日記掲示板の投稿数が999件に達し、新規投稿ができなくなっていることに気づいたので新たに作りました(もしその間投稿できなかった人がいたらすみませんでした)。
ルールは同じで以下の通りです。
(1)以下のコメント欄に名前と内容だけを書く(アドレスは不要)
(2)名前は本名やどこかで使っているアカウント名ではなく、このサイトだけの通称を使用すること
(3)日記以外のものは雑談掲示板に投稿すること
ちょうど僕も1年続けた日記が終わって、新たに日記の続きを書き始めたところなので、みなさんもそれに並走するかたちで気軽に書き込んでいただければと思います。
2022/04/08 福尾
連休中日、青葉台。『金閣寺』と『ウルフ短編集』をお守りのように持って、自己に親密な小宇宙=象徴世界のなかに戻ろうともがいている。岸壁から離れて海に泳ぎに出たときの不安。そこで大きな波にあって、慌てて掴める岸に戻るかのよう。礼の人間界にうんざりして帰る遅い時間、線路沿いのいつもの道では、静かに夜露に濡れている生け垣が妙に親しく感じられた。大学生のグループが仲間を介抱しながら路上で談笑している。タカナシの工場から出てきた2人組の若者はいつもの踏切のおじさんとおつかれしたーと挨拶を交わしていて、その向かいでは原付を停めた作業員たちが仕事の準備をしていた。現場から生活にいたるまでつづくこの小宇宙も自分にしか通じない言葉で体系づけられている。
向かう現場もいろんな意味で自分に親しくなった今年度。その安住を批判されて、ひとり文で掘り下げているだけでは「お前がこどもの限界になる」らしい。言葉を紡いで、場に投げる。素直に受け取れば、それが次年度の僕の目標になる。
彼岸を迎え、春分の日。雨模様。虫歯がいよいよ酷い。何連勤しているのかもう数えられない。研修に防衛的に臨もうとしている。①実は自分のことで精一杯な状態で、そのまま勉強会に参加すると身勝手な我田引水のふるまいをしてしまうということを自覚した上で、②今年度至った各現場を信頼し尊重するステージからもう一歩進んで、後輩たちの育成に向き合うために何ができるかを考えていきたい…というような答弁を用意しておこう。焼け石に水だろうか。ジェダイ的な意味で文化は途絶え眠りについたのだという認識は明かすかわからない。
雨模様の朝。慣れないスーツを着て、卒業式の参列に向かっている。椿も木蓮もぼたぼたとそこら中で散っている。最近こどもたちは竹の笹やハランを手に取って軍配にしたり薬草にしたりして遊んでいる。棕櫚にユキヤナギとイヌワラビを括って杖にする子もいた。草花であそぶとき、彼らは独特の表情を顔に浮かべる気がする。雨の日くらいは現身の乱れから浮いていたい。
口のなかでぱちぱち弾ける飴玉みたいに、頭にぽつぽつとあたっては弾ける見えないくらいの小雨。頭部の丸さが不思議に際立って感じられる。こんな時間なのに老婦人が玄関先に出てきて、外に出していた観葉植物を軒下に仕舞い込んでいる。昨夜はこの同じ道、小田原からの弾丸帰りに歩いていたとき「右方向、目的地です」というナビのような音が聴こえて、こんな時間に珍しいと思ったすぐ後に僕を追い抜いた大柄な雨具の男が「おつかれさまです」と低い声で言って、交差点前の駐車場に座っている一団に合流するのが見えたのだった。日常の行き帰りのなかで通り過ぎるときに見える少しズレた時間。誰かほかの人の時間。今日の日吉までの帰りの坂では消防署の前、沿道と地続きになっている敷地内でシャトルランをひとり走っている若い消防士の姿を対岸に見た。その前は駅のエスカレーターのところで自転車に乗った子と電車で帰るらしい子のふたりの女学生が別れるポイントでいつまでも立ち話をしているのを見た。大口駅前では座り込んで話す若者たちと松の老木を見た。一方、自分の親密圏における時間というのもあり、今夜妹が話すのは、疲れている日は風呂の栓が少しズレるという話だった。
「でんしゃくるかも…きたあ!」「なにいろだ」「ネイビー♪」。陽だまりのホーム。19分まで列車が来ない。髭を剃って家を出てきた。ピンクのルージュに照った唇にルイボスティーが流し込まれ、彼女はそのまま眠りのなかに落ちていく。生のプロセスのひと撫でがある身体のなかを通り過ぎる。それは昨日の列車。
この感じが「こわばり」と呼ばれているものなのだろうか。この時間まで妹と『ライオンの隠れ家』の2-3話を観る。途中で、家の前で夕方にいつもデイサービスの送迎車から降りてくる中年の娘を朗らかに迎える老父の話を聞かせてもらう。その前はゼミ。どこまでが自分の仕事なのかを確立していくための議論を聴きながら、自分は(もっと手前のレベルで?)コンディションへの配慮がそのまま動きに直結している…と内省する。昼のみぞれ明けの現場では、雲梯を仰いで拭く動作を即興で「音頭」に見立てて楽隊をはじめたスタッフに驚天する。現場後に綱島の中古屋で『豊饒の海』四部作ほかを安くで手に入れて喜んでいたら、高架下で咄嗟にまわった裏手で同僚の学生の子に見つかる。塾のバイト帰りらしく、シュッとした服装をしていた。眠気が取れずに出勤時から昼下がりくらいまでは屋内に嫉妬したけれど、部活のあとのような仕事終わりには一日外にいれて今日もよかったと思った。とはいえ、疲労の蓄積がピークに向かっているので、体は正直に怒っているようだ。
ようやく休日。スパのシャトルバスを待つまでの30分。路上に出たケバブ屋のテラスから眺めていると鶴ヶ峰の駅前は戸塚駅が失った旭商通りの記憶を保存しているんだなと気づく。舞台の中心で貴金属買い取り業者のおっちゃんがティッシュを配る、その周りを往来していく人びと。おっちゃんの物腰は低い。車が時折通るので、ここは自然発生の歩行者天国だ。停まったタクシーの中からは激怒する中国人観光客の罵声が聞こえ、隣で小休憩しているバイクのお姉さんもちらちらと中を覗く。花屋の店先に立ち寄る3人組の老母娘。この町には杖をついた人が多い。待ち人に電話でどこにいるか聞く人は大体角にあるバスターミナルの案内板の前に立つ。小さな赤子をダウンのなかに抱えて揺りかごになっていた男は、しばらくして買い物を終えたらしいパートナーの女性と合流したら微笑んで、ふたりで通りに出ていった。宝くじ売場ではトラックの運転手らしき別のおっちゃんが売り子のおばちゃんに仕事の愚痴を喋っているのが聞こえる。ここには労働者たちがいる。一方、横浜駅ですれ違った、埼玉の転勤を希望しているという会話やシャネルの広告を貼り出していた若い女性、KALDIの前でずっと笑顔のまま呼び込みをしている人形みたいな店員…たちは「雇用者」という感じがして、なぜか心が揺さぶられる。共同体の制作に参加する仕事なのか、食べていくための生業なのかという区別がここに重なるのだろうか。
新しい日曜日。いつも前を通る庭に咲いている白木蓮を調べるために、辛夷(コブシ)との違いを調べる。『uku』はこの3日くらい聴いていなくて、起きても気づいたら勉強会のことを考えてしまっているので眠った気にならない。いつも前を通るガールズバーのキャッチが「道に若いやつしか歩いてなくね」「仕方ないよ、土曜の夜だもん」と喋っているのを聴きながら帰る。帰省している妹にベイスターズのペアチケットをもらったことを言いそびれてLINEする。誕生日にベルクソン講義のアーカイブが3度目の期限を迎えていたことを知る。電車に疎らに座っているひとりひとりの人が気になって、文庫を読むおばあちゃん、右手に提げた紙袋を左手で手首をつかみながら支えてぼうっとしている女性…と順番にドアの前から眺める。夜寝る前、ふと高校のときに川沿いで祖母と住む友人の古い家屋によく上がり込んでいたことを思い出した。
『金閣寺』でもふたりの友人が自分にとってどういう存在であるかを確認する章に差し掛かるなか、ベイサイドを目指して大通り沿いを同僚たちと歩く時間に、すっきりとした気持ちで帰る。仕様がないやつだといじられて、ムクリと起き上がった嗜虐性も逆撫でる返しも後日「みんな」の場で茶化してもらえれば赦されて希釈される。ヘッドフォンの充電がないことに気づいた朝は不吉な気持ちで家を出たけれど、蓋をあけてみれば、ひとりに引き篭もるガジェットを置いてくる覚悟こそが吉だったということなのだった。言葉による切断から、情動による対話へ。少なくとも今目指す行方はその方だ。
花粉の日々。日付の上では誕生日。妹から龍の湯呑をプレゼントしてもらう。朝、出勤中の階段の上から見えた富士と丹沢には昨日の雨雲が降らせたらしい雪に覆われて、ひび割れた稜線を青空を背景にくっきりと浮かび上がらせていた。日中は火と独楽と啄木鳥(きつつき)に意識を澄ませて瞑想的に過ごし、梅でジャムを作ってみんなで食べる。歌を歌ったら、「カントリー」、綱引き、跡追い…と体を動かして走り回った。夜になると勉強会に臨む態度について諭される。気づきを待たれる。自己も変化する他者との対話のモードを求められる。まるで批評家たちの言う世界で驚いた。いや、ここには責任が発生している。今小田原に通うなかで作ろうとしている集会はもっと異業種間で別の「対話」の場を目指そうとしている。似ているのに何が違うのか。それと自分のなかにある逆撫の性質とでも言うべきものに向き合うことはまた別の話なのだろうけど、ともかく残り続けるものが機嫌よく日々のプロセスのなかに身を置き続けることが大事なんだというのが先輩たちから受け取ったモデルなのだ。頑固だとしても。
ひとの生を聴く2日間。冬の雨のタープの下でタイにいた幼少期に通った学校の話を聞いたその夕方、別の神戸出身のスタッフの方(12月で古希を迎えられた)といなげやに行くまでの道中に30年前に江戸川区から横浜に越してきた経緯と1年半ほどアトランタにいた時の話を聞いた。そのふたつの話は学校を変えるという点で相似形だった。昨夜の小田原での集会でも生の話を聴く。役所の方は別の市で守衛として働いていた老人が倒れた連絡が病院経由で入り、そのこどもたちを探すところから、住居の特定、口座等の確認までの一連の初動に一日かけて伴走した話をしてくれた。別の役所の女性メンバーがストレス性の腹痛と首の痛みを訴えると、漢方薬剤師の方が「明日からすごく冷え込むので…」や「お風呂には毎日入ってますか」などと具体的な問診をはじめる、という場面も見た。その女性メンバーは少し前に入籍したばかりで、今は式の細かい準備のなか今朝もパートナーと意見がぶつかって出てきたことを話してくれた。その店のオーナーも、野菜をどうやって豊富に仕入れるか、外国人を雇うときのビザの難しさ、といったテーマをいつも通り長尺で語っていた。ひとの辿ってきた歴史、「きょうのできごと」、職種に基づく専門的な語りと視点、そしてそれらから見えてくる価値観や政治的立場…。そういう話をなるべく異種混淆的に聞ける場に身を向けたいと思っているのは、東さんの選挙特番での叱咤を受けてのことかもしれない。
3月に入る。月報を書いて、洗濯物を干して、小田原に向かう月曜に繰り出す。春めいた日曜の翌日というのに寒天のように冷え込み、オリエント周辺地域が戦時になだれ込むニュースも絶え間ない。昨日は雪の日に続いて2日間一緒になった宙返りの少女に別れを告げ、今週4日間一緒になった微笑の学生と別れを惜しむ日だった。今朝になってまたいつも通り歩き慣れた路地を歩いて、花屋の名札を眺めるのも、賑わう八百屋の蜜柑を点検するのも、谷間の自転車置き場を見守る大きな針葉樹の森を臨むのも、今の新しい小宇宙として落ち着いた。散歩する人生。踏切を待っていると声の色っぽい青年が原付から話かけてきて、駅までの道を聞いてきた。こんな生活時間の下層に戦時が眠っていると言うのか。
ようやくの週末だが金曜日だからといって仕事は勝手に終わってくれるわけではない。疲れに任せてそのままオフィスでだらだたと仕事を続けていたら、鞄からポーチを出した拍子にジッパーが上手く閉まっていなかったのかモバイルバッテリーが飛び出してそのままデスクサイドで飲んでいたコーンポタージュに綺麗にダイブした。一瞬笑って、その後余計疲れたので帰宅した。