9月16日

フィロショピーのエッセイ講座初回。グループワークのためのzoomのブレイクアウトルームの設定方法やレジュメの作成や提出物の確認と共有などなど、心配が多方向に散乱して落ち着かなかったが、8時の開始までに作業がだんだん収束して、なんとかなった。日記ワークショップはこれまでいくつかの場所でやってきたが、どこでやっても、もっとずっとやっていたいという雰囲気になる。誰もが書いているが、自分のものを読んでもらえているという実感、文に透かし見える体を捉えてもらっているという実感を得られることは、物書きですらなかなかできない経験だと思う。

「ハイタワーは動かない。机の向こうに背筋を伸ばして坐り、両腕を平行にして、椅子の肘掛けに乗せている。シャツにはカラーをつけず、上着を着ていない。顔は痩せこけていると同時に肉がたるんでいる。まるでふたつの顔があって、それが重なり合っているかのようだ。ふたつの顔は、灰色の髪に縁取られた青白い禿げあがった頭の下から、眼鏡のじっと動かないふたつのきらめくレンズごしにこちらを窺い見ているようだ。机の上に見えている上体はぼってりとお化けじみて丸っこく、毎日坐っていることの多い人間らしくやわらかく肥満している。ハイタワーは身体をこわばらせて坐っている。顔には最前からのこの対話を拒否して逃げ出したいという表情が今や決定的に浮き出ている。「バイロン」と彼は言う。「バイロン、きみがわたしに話しているこの話はなんなんだ」」
フォークナー『八月の光』黒原敏行訳、光文社古典新訳文庫、130頁

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カテゴリー: 日記