インタビューを受けるために大手町まで行った。祝日であることを知らなかったわけではなく、でもそれは他の何とも結びつかずただ頭の中にあって、東京駅で降りて、ひと駅くらいは歩こうと、とりあえず以前曽根さんとろばとさんと煙草を吸った喫煙所がある商業ビルに入って煙草を吸う。大きな会社の大きなビルがどれも閉まっていて、まあ祝日だからなと思う。その出版社のビルも閉まっていて、メールを確認するとインタビューは明日だった。
1月11日
妻がようやく『置き配的』を読み始めて、僕よりずっと読むのが速くてもう第6回まで読んでいる。こんな面白いこと考えてるのになんで話してくれなかったのと言われるが、話せたら書かないよなとも思う。こないだのシットとシッポでも話したが、『ADHD2.0』も読んでくれるよう頼んだらそちらはもう読み終わっていて(ほんとに速い)、いつか僕にこれやってみてと新聞か何かに載っていた数独の問題を渡したら、二晩寝ずにやって結局解けなかったことを思い出したと言われた。すっかり忘れていたが、あれはなんだったんだろう。数独は二度とやらない。
1月10日
ポッドキャストの番組にゲストで呼んでもらって六本木に収録に向かう。収録が終わって会議室にもうひとりのゲストの芸人さんとふたりきりになり、どうしてかお互い先に帰るのが悪いような気がして、水と板チョコだけでひとしきりおしゃべりした。ミッドタウンの2階には大きな喫煙所がある。ひとりずつ分かれたソファまである。土曜日なのに六本木は人が少ない。オムプリッセのボルドー色のパンツを試着だけして帰った。その3万円が安く感じるくらいどこも服が高い。
1月7日
夕方、テレビをつけるとニュースをやっていて、どこかの元県知事が複数の職員に送った膨大な量のセクハラLINEの文章がアナウンサーの背丈ほどもあるボードに並んでいて、「こんなん明朝体で印刷されたらたまったもんじゃないな」と妻に言った。
アメリカからトランプ以外の人間がいなくなったかのような状況だが、今回のベネズエラへの軍事介入で気になるのは(他の人が気にしていることは気にしないことにして)、彼が、「ベネズエラを”run”する」と言ったことと、これだけ「バックヤード」というカタカナ語が一般化しているのに、報道では主に中南米はアメリカの「裏庭」であるという訳が使われているように見えることだ。福島第一原発事故のときには、福島は東京の「バックヤード」として蔑ろにされてきたという言い方がよくなされていたはずだ。この微妙なスイッチにおいて否認されているものはなんだろう。
12月19日
フィロショピーの講義のためにオースティン『言語と行為』を読み返していて、オースティンがどんどんかわいそうに思えてくる。彼自身はパフォーマティブとコンスタティブを区別することはできないと言っているのにその区別に執着した頭でっかちだと思われがちだし、日常言語に沈潜してあらゆる用例を分類するというスタンスは日常言語の放埒さに裏切られて、結局は言語の発展史観を外から当てがって「寄生的用法」を排除せざるをえなくなり、事務書類や行政文書、初歩的な文法書のなかにしか存在しないような四角張った言葉しか扱えなくなっていく。これほど盛大に失敗が記録されている哲学書もなかなかない。だからこそパフォーマティブという言葉には含蓄、というより隙が生まれて、デリダやらバトラーやらがいろいろつつけるようになるのだが。それも含めていい本だし、概念には概念の歴史と鬱屈と死角があるという話で、でもそれがほとんど省みられないということも事実で、やはりかわいそうだなと思う。
12月14日
ここのところ3回続けてシットとシッポの収録が公開前日の日曜日になっている。事務所の前の道で、僕の前を父親から借りたらしい黒のボンバージャケットを羽織った5歳くらいの女の子が歩いている。裾が膝の下まで届いてワンピースみたいで、隣の父親はグレーのスウェットシャツを着てポケットに手を入れている。ダッドシューズよりずっといいなと思う。ボーイフレンドデニムという言葉もあった気がする。他者との関係を着ること。そういうものかもしれない。
12月13日
荘子くんに誘われて品品団地のイベントを聴きに行く。10時間ぶっ通しのトークイベントらしい。上野まで上野東京ラインで、上野から常磐線でだいぶ早めに北千住に着いて、西口の歩道橋の喫煙所で一服する。どこかで作業をしようと商店街を抜けて喫茶店に入る。おばちゃんがおばちゃんのためにやっているタイプの店で、カウンターに通される。コーヒーにお通しみたいに小さなゼリーと羊羹がついてくる。花が飾られて、棚にカップがたくさん並んでいる。隣にやってきたおばちゃんがこのゼリーはゆず味かと聞いて、グレープフルーツだと言われていた。日記を書いているとそのおばちゃんの声で「麻原彰晃」という名が発せられて手を止める。スマホを店主に見せながら、麻原がいた拘置所まで歩いて行ったのだと写真を見せている。アルバムをスワイプしてこんどは、尾崎豊が死んだ場所の近くにある私設の記念館のようなところに行った話をして、歩かないとダメだからねえ、こういうの「ツーリズム」って言うのよと言った。「ダーク」が抜けているのかなんなのかわからないがびっくりした。
10時間のうち7時間ほどが過ぎたところで会場に入ると200人くらいぎっしりお客さんが入っていて、荘子くんはもともとゲストとして呼ばれていたので壇上で喋っていた。番組ではいつもオフの状態で喋っているので、彼が客前で喋るのを聴くのは新鮮な感じがした。Titanさんに呼ばれて僕も最後の2時間ほど登壇させてもらって、魚豊さんと佐伯ポインティさんと話した。ずっとどこかで「ツーリズム」の話をしてやろうと思っていたが、そういうタイミングはなかった。つるっとした状況論よりこういう変な手触りのある現実から始めたくなってしまう。例外もあるということでなく、現実に転がっているのはだいたいそういうものと思う。
12月12日
20世紀の本が読みたくなって、レヴィ゠ストロースの『野生の思考』を本棚から引っ張り出す。訳者あとがきに野生の思考(la pensée sauvage)というタイトルは野生のパンジー(la pensée sauvage)のダブルミーニングになっていると書いてあってびっくりした。なんでこれまで気づかなかったんだろう。堂々とパンジーの絵が表紙で、その脇にPenséeと書いてあるのに。このタイトルに組み込まれた自然と文化、野蛮と文明のキアスムだけで、ある意味この本の主張と方法が一挙にわかると言ってもいいくらいで、スマートだなと思う。『アーギュメンツ#3』に載った山内朋樹さんの「なぜ、なにもないのではなく、パンジーがあるのか」という論考は、復興期の福島県浪江町の駅前に並ぶパンジーが植えられたプランターを見て、なぜここにこうして花を植えるのかという問いに撃たれて書かれたものだった。動機としては僕の「左手のない猿」に似ているかもしれない。野生ではない荒野のパンジー=思考。
12月11日
寝るときに飲んでいるデエビゴという薬が切れたが、病院に行くのが面倒なのでここのところ薬を飲まずに寝ている。眠りにつくまで1時間以上かかり、そうだこんなふうだったと思う。次から次へといろいろ思いつき、道を誤るとかえって目が冴えてしまう。なので、頭の中を沸き立つ思いつきを圧縮して、その沸き立ちのイメージを蒸気にして夢に溶け出させるような操作が必要になる。
日記を書いていないあいだもいろいろなことがあった。
丸亀製麺で、前に座ったおじいさんが着ているジャンパーの腰のところに丸い模様があり、それが、空調服のファンを取り外したところだと気づいた。C.P.カンパニーのフードに着いたゴーグルみたいに無為でかっこいい。夏に室内で、電源を切ったファンの重みでナイロンのドレープができているのもかっこいい。
妻とやよい軒に行って、彼女はチゲ鍋を食べていて、外に出ると口についてない?と聞かれたので、唇にチゲ鍋が乗ってるよ、RMKの新色か?と言った。
講談社で対談の動画を撮影して、最後のほうにAIの話になって、それなりにいろいろ話せたのだが、帰り道、執念の話もすればよかったなと思った。AIも置き配を切り口に現代を総体として語るというくらいのひらめきは得られるかもしれないが、それを数年間頭のなかで転がしながら、そこにいろんなものが巻きついてくるのを待っていることはできないだろう。
12月2日
『置き配的』が出て10日ほど、告知、エゴサ、告知、エゴサの日々でだいぶフォームを崩してしまっていたが、走ったりゆっくり本を読んだり、昨日は「日記哲学草稿」の初回も書いたし、持ちなおしてきた。こないだのシットとシッポの収録で今週何してた?と聞かれ、ずっとエゴサしてたねと言って、その瞬間から楽になった。こういうことが言えるんだと思った。「自立とは依存先を増やすこと」という言葉もあるが、自己開示の形式をいくつか持っておくのも大事だと思う。この日記に書きやすいこともあれば、ポッドキャストで話しやすいこともあり、友達との長電話でしか出てこないこともある。どれもどこか演技めいてはいるが、どれも嘘ではない。