どうも、あけましておめでとうございます。日記の更新をやめてから半年ほどが経ちました。そのあいだに『非美学』、『眼がスク』文庫版、『ひとごと』が出て、「言葉と物」の連載が完結し、10年代から考えてきたことにひと区切りついた感じがします。ツイッターはまだ思考の種を撒く場所としても使うつもりだけど、種から苗にするための場としてこのサイトを使っていこうかなと思います。これからここで書くものは基本サブスクにして、月4本くらいをめどにエッセイ的な文章を書いていくつもりなので、ぜひ講読よろしくお願いします。
さて、年始早々おどろおどろしいタイトルだが、最初の記事ということでトーンを測りながらなるべく気軽に書いていこう。
文化って言説を無力化するよなあというのは、ここ数ヶ月のあいだ、毎日数秒ずつくらい頭をよぎっていたことで、しかしそれが深まるわけでも展開されるわけでもなく、ただ「言説の無力化装置としての文化」という言葉が、ポップアップしてきてはスワイプする、つねにいくつか僕の頭の中にあるそういう言葉のうちのひとつになっている。
言説が無力化されるということは、文字通り、「言葉から本来持つべき力が抜け落ちる」ということで、それはたとえば、ものすごく「正しい」意見を見かけたときに感じるある種の乖離感として現れる。
こういうことを考えるきっかけになったのが、Kindleで読みやすい本を探していたときに見つけた『柄谷行人浅田彰全対話』(講談社文芸文庫)で、この本でふたりは、戦後日本について、天皇制について、冷戦崩壊について、アメリカの中東政策について、いまでもほとんどそのまま通じそうなくらい正しい話をしている。とはいえ読んで数ヶ月経ったいまでは具体的な内容はぜんぜん憶えておらず、この本が僕に残したのは「めちゃめちゃ真っ当なことを言っていると思うけど、この正しさってなんにもならなかったよな」という感慨だけだった。ちょっとちぐはぐなたとえだが、ものすごいスピードで互いにさまざまなテクニックを駆使しながらラリーをしている卓球の映像で、しかし延々どちらも球をこぼさないので一向に点が入らず、気づかないうちにどこかでこの映像はループしているんじゃないかといぶかしんでしまうような閉鎖性がそこにはあるように思われた。テクニックはすごい、観ていて飽きない、でもゲームは進まない。
ここで考えたいのは彼らの発言の内容に実際どれくらい正当性や実効性あるか(あったか)ということではなく、あくまでそれが与える印象としてのある種の乖離感についてだ。それは言ってしまえば僕が勝手に感じたものであり、したがって原因は文章の側にではなくむしろいま僕の心のどこかに巣喰っている虚脱感にあり、それにどうにかこうにか形を与えてみたい、そしてそこにたんなる僕の個人的な境遇や性向を超えたものがあるならそれを取り出してみたい、というのが、この文章のモチベーションだ。
文化は言説を無力化する、というのは、一方で極大まで敷衍すればフィクション全般に言えることでもある。舞台上で演じられる殺人は実際の殺人を無力化したものだからだ。でもそれはここで掘っても詮ないことだ。
他方でその感覚は、僕がふだん自分の仕事の方針を決めるときの具体的で実践的な勘のようなものにも関わっている。こっちに進んでみよう。
僕は自分のための警句みたいなものとして、「友達の友達圏」に気を付けろとよく頭のなかで唱える。友達は友達でいい。それは人生のギフトだ。しかし友達とばかり仕事をしていてもしょうがない。そして新しい仕事というのは、とくにまだ若くて仕事の規模が大きくない場合、まったく知らないひとからではなくたいてい友達の友達圏からやってくる。そのたびごとにあなたは、あなたの仕事がひとつの文化のなかに落ち着いて無力化するか、そこからはみ出して独特のオーラを獲得するかの分岐点に立っている。友達の友達圏に気を付けろ。それは相互承認の居心地のよさと引き換えにあなたをスポイルする。
この話で思い出すのは、『眼がスクリーンになるとき』という最初の本を出したのと同時に、ある雑誌の濱口竜介特集に寄稿依頼があって、それを断ったことだ。2018年で、僕は26歳だった。まだ商業誌にまとまった文章を書いたことはなく、普通に考えれば一も二もなく引き受けるべきだ。でも僕は、当時めちゃめちゃ調子に乗っていたのもあるが、原稿料を倍にしてくれれば書くと言って実質一方的に断った(実際締め切りも原稿料もめちゃめちゃな条件だったのだ。倍にしてくれと言ったらどなたも一律なのでそれはできないと返され、それはそちらの事情で一律だから安くても我慢しろというのはおかしな話だと言った。企画の面白さとか熱意があればいくら安くても書くつもりだが、実際熱意があるひとは他の条件もちゃんと考えてくれる)。
要は舐めんなよと思っていたということで、「濱口竜介」、「蓮實重彦」、「黒沢清」といった名前からなるネットワークとしての友達の友達圏になどぶら下がるつもりはなかった(実際ちょうどその時期、僕の指導教員だった平倉さんが濱口さんを大学に呼んで連続ワークショップをしていて、僕はそのアシスタントをやっていて、文字通り友達の友達的な距離だった。僕などにも丁寧に接してくれる素晴らしい方だったが、僕とは見ている世界がぜんぜん違うなと思った。作品もいくつか見ているがその印象は変わらない)。しかしそれは同時に、どこまでも打算的な判断でもあって、ドゥルーズ『シネマ』の解説書を出して濱口竜介の作品を評してというのは、あまりにわかりやすいし、書いていたらもう「そういうひと」になってしまっていただろう。いっさい映画作品の名前を出さずに『シネマ』を解説するという『眼がスク』のある種の反権威主義的なスタンスは何だったのかということにもなるし。
友達の友達圏としての文化によって無力化されるのは、つまるところ、「自分がひとりの人間であることのヤバさ」みたいなものなのだと思う。映画批評にしろ哲学研究にしろ文フリを中心とした若手批評界隈(このあいだ初めて文フリに行ったのだが、驚いたのは批評島の閉鎖性以上に、当の閉鎖性について誰もが自戒を込めて語っていたことだ。そして来年も再来年も同じことを自戒を込めながらやるのだ)にしろ、あるいはお笑いの世界にしろ格闘技の世界にしろ、ひとつの文化に養ってもらうことと引き換えにひとりの人間としての自分の拡張性というか、放埒さみたいなものを手放してしまうひとは多い。文脈と人脈。それはどちらも個々人のいびつさを均すものだ。儲かる儲からないで言えばひょっとするとそっちのほうが儲かるのかもしれないし、そういう世界のほうが安心して見られるのは確かだ(人文知と「ゆる言語学ラジオ」的なものの接近に僕はそういう傾向を見ている)。したがってこれは実益の問題というより最終的には生き方の問題だ。
たとえば漫才の世界には「人(ニン)」という価値観がある。これは僕の理解では、漫才を閉じた世界として仕上げることとはべつに、芸人の人間性が芸に表れていることを指す言葉で、「ニンがよく出ている」と言ったりする。つまりニンを評価するということは、舞台の外の芸人の生き方の表れとして舞台上の芸を評価するということで、それは「キャラ」とも「素」とも少し違うと思う。むしろ様々な場面でのキャラのギャップみたいなもの(たとえばラジオと漫才とロケ番組でのオードリー春日のキャラのギャップ)が漫才という場にフィードバックされて、それを客が面白がるということだろう。
あらゆる文化にはニンを抑圧する側面があり、それが「様式」や「制度」と呼ばれる。それだけ見れば民主的なものにも見えるが、結局たいてい東京という都市や大学という権威に人脈が集中したひとつの「階級」の場である。それが気に入らないという気持ちもないではないが、そういうものは今後AIのほうがよっぽどうまくやるだろうとも思う。人間はほっといてもいろんなことを感じるし、それがめちゃめちゃ偏っていたりする。それぞれの人格はほとんど出鱈目な出来事の集積で形作られている。そしてそのほとんどを憶えてすらいない。そのある種のスカスカさみたいなものを、ひとつの文化に自分を押し込めることで埋めてしまうのではなく、そのままで面白がることは、勇気の要ることだと思う。でもそういう勇気くらいしか、僕が他人に示せるものはないんじゃないかと思っている。そして僕にとっては、それ自体スカスカなデータ形式である文章がそういうことをやるのにちょうどいい。だからここでもバラバラと書いていこうと思う。