フィロシィピーのドゥルーズ入門で、最後まで『シネマ』と迷っていたのだが、今回は『感覚の論理学』を扱うことにした。『シネマ』は『眼がスクリーンになるとき』でも『非美学』でもさんざん扱ったし、講座全体のテーマである「抽象的なものの具体性」を考えるうえでも『感覚の論理学』はうってつけかなと思い。とはいえやはり読み返してみても、ドゥルーズの本にしては珍しいくらい議論があっちこっちしている印象があり、これまでのようにチャプター単位で切り出してもまとまりが作りづらく、離れたところから拾って繋げないといけなかったのでレジュメを作るのは大変だった。講義のはじめに、もう絶版になっている初版の原書をカメラ越しに見せた。図版だけの冊子とドゥルーズの文章が収録された冊子が分かれていて、ひとつの函に入れるかたちになっている。この本が最初こういうかたちで出たことはけっこう大事なことだと思うと話す。絵を見ながら読むことはできないし、読みながら絵を見ることはできない。展示に行くと答え合わせをするように作品とキャプションを引き比べてしまうこともあるが、作品と言葉、両者を引き剥がしたうえであらためて批評の価値を考えるという態度がそのままかたちになっているような本だ。