日記掲示板2

日記掲示板の投稿数が999件に達し、新規投稿ができなくなっていることに気づいたので新たに作りました(もしその間投稿できなかった人がいたらすみませんでした)。

ルールは同じで以下の通りです。
(1)以下のコメント欄に名前と内容だけを書く(アドレスは不要)
(2)名前は本名やどこかで使っているアカウント名ではなく、このサイトだけの通称を使用すること
(3)日記以外のものは雑談掲示板に投稿すること

ちょうど僕も1年続けた日記が終わって、新たに日記の続きを書き始めたところなので、みなさんもそれに並走するかたちで気軽に書き込んでいただければと思います。

2022/04/08 福尾

487件のコメント

  1. 寒波の予報のなかで、意外にも暖かく過ごせた一日。貰った現場着の裏起毛が効いている。現場の竹林でうつむく檀(まゆみ)の白い花を見つける。出勤で通る庭に黄色い梅が早くも満開で香る。職場ではあそびの「仕掛け/巻き込み」という大課題に取り組み続けている。これまではその試みを「全体への目配せ」と併用しようとしてきたけど、それは少し手放すようになった(ex.すべての子を出迎えに行くのを控える)。週末の研修の学びは、動きを大仰な課題とするのではなく、実際に動いてしまうことで成立させることが複数の体があればできるということだった(ex.「信じる」を身構えるのではなく、目をつぶって相手に向かって走り込むことで成り立たせてしまう)。「仕掛ける/巻き込む」も同じことだ。動きながら考える。他方で、授業やWSと現場の大きく違うところは、前者はプログラムによって静かなモードへと参加者たちで移行していく一種の「領域」(『呪術〜』)をつくるのに対して、後者は無制限の動的な「わさわさ」に晒され続けるということだ。ジップラインひとつを掛けるにしても腰にぐるぐるとロープ類を巻きつけてくる子がいるのもアリなわけで、そういう動性たちに対して「…ちょ、待てい!」(宮川大輔)などとツッコミながら動きをつくっていくことになる。もちろん「仕掛ける/巻き込む」動きのなかには「領域」的な要素も認められているが、「わさわさ」に満たされた場においてそれらをポジティブに使うあり方を身につけようとしている。
    玄関の扉の前で最初に巾着から出てきた鍵が今の自分のモードだ。扉を開けたら1時間早くバイトを終えた妹が夕飯の支度を終えて、新しく手に入れたゲームソフトを始めているところだった。

  2. 大寒。今日から西高東低、冬型の気圧配置。冷たい風が吹いて、幼稚園の制服を着た娘の前に立った母親が上着の前を締めてやる。そんな気がしたので調べたら、やはり土曜から今日まで大潮だった。踏切に萌黄色の卵のように丸まってうつ伏せに死んでいたメジロを見たのは昨日の朝。関根勤が林家三平などの昭和の芸人たちの時代を再現しながら話すのを笑いながら聴いたのは先週の今日。そこまで遡れば平穏だが、大潮に入ったこの週末は地盤がゆらぎ危うかった。妹に照り焼きの作り方を教わり、茹でたまごの殻を隣り合って剥きながら、帰りの八百屋にも流れていた高市早苗のスピーチを報じるニュースをキッチンで眺める。『ひらやすみ』の栗ごはんを食べるふたりを見たら随分落ち着いた。寝不足の朝、学校遠足の行列が駅の改札を橋のようにして歩いていくのと一緒になった。

  3. 昨夜からウィンナーのピカタ、餅の雑煮と施されて、今は「アデリータ」のミックスピザを食べる。昨日、いくら10時に起きてから干していた洗濯物を畳むなどして「朝」を過ごしていたとしても、その結果移動式遊び場の夢には背を向けて尻尾を巻いて逃げる羽目になったのは事実だ。その辺りから自分の所在が不安定になりはじめる(神田の澤口書店で28,000円の『主体の解釈学』を前に泣き寝入りしたのも昨日)。今日の定例会でもまさに出前に出る候補になる公園を洗い出す時間があった。箕輪や下田など日吉の周辺地区で具体的に進む活動も増えてくる時期のなか、その根っこに置けるような理念が不在なことが浮遊感に繋がっている。郊外の公園を精神的な棲み処にせんと振り切るのか否か。ところで、これこそが「魂の遍歴」なのかと心をさらわれた、焦燥と愉悦の『個人的な体験』を読み終えたのも昨日だった。吹き付ける嵐と号泣する赤子が倍化する爆音のなかを走るスポーツカー。そのまま産婆:オリュウノオバ(生を取り上げる)と和尚:礼如さん(死を見送る)の眼から視る『千年の愉楽』の世界へと入る。紀伊は熊野。天草を描く石牟礼道子との照応に眩む。アナ・ツィンにまで射程の広がる民族誌的世界。自分の関わる活動の根にもこれらの「誌/紀」がある。
    「時々、人の子の生年月日と死んだ年月がそらんじたとおり口をついてでて、忙しさにかまけている時不意に路地が、死んだ者や生きている者らの生命があぶくのようにふつふつと沸いているところのような気がして手を止め、縁側に腰かけて雨上りの道が光を撥ね、雑木に架かった主のいないくもの巣が破れ風に揺れているのを見て溜息をついた。」(中上健次『千年の愉楽』,1992(1982), 37頁)

  4. 神田にあるニコライ堂の鐘の音を聴く。歩いている日曜日の人々も足をとめる。淡路町という所にやってきた。大文字山の登山レコを伝える朝のラジオで、今日明日が共通テストの週末と知る。山手、港南台、大船と金曜に停電に遭った根岸線を南下する土曜のなかで、現場後に行き着いた蕎麦屋では、『ブラタモリ』を観ながら私感(琵琶湖は親族の京都市民たちにとって馴染み深いなど)を述べたり、年末からずっと団体客の入りがとめどないことことを聞いたりした。逆断層と堆積の均衡によって湖が保たれているという番組の語りに、小田原にも通じて、長口説で地理や産業の仕組みを語れる/聴ける人のコミュニティというものがあることを思った。『個人的な体験』を遂に読み終えて、たどり着いた移動式遊び場のイベントは敷地が狭く、とても入れたものじゃない。ポットの黒豆茶を啜りながら鳥瞰と決め込み、16時まで神田でも回ろうかと思いあぐねている。

  5. 湯上がり。3回目のベルクソン記憶講義のアーカイヴが年末で期限を切らしていることに気づいて冷や汗をかく。3000円分くらいドブに捨てた。手痛い勉強だ。アルコールが抜けない(左奥歯も限界を迎える)ままに、幕末志士の理念のもとに集まった地元事業家たちによって作られた私塾の集まりから帰ってくる。帰りの東海道線は研修のふりかえりを書いていたら一瞬だった。洋食レストランの料理長や訪問薬剤師など多様な業種の若者がワインや地域の利用者についてある程度長く講じることができ、それに合いの手を入れながらみんなで聴くというカルチャーをこの塾は体現していることを思い出した。人文系のトークイベントにも通じるような「批評」の精神と通じるものを勝手に感じたが、喋るのはみな実践者たちだ。夕陽の差すアニヴェルセル前のベンチとブルーボトル前の通りと行き帰りの電車で、時折景色も見ながら読み進めたのは、大江の描く鳥(バード)と火見子の背徳的な「自己欺瞞」の逃避行。その現実的な反映が昨夜の妹に働いた不義理(見ている動画を尽く腐した)を謝り、許されるという形で現れたのは不思議だ。読んでいる小説世界は生活意識の下に潜っているということになる。

  6. もうすぐ小田原。伊東まで弾丸で行って帰った日を思い出す。伊東行きの列車はホームから溢れんばかりの乗客を乗せて1本前を走っていき、平塚駅で一度待ち合わせた。大船から南下するにつれて湘南が色濃くなっていき、下校する高校生たちとハイボール缶を片手に持つ中年たちと一緒になる。みなとみらいの夕暮れは何かの装丁で見たような乳白色で、なぜかもうここにはしばらく戻ってこられないんだなという憧憬の念に襲われた。日誌は3日分書かれていない。

  7. ビール。昨日ようやく風が止んだ。現場でどんど焼きができた。布製の御守りも飾られるような荘厳なもので、放課後のこどもたちと囲んで焚き上げる場面には毎年感動する。今夜になると「ガールズバー、一件、どうですか?」「寒いんで、中入りましょ〜」と駅前の惣菜屋の前でいつも以上に踏み込んで声を掛けられるくらいにはまた冷たい風が吹き始めている。妹がピカタを作ってくれている。前の週末に有楽町で「花とゆめ」の『暁のヨナ』特集を奇跡的に手に入れ、同窓会の幹事も無事に終えたのだった。雨が降らないので上野原の山林火災は今になっても止まない。父から電話がかかってきた。こうして現在から見えるいくつかの景色を書き留めることは宇宙船の航海日誌のようでどこかSF的だ。来たるべき出来事を物語的に待ち受けるにせよそうでないにせよ、誰か(未来の自分かもしれない)が経過を読むことをどこかで見込んでいる。周囲の世界が動いているからこういう書き方が成り立つのであって、牢獄にいたらこうは書かないだろう。

  8. なんか相談したんだけど、全然納得しない。納得したものもあるけど納得しないし。じぶんのことわかってくれてないლ(´◉❥◉`ლ)と思った。でも覚えとこ。

  9. 楽曲をリリース
    ドラッグストアで買い物
    フィールドレコーディング
    写真葉書を画廊へ送る
    フィールドレコーディング2本目
    ピアノ録る
    カリンバ録る

  10. 起きたら12時37分だった。たくさん夢を見た。その中に、姉が坂東英二の育成アプリにハマっている、という話題で親戚が盛り上がってるシーンがあった。姉がやっているアプリを覗き込んでみると、デフォルメされた坂東英二の右上にコメのような点々とした白いものが敷き詰められていて、ああこれちねりか!と妙に興奮している。小学生の時に2ヶ月だけハマったDSカセット、よいこの無人島生活で出てきたちねり。淡々とちねる作業が好きで延々とやっていたことを初めて思い出す。ベッドから起きあがってすぐぶつくさ言いながら筋トレして、その流れでお風呂に入った。昨日作った赤から鍋を再度温めなおして15時頃に食べる。洗濯を回していたことに17時頃に思い出し、急いで洗濯物を干した。比較的あったかくて気持ちいい。外の空気を限界まで吸い込んで糸のように吐く、を数回繰り返し窓を閉める。3日前に買ったリップクリームがもうどこにもない事に気がつく。今日、洗濯機にいれるズボンのポケットから救出した後の足取りがとことん掴めない。何か物を無くした時、あったかもしれない自分を何通りも想像し辿ることで自分の過去の分岐がどんどん増えていくような感覚に陥りワクワクする。物を無くせば無くすほど並行世界が増殖していく。神隠しも、同時に物をなくす人が多ければ多いほど頻発したりして。様々な分岐を行ったり来たりしてみたけど結局リップクリームは見つからず、無闇に広げられた空間だけが残る。

  11. いくら手首に番号を括り付けられて、注意の多い看板やアナウンスに囲まれる「収容所」の理屈でできた空間だったとしても、時間を忘れられるリゾートであることに代わりはない。来たるべき老年期を思った。竜田揚げは相変わらず美味しく、露天の蛸壺では冬の冷気もいっぱいに浴びた。『ナラティヴの被害学』の『ねじまき鳥』論文を3時間くらいかけてノートにまとめる。馬の年でも牛歩。自己の内側に流れる(戦中/戦後日本の)加害性への省察がテーマになっていたので、湯に浸かりながら曽祖父から父にまで至る系譜を思い返す。残った深夜まで読み進めた『個人的な体験』の7,8節に連動するように性的な雰囲気が充満ししている岩盤浴スペースだったが、今日は惑わされなかった。このような文脈に半日蒸されていると、研修で宿題になっていた自分の「動機の源」は知への愛なんじゃないかと思いつく。『ELDEN RING』のツリーガードや『真・三國無双3』の呂布のような最初の手強すぎる中ボスとも言えるポジションに「自己を知る」が立ち塞がっていて、彼との対決にここ数年はずっと取り掛かっている。何となくでは勝てないが、そこさえ突破できれば広大な物語が展開する…。
    昨日は2日目の風の日で、日中は砂嵐のなかどんど焼きを今年も人々と囲み、帰りは冬の冷たい夜空を見上げて一番星を指す3人の子を連れた親子と小高い線路沿いですれ違った。外気に触れ続けた反動で今日は引きこもることを選べんだかと思う。志賀理江子の展示最終日も私立恵比寿中学のライブにも行かなかった。

  12. 成人の日。青空。貰ったのに硬くて履いていないブーツを選ぶ。祝日だけどこの時間の喫茶店は空いている。ゆったりしていて、BLTサンドの焼き具合も良い。。マスターは今日はおそらくご夫婦のふたりだけで店を開けていて、まだ落ち着いた店のカウンターでいつもよりゆとりを持って働いている。妹は20歳を迎え、夜には同窓会の幹事も控えている。前の夜にその進捗や心境について話していたら、ちょうど同じ幹事の元生徒会長の子から電話が来て一緒になって聞く時間があった。朝に「山カフェ」で福島の安達太良山や富山の白馬岳など干支に因んだ山の紹介を聴いて出勤していると、日吉の尾根からちょうど今朝も富士山と丹沢の峰がくっきり見える。それが風の強い1日目。

  13. ドラッグストアで買い物
    フィールドレコーディング失敗
    父と母が母方の祖母の見舞いに行く
    楽曲をリリース

  14. 雪の中ゴミ出し
    楽曲をリリース
    スーパーで買い物、コーヒー、ほうれん草など
    購入した蟹の親子さんの日記が届く
    YouTubeでの成功を諦める

  15. ただの待合室と何が違うのか。「客席での長時間の通話はご遠慮ください」という掲示が見える。ここはマスターと店員が演じる舞台を観る客席ということなのだろうか。カウンターとキッチンの間には正方形のガラスの小窓が施されている。その上には木彫りの「備長炭 炭焼珈琲」の一枚板が掛けられていて、そこに向けて赤い金属製の小さな照明がスポットライトをあてている。黄色い壁紙に真っ白な照明を当てられた食器棚の低く細長い空間にマグカップやグラスたちがしゃんと並んでいて、それらを背景に「ピザセットのココアお願いします」や「紅茶お願いします」といった台詞が入ると、マスターがその指示に合わせて淡々と動きはじめる。反った胸板の肌感が薄いシャツ越しに透けるさまは『ドッグマン・ノーライフ』の大谷能生さんを思い出させる。あるいは、銀のポットから挽いたコーヒー豆へと湯を注ぐふるまいはどこか別の古い喫茶店の老店主のイメージを喚起する。例えばそれは中山駅前の老舗に1度だけ入った日に観たイメージだ。常連の老人たちが輪になって席を占めていて、その決して広くない空間でカウンターに座ってV.ウルフか『生きている山』か何かをじっくり読んでいたそこから、手を震わせながら珈琲をセッティングする、何十年も続けてきたのであろう老店主のその動きを見ていた。寛ぎのサーヴは舞台的な空間への配慮とセットで受ける印象に包まれるかたちでなされる。福祉ではない。もちろん暴力(今日はニ度目の当たりにした)からは遠い場所だ。人が人を直接気づかうのとは別の仕方で、人を回復させるヒントがこういう喫茶店にはある。

  16. 23時まで同僚たちと何もしないでいられる隠れ家とこどもたちをアクティベートする動きのふたつの塩梅のついて盛り上がったあと、最寄りまで帰ってきたら急に落ち込んだ。現金が底を尽きて、ICのチャージもできずに切符を買うためになったか
    らだろうか。こんな遅い時間でもタカナシ乳業の広い敷地では仕事をしているフォークリフトやトラックがまだいて、門番も誘導員も働いていた。周りの家はもう寝静まっている。妹に慰められて風呂に入り、日誌の残りを書いて26時過ぎに寝た。
    明けて、午前の1時間だけ学校遠足を受け入れる。シュロと剪定された生木とスズラン/PPテープを使って部族的にあそんだ。暖かい陽の下、自然物を大量に持ち込むことからはじまるあそびの豊かさを感じる。初めて行政撤去とでも言うべき場面にも立ち会った。相手を不法占拠者に仕立て上げるナラティヴを浴びる。陽気なケバブ屋のテラス席で14時まで初夏の祭りの打ち合わせをして、ようやく余暇に入る。テラス席の目の前では核兵器廃絶を訴える市民団体が低く滔々とした声で演説をしていた。学校帰りの小学生と高校生の列とすれ違うも、自分のなかでこの通りの正月の姿をまだ置いているので市井の生活時間に振り回されずに済む。昨夜の集まりも打ち合わせだった。ドイツの実情に照らせば、日本で放課後の公園にあたりまえのようにこどもが自分たちだけで集まっている現状は(どれだけ廃れてるとはいえ)稀有なことなのではないかという話をしたんだった。この日向になるベンチから見える保養公園に今まさにこどもが集まってきている。帰りは半紙と墨汁を買って帰りたい。

  17. 楽曲をリリース
    すき家でチーズ牛丼
    コンビニで牛乳と雑誌を買う
    SNSを復活する
    郵便局へ行きお金を移動する

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