こそをここで書きたいなとは思っている。至らないまま、また労働へと帰っていく。最近ネットを賑やかす「令和人文」を巡る論争に一々ざわつくのもアンコントローラブルだ。
昨日投稿したものが反映されない&再投稿しようとすると、すでに同じコメントが投稿されてるという注意がでる。謎。
投稿できてないけど、色んな形式で日記、日誌的なものを試みるのも楽しい。
自分が用意したのではない場では、なかなか難しいという結論もでたので、プラットフォーム含めて今後の日記人生をどうするかを考える。
今日は親族の厄介事で、自分で驚くほど怒りが噴出。
苦情を捲し立て、人を責める。
吐く息が熱いくらい、怒りが体を燃やしてた。
すぐに後悔して、苦い気持ちになるし。
こちらの体が蝕まれる。
とは言え、ドカーンと怒る姿を見せるのは、抑止力として効果があったと思う。
嫌なことを言われるから、関わりたくないと思われたら本望。
『13歳からのジャーナリング』を読んでいる。まさに今必要な本。
珍しい休日の日曜日。休日は過ごし方が難しい。行こうと予定しているところはあるが、その前に喫茶YOKOHAMAで『百年の散歩』を再読するモーニングを過ごす。店の周りではショッキング・オレンジのツルッとしたジャケットを来たオープンハウスの営業マンが分厚い物件資料を抱えた相方の女性社員と連れ立って、日曜日の人びとに物件を買わせようとハイエナのように嗅ぎ回っている。そんな見方は多和田葉子に染まりすぎだろうか。隣の席では中年風の恰好とは裏腹に顔の肉が傾けたミートソースのように垂れている女性とはその母親、あるいは娘のようなふたりと向かい合って、全身麻酔の話や腫れ上がった右足首の話をしている。ヘルプマークをポーチから提げて、話している内容が自分についてのものなのか、ほかの誰かについてのものなのか、「心配するから泣いたり顔に出したりしてはいけない」と何度も繰り返していた文からは想像が難しい。話し相手は母親ではなく、友人なのかもしれない。
昨夜、酒の酔いが回ったままに風呂から上がって、Youtubeで藤井風のLIVE『Feeli’n Good』を観る。ひとりでずっと紅白をやっているような演出で、なんだか年末のようだった。終わったら、隣でポケモンをしていた妹が終演後のアナウンスをやってくれて、より臨場感があった。だから、今朝11時に起きて人気のない路地に出たとき正月のような気分を感じたのかもしれない。駅まで出てきたらこうして店のなかも満席だ。今から観光地のほうへと向かおうとしている。鎌倉の小さな秘境にも心惹かれつつ、明日も休みなのだからゆっくりやろう。
久しぶりに『石丸謙二郎の山カフェ』を聴く土曜の朝。神戸・六甲山の山荘での公開収録が放送されている。今は街なかから登り、紅葉のなかを登り、夕焼けのなかを帰った参加者からのメッセージが読まれている。九州からフェリーで来て、有馬温泉から須磨へと縦走で抜けた「後期高齢者3名」もいたらしい。少し前にYoutubeで観た穂高岳山荘のドキュメントを思い出す。街並みから登り口にさしかかるとすっとした空気に包まれる、という『バリ山行』の描写の朗読がされる。鷹取山の登り口で1000もの鯉のぼりが谷に泳いでいたのを思い出す。山は休日性の象徴だ。聴きながら一度新横浜で降り、ホームから聴こえる新大阪行きのアナウンスの下、落ち葉の匂いが立ち、それらを無謀にも掃いてまわっている清掃員たちの横を抜けながらサンクスで手づくり弁当を仕入れる。帰省や旅行に向かう新幹線改札前の人びとの空気を少し借りたら、1本後の地下鉄に乗ろうとホームに降りる。お姫さまのような恰好をしたこどもを2度も見かけた。
IC残高は1116円。最近は綱島から帰っている。喫茶『アデリータ』を出ると外はまだ小雨が降っていて、H/Hのレイン・フードを被る。レンガ調の路面が夜露に濡れて街灯を照らし返している。新綱島駅ではエレベーターの片側の窓面やトイレの着替え台などが修理のためにガムテや養生でバミられている。公共スペースの手仕事だ。つい見すぎてしまったtwitterでも必需品の追加発注や見込み客のリスト化などの日々の雑務こそ大事なんだという投稿が流れてきたばかりだった。エレベーターから電車が去っていく音が聴こえたので間に合わなかったかと思ったけれど、電光掲示板はまだ変わっていなかった。気配さえない。
投稿が3日も空いたのはふたつの講座を丸呑みしようとして乱れ書いた曼荼羅図と毎朝にらめっこしているからだ。昨日は福井の温泉街や群馬の農家の話を聞きながら森がすごい量の落ち葉を一斉に落とすさまに圧倒される。最近はPRONTOで座る席をひとつ奥にしたことで照明が親しくなった。新道路が開通したばかりの朝、心配そうにいつもの場所で幼稚園バスを待っている親子たちの姿を見た。東さんが無料突発放送でカントの「二律背反(アンチノミー)」概念を、経験から考える悟性とそれを解釈する理性というふたつの脳のシステムが4つの問い(神、無限、死後の世界、宇宙の起源)においては衝突して「ヤバい」ことになる、だから論理のレイヤーを分けて考えなさい、というような言い方で解説していた。その動画を聴きながら寝落ちしていたら、妹に声をかけられて数分心臓をバクバク言わせながらここがどこの「時点」なのかがさっぱりわからなくなる。ぽっかりと。
この曼荼羅(あなたを突き動かすものはなにか?)も「場づくり」と「介入/見守り⇒ふりかえり」のふたつのレイヤーを分ければいいのかもしれない。前者においては〈精神(マインド)の−、この世の−、発動≒内発の−、ハレとケの−、ベイトソン的コミュニケーションの−、ホームパーティの−〉不思議が原動力であり、後者においては部活の記憶を逆説的に転用し、〈主体性をやり取りのなかで預かる/送り返す〉ことで、他性のなかで生き生きと自然体でいられる関係性をつくりたいと思っている。先が解釈で、後が経験になっているんじゃないか。その場合、「里山」の実践との照応や「あそびは世界の側に転がっている」というフレーズがごろっと残されて、どう紐づけたらよいのかということになるが、少し割れた気がしてホッとする。こどもの頃に写真で並ぶ列車やディズニー調の魚たちのパズルを夢中になって揃えていたことを思い出した。
家を出たばかりなのに充電が26%。15時に日が陰りはじめてから溜まった洗濯物を出す。どうしようもない一日。ベルリン関連の本を数冊かばんに詰めて、喫茶YOKOHAMAに向かう。振替休日というのはどうにも張り合いがなくて困る。予定がないと知った昨夜は成人の前撮りから帰ってくる妹を待って/帰ってきた妹の隣で微睡みながら好きな音楽を流すソファ・リビングで幸福のなかにあった。それはこの週末の2日間を通して持続していたもの。007シリーズの『NTTD』や「モントリオールの恋人」(『恋しくて』所収)を読むくらいには浮かれた気分。現場の時間は前後に漏れ出ていたことも大きい。ただ、それらの仕事の宿題を複数残しているせいで、場づくりや成長といった線で思考するモードから切り替わらないまま休日を迎えてしまった。梨木香歩のように草花の名前を知るよろこびもあるけれど、外に出ると近くのお屋敷の丸く刈り込まれた庭木から一輪飛び出て咲く小さな花や、アパートの敷地で剪定されたところから幹をさらに一段伸ばした樹冠に西陽を受けて葉裏を黄金に光らせている樹木が名も知れず印象に飛び込んでくる。人の手入れと芽吹き。イメージとして小さな「気づき」を拾っているような連想が生まれる。現場で無数に拾われる印象と散歩の時系列のなかで拾われる点景の印象が労働/余暇の間で相似形にならぶ。
「なんでこの仕事をしているのかというヴィジョンを仮置きできると、自分のなかにある「気づきのタネ」が育っていく。現場で起きるささいなことから気づきを拾っていけるようになる。すると、これはこんな風にしてみよう(「いいことおもいついた!」)と気づける自分になっていき、オリジナルな仕事ができるようになる」。ヴィジョンと現実の緊張を意識する「クリエイティブ・テンション」というキャリア形成における用語を引用して、以上のような講義を受けた金曜の研修が頭を離れない。業界外(教師、学童指導員、キャンプリーダー…)にも通じるようなシュッとした言葉づかいにも打たれる。ただそこで受け取った「テンション」の語は、張っていくほどハリが出てくるロープの遊具や結ぶことで意味を持つ星座のようなイメージで入ってきた。単に関連づけるだけではダメで、そこに「ハリ」や「意味」を持たせる…。なんだか荒い話をしている気がする。エッセイ講義の反例のような気分で書きながら、うまく書けないこともここでは許されたいと甘えている自分がいる。