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福尾匠の個人サイト
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今日は昨日よりは寝れた。バナナと中華風のキャベツ蒸しを食べる。昨日作った親子煮が放置したままになっていたのでタッパーに入れる。
昨日は結局18時までPCR検査の結果のメッセージは来なかった。堪えかねたぼくは直接、病院に結果を問い合わせる電話を入れた。気の良さそうなおばさんが担当につないでくれて、これまた気の良さそうな担当のおじさんが、間の抜けた調子で「今日検査した人はみんな陰性でしたよ。いまメッセージ送るところでした。お大事に。」という。
それから同居人にラインをしたら、「私はなんとなくそうだと思ってたよ」と返ってきた。いつものことだけど、勝手に追い詰められて、勝手に盛り上がっていたということだ。いつも通り。いつも通りで良かったなと思う。それから久しぶりに同居人と一緒にアニメを観ながら夜ご飯を食べた。ぼくは親子煮をうどんにのせたもの、同居人は親子丼。
朝ごはんを食べ終わってから新潮を読んだ。『マジックミラー』も『オーバーヒート』も良かった。特に『オーバーヒート』は千葉雅也の文とは思えないほど崩した言い回しや、思い切った粗さが残っていてそれが新鮮だった。
それから久しぶりに近所のスーパーまで買い物に行った。うどんと豆腐と納豆とカレイを買った。抗生物質がかなり効いたようでかなり体調はマシになってきたので、今日はカレイの煮付けと白いご飯にしよう。長い昼寝をして、すこし制作をして、いまMark Barrotを聴いている。音楽を作っていると、制作と関係のない音楽はなかなか聴かなくなるので、久しぶりの純粋な楽しみとしての音楽。千葉雅也の小説に出てくるリゾートのイメージと重なる。
部屋が暑く、何もしないまま夕方になった。
コンビニでアイスコーヒーを買った。コーヒーメーカーの下に付いているゴミ箱の中にメロンラテの容器が入っていた。
入り口近くの手すりに忘れ物の傘が掛けてあって、「忘すれものです」と張り紙がしてあった。
仕事終わり。
ふと200件投稿のお知らせをみて、福尾さんの日記を開く。たくさん投稿があった。『それは私のしたことなのか』という本の最後のほうに出てきた、「人生とは、なにを自分のしてきたこととするかの履歴だ」(だったと思う)という古田徹也先生の一節を思い出した。なにを自分の1日とするか。と思い返すと、具体的なことより、心に溜まったなにかしらの質量を覚えている。その後昨日作ったカレーと、にんじんレタスのたまごスープを食べて、寝た。
起きたら2時で、ラインの通知。また話がこじれて、朝まで電話した。そのひとは、最近あった出来事がぽんぽん具体的なエピソードになって出てきて、質感で生きている自分とは真逆のように感じた。朝6時ごろ、なにかしようとして、ドキュメントを開きながら、千鳥の対決旅を眺めて、寝た。睡眠薬を半錠飲んで、起きると、仕事に間に合わない時間になっている。まだ胸がざわついている。わたしの皮膚の内側でもなく、外側でもない、その表面で泡立つ血のめぐりが、二日酔いのように身体を痛ませ、余韻を残す。やはり何か書いてみたいとおもった。
また遅刻をした。
明け方近く、痛みの3種盛り状態で目が覚めた。目が覚めること自体は歳のせいなので、正確には目が覚めたらすごく痛かった、というのが正しい。ま、それはともかく。
ゴミ出しに行き新聞を取り込んで、ゴミ箱を整える。今日は燃やすゴミの日。燃える、ではなく「燃やす」。
居住地の自治体は世間がそろそろリサイクルに傾き始めた頃にあっても、完成したばかりの焼却炉が高温燃焼で大気汚染物質を出さずに何でも燃やせる、とか豪語していた(高額の費用をかけて時代ずれしたものを作ったことを認めたくなかったのであろう)。
それもあってか、分別枠が大雑把だ。おかげさまでゴミ出しが楽だ。
聞くところによると某市のゴミ分別は30種を超えるとか。
… と書きながら検索してみたら、物凄いことになっていて数え上げる気力さえなくなってしまった。
筋トレ界隈に「沼」という料理がある。作り方は簡単で炊飯器に米1合を計って入れて、ヘルシーなもの(乾燥椎茸、玉ねぎ、胸肉)を入れて、出汁パックの中身を入れて、麺つゆを入れる。そして5合目のメモリまで水を入れて炊き上げる。僕はこういう作り方でやってる。するとあら不思議、5合分の食の塊ができる。それを白ごはんと置き換えて普通に食事を摂る。カロリーは米1合と胸肉分ほどしかないが量は5合分あるのだ。炊き込みご飯のような味。これを寝る前に準備して2日かけて食べ切る。筋トレ界隈ではこれだけを1日で食べ切ったり、10合分にして食べ切るらしい。僕は全く筋トレしていないから5合分を2日かけて食べ切る。昨日はこれを朝昼晩の白ごはんと置き換えた。朝はこれと味噌汁。昼はこれとインスタントカレーを食べた。夜はこれと餃子を食べた。これをすると何が良いかというと、次の日の朝に完璧な大便がでる。昨日は完璧な糞をするために生きた日だった。
5.13
夜勤の休憩時間に、まあほとんどは休憩時間みたいなものなのだが、同僚とドンキへ行く。モアッとした空気に濡れたアスファルトは信号機や街灯の青や赤や白を反射して、泳ぐように数台のタクシーが走っているが見渡す限り人はいない、ホテルを出るときに会ったゴミ収集の人だけだ。
Bunkamuraの方から見ると看板が暗くなっていてさすがにやっていないように見えるが店内は四時になってもドンキだった。僕は四階の煙草、同僚は地下一階の食品売り場。ぼーっとしていたら五階まで上がってしまって文房具売り場を回って下りのエスカレーターまで歩く。煙草を売っているスペースは長方形のフロアの一つの角に追いやられていて、全体は衣類やブランド物を売っている。エスカレーターを降りると白髪混じりのおじさんがユニクロで買い物をするみたいに服を見ていて、煙草売り場までの道に二回左に曲がる度に一組ずつカップルが服を見てる。ドンキの入り口で昼間の激安ジャングルに迷い込んだのか。
買い物を終え一階に降りると菓子パン二つとドデカミンを買った同僚が待っていた。記憶の中の渋谷はいつでも人が視界にいる。
勤務中、小さなチーズタルトが差し入れで配られる。食欲がなかったから、横に置いたまま業務を続ける。続けるほどの業務はなく、何らかの作業をしているふりをする。勤務時間を終え、結局食べなかったチーズタルトを、ビニール袋に入れて持ち帰る。ひと前で食事をするのが苦手で、ましてや勤務先という居心地の悪い空間では交感神経はつねに優位に働くし、なにかとお菓子などをもらう機会はあるが、毎回持ち帰って自宅で食べている。昼食のときですら、本を開いて気を紛らわせ、こそこそしながら、パンを口に押し込んでいる。周囲を警戒して食事が摂れない、もしくは無防備で隙の多い姿を晒さない、そうからだが反応してしまうような環境にまいにち通う。そりゃ疲れるだろう。友人との食事はふつうにできるから、もし今後すこしでも気張らずにいられるひとや場所が増えたらうれしい。その点、日記は気を張らずに書けるからちょうどがよいなと思う。
週一で通っているペインクリニック。
胸椎の左側に注射されて施術台の上で安静にしている間に、個人的には面白いけどここに書くとその面白さが台無しになってしまうようなことを二つ三つ思いついて一人にやにやしてしまう。
早めに寝たら日付が変わるあたりに目が覚めた。あちこちの星占いをチェックする。
「自分の趣味や仕事の話ばかりを恋人に押し付けがち。」
とある。いつものことなのだけど、指摘されると痛い。
Facebook の思い出を見てみる。
日付が同じだからと言って、同じ日ではあり得ないのに、何の関連性を求めているのだろう。社会的な行事は周期的にやってくるにしても。
光陰は矢の如く飛ぶそうだが、どこかで減速したりしないのだろうか。
職場の図書の整理をした。
A4の一覧に書かれた本のタイトルにチェックを入れていく。根気よく探せばいずれ見つかるだろうと、始めた作業だったが、予想以上に見つからない。一覧をよく見ると、前年度から既に見つかっていない本もある。意地になって見つけ出す。
面白そうな本があったので勢いよく開いたら、硬い紙の帯で指を切った。思ったよりも深く切れて血が出たので絆創膏を巻いた。本はすぐ閉じた。
それが昼間の出来事で、今帰ってからもじんわりと痛い。紙で手を切る時って、その直前まで、紙で手を切る可能性があることを忘れてるんだよね、と同居人に話したりした。
昨日、なんだかあらゆる力が尽きて、夜中2時ごろ、友人に今日会えますかと連絡した。3時ごろ、会いたいと返ってきた。今暮らしているところに来て初めてできた友人、もう7年になる。彼女の何に救われるかって、その素直さだなと思う。喜びも悲しみもさらけ出すひと。ただ、怒るのがどうも苦手らしい。私はそれらすべてを受け入れて、私の怒りなどあなたのためにすべて使いたいと願う。夕方会ったとき、嬉しい癖におす、などと言う私を見透かすように向こうはすぐにくっついてきて、生きてたねえと笑う。また今日もいつか二人で暮らすための家具を見たりした。いつ死んでも構わないなとふと考えるけど、その度に彼女のことを思い出す。どうか生き延びたい。
職場から一旦帰宅してもう一度出かけて九時半帰宅。大切な人に会っていた。なにも話さなかった。大切な人の大切な人が生死の境を彷徨っている。奇跡を祈りつづけてずいぶんになる。どうにか奇跡が起こってほしい。回復してほしい。帰り道のセブンで買った麦酒とOKストアで買った鯖缶と大葉と冷蔵庫のアボカドでサラダ。軽いのに重い。でも最高に美味。固形物を食べるのはひさしぶり。さっきはなにも話せなかった人といまさっきまで電話していた。今朝は七時起床。昨日寝たのは三時。胃痛と頭痛で眠れなかった。刃物どころではないオフライン上のトラブル。調整役をつづけている。人間関係の悩みで胃痛。こないだまでは胃痛はなかった。頭痛は自分の力不足への怒り。体重さらに減っている。やや心配。夢は見なかった。水を飲んでシャワー浴びてコーヒー淹れていつものセットで八時に家を出る。ドトールでコーヒーと抹茶のパン。電車に乗って座ったらボロボロの『原爆体験記』と書かれた本を読んでいる人が正面にいた。全身ジーンズだった。九時出勤。電波の通じないところで仕事。お昼休みがなかった。歯医者に電話できなかった。古めかしい手書き&手渡しシステムのせいで郵便物の誤配が起こり明日も九時出勤になりそう。でもしばらく遅れてるシステム構築の仕事を考えると本当はもっと早く起きたほうがいい。このご時世なので廃品処理はなかなか進まない。機械系のガラクタの山で相変わらず頭が痛い。経費でふかふかのソファを買いたい。ゴミ化したハイテク機材はメールみたいにゴミ箱にザクザク入れるわけにもいかないので物理的に減らす手段をいくつか取る。二十一世紀なのに。信じられない。こないだは賞味期限切れの瓶ビールを十本くらい処分をした。出勤するとそういう仕事ばかりしている。誰かは幸せになる気がする。今日は出先で五分の遅れをカバーするためにタクシーを捕まえた。四百二十円だった。タクシーの人が踏切に止められているときにメーターを止めてくれた。お疲れみたいですね、ちょっとでも休んでくださいね、って言ってくれた。いい人だった。間に合って本当に助かった。五分助かった。
新生活が始まり、世間では五月病と言われる症状がでてきて、なんとかしなければ学校の授業もまともに受けられないと思い、気晴らしに映画をみた。
もともと映画はよく見る方だったが、新生活のあまりの忙しさでまとまった時間がなく、見れていなかったので久しぶりだった。
映画は以前から少し気になっていた[ラ・ブーム]を見た。
めちゃくちゃ青春恋愛劇だった。そんでなんといってもソフィー・マルソーが可愛い。同年代には伝わらなかったが確かにフランスの薬師丸ひろ子だった。ちなみに2も見た。2も見て、ソフィー・マルソーの可愛さに沼ってしまった。引き続きソフィー・マルソーが出演している[フォート・サガン]も見た。戦闘シーンも良かったが、やっぱり少し大人びたソフィー・が可愛かった。
大学生の頃に最も影響を受けた小説、三作品の書き出しの一文を繋げてみた。
「こうして人々は生きるためにこの都会へ集まって来るのだが、僕にはそれがここで死ぬためのように考えられる。 きょう、ママンが死んだ。 いちばんよいことは、その日その日の出来事を書き止めておくことだろう」
大学は人文学部/欧米文化学科/ドイツ文化専攻だったのだが、ここに挙げた作品のうち二つがフランスの小説だ。そしてすべてに共通するのは一人称の語りであるということ。
リルケ『マルテの手記』望月市恵訳、岩波文庫
カミュ『異邦人』窪田啓作訳、新潮文庫
サルトル『嘔吐』白井浩司訳、人文書院
5/13
去年思い切って始めたことがあって、今日もそれに反応があった。手応えのあることは嬉しい。とりあえず始めてしまえば転がって、思いがけないことも加わる。
今日は、以前調べもので収集してあった植物の画像を出力した。日々少しづつ探して集めたもので132枚。思いがけない量だった。目録みたいにするのに、収まる大きさを計算してみたら、ひとつひとつはイメージしていたのより小さくなった。A4sizeの厚紙に割り振って出力してから切り分ける。
プラスチックの定規は年季が入ったもので、中央付近がほんの少し摩耗して湾曲してる。カッターで押しのけられた紙の切断面のところの表面が、ほんの少し盛り上がり、粉末状のカスがまとわりつく。紙の種類によってはこの粉末は出ない。今日の紙は出る。
カッターの線は鉛筆やボールペンで書く線より細いから、カッター仕事の時は線は書かない。数学でいうところの図形の線には太さがない。
昨日日記200個となって、思わず家人にそのこと話そうかと思ったけどやめた。秘密を持っておきたい。匿名だし、日記を書いていることは秘密で、でもここに書いた内容が会話の話題にもなっていたりする。私にとってここはバックヤードになっている。
7時半起床。起きるのサボりたい。全てサボっていつまでも寝てたい。
洗濯機のスイッチを押す。期待してる。
ゴミを出す。夫婦は毎日二人で一つの新聞を読んでいる。でかいゴミ箱の底で濡れてヨロヨロになった新聞紙の塊を外へ出す。
洗濯物をお風呂の乾燥機能で乾かす。ふんわり仕上がる、期待してる。
通話。一昨日のチキンとトマトのパスタ。”嫉妬って感情ある?”
なんでそんなこと聞くんだろう。
なんで相談にのってもらうつもりで相談されるんだろう。”相談するってことは弱ってるって頭でわかっているのに、優しい言葉をかけてあげられないんだよね”
夕食作り。寒いし、サボりたい。キムチ鍋。
私にとって外にあると思っていたものは、実は中にあって、捨ててしまったら怒られた。中身を覚えていないから尚更不安だよね。
余計な一言、余計な行動。
いつも私の必要は誰かの余計である。
浮雲→浮玉
2021.05.13 晴れ
いつもより遅めの起床。ファミリーマートで彼女がスパイシーチキンとバンズとコーヒーを買ってきてくれる。昨日から知人にお願いされたDVDのデータをMP4へ変換する作業をやっている。知人が1990年代に撮影した映像。自分が運営しているギャラリーとそこへ集まる人々との日常。多分VHSとかで撮られている。わけのわからないことをやっているが、それが楽しそうだった。庭になっている柑橘系の果物を汚れた手で皮をむき、「いい匂いだよ!」「食べれるのかわからない!」と言いながらその場で食べている。木の周りにはなぜか畳が3枚投げ捨てられていて水分を吸いとって湿っている。今の自分の身の回りの出来事を映像で残しておくこと、それもSNSにあげるようなものではない、そんな映像を撮影しておくのはいいかもしれないと少し思えた。尺は短くない、Vlogみたいに過度な編集もない、映えるようなものをあえて撮ったようなものでもない、ただあほらしいことを撮る。何のために撮っているかわからないようなものを残す。それを20年後に見返してみたい。そう思えた。
今日は仕事の間一日中眠かった。昨夜遅い時間に飲んでしまって、眠りが浅かったからだ。適度に身体を動かして眠気と戦って、なんとか終業時間を迎える。
そういえば長いこと、起きなきゃいけない時間に居眠りというものをしていない。
学部1年の頃受けた文化人類学の授業は毎回居眠りしていた。授業の初めの冒頭に先生が話していたモースの名前だけ覚えていて、卒業後に『贈与論』を自分で手に取るまで、一体結局何をした人なのかずっと知らなかった。
眠たくて、天気も悪くて、仕事もあまり進まなくて、全体的にモヤモヤとした感じだけ残して帰りの電車に揺られている。私は忘れっぽいので、家に着く頃にはそんなことも忘れるんだろうな、と思って、忘れても忘れなくてもまあいいんだけど、なんとなしにここに書いてみた。
5/13
暑かった。梅田を歩いていた。
帰ってきた。冷蔵庫。いち、に、さん、とすべての室を決まりきった動作で確認する。冷凍室に、一昨日買っておいたネープルオレンジが3個あった。が、あれ? カチコチに白くなっている。入れる場所を間違えたのだ。凍らせてしまった。お化粧のしすぎみたいに白く包まれていて滑稽。溶かすためにテーブルにぽんぽんぽんと置いて、自室へ行く。
自室の扉をパシャリと閉め、畳んである布団に後ろ向きにダイブした。何もない時間。パジャマに着替えて、布団を敷く。本格的に布団に寝そべりだらだら。横を見ると床に本が一冊。たぐり寄せて、枕を胸クッションにしてうつぶせでパラパラ読み始める。日の光で部屋は外みたいに明るい。晴れた日の何となく気だるげな昼の時間。この時間に暇。気持ちがいい暇。日の光がサーっ。木の影がわさわさ。鳥の声がテュ、テュテュテュテュテュテュテュ、テュ。自分ひとりの部屋。あっちの部屋には祖母がいるが、別世界の知らん人だと思う。
洗濯機がグーンと音を立てている。けたたましく揺れながら。その音が部屋の外から部屋を密閉して、すさまじい集中で本を読んだ。
リビングへ。洗濯機は止み、炊飯器が動きだす。テーブルに何か見慣れない物体がごろごろしている。あのオレンジが並んでおねしょしたみたいに水たまりをつくり、本来の鮮やかな橙色を煌めかせていた。1個取って、包丁で半分にすると、まだ溶けきっていない。もうちょい時間を置くか、と考えたが、スプーンを取り出して食べてみた。うまい。半分シャーベットみたいで美味しい。ウマ、ウマ、と呼吸で言葉を吐くように食べてしまった。
部屋に戻ると炊飯器が聞こえなくなり時の静寂が訪れるみたいにしんとしていて、鳥が、テュ、テュテュテュテュテュテュテュ、テュ、と鳴くのが薄っすら聞こえてくる。
一昨日くらいから熱が出始めて、それから喉の痛みや関節痛がひどくなった。熱はすぐ下がったものの症状が引かない。バイトに行くか迷ったけれど、やはり病院に行くことにした。
家の近くにある大きめの病院へ向かう。事前に電話した段階で病院に入れないことは伝えられていた。電話で言われた通り、病院の本館の横、バラック小屋のようなものが並んだ場所で待っていると、防護スーツにマスクという出立の看護師がやってきた。言われた通り書類を書くと、バラック小屋のなかに案内された。バラック小屋の入り口のプレートがスライドして、「空きあり」から「入室中」に変わる。
バラック小屋のなかにはパイプ椅子がひとつと、その向かいに小さなデスクがあり、デスクのうえにはiPadが置いてある。それと簡易の寝台がひとつ。壁には縦に取り付けるタイプの古臭い暖房がへばりついている。看護師は書類を何枚か差し出してそそくさといなくなる。古臭い暖房の横には窓があって、隣のバラック小屋の壁が見える。「3号」と書かれているからここは2号なんだろう。
しばらくするとiPadのFaceTimeが起動して医師が映し出される。向こう側の機器のカメラの位置の関係でぼくと医師は目が合わない。目を合わせて話すような感じで、画面のなかの医師はぼくの左上あたりに視線を投げかけ、話し出す。恐らく医師の側の画面に映るぼくも同じように映っているんだろうなと思いながら話を聞く。
どうやら処方箋のほかPCR検査もするようだ。医師側からの提案だからPCR検査費用は公費負担ということだけど、受け取った資料を読む限り、発熱外来対応ということで、まあまあの金額を取られそうだ。支払いは後日、ぼくの家に振り込み用紙が送られてくるということだった。PCR検査の話はあまりなく、処方された薬の話がほとんどだった。
医師との通信が切れて、少し明るい感じの看護師が入ってくる。まず袋に入った薬とプラスチックの容器を手渡される。それから検査の説明を受ける。どうやらぼくは今から手元の容器に唾を溜めないといけないらしい。痰や泡が混らないようにと念を押し、去り際にこういい残す。
「唾が出にくい場合は梅干しやレモンを想像して下さい。それでもダメならiPhoneで画像を出したりしてください。」
困ったことに、ぼくは昔からこの手の反射が上手いこと染みついておらず、梅干しやレモンを想像しても唾が出ない。なんとか5分ほどかけて唾を溜める。唾が入った容器を手渡す時に、「泡が混じってしまいました」と言ったら、「まあこれくらいなら大丈夫です」と看護師が言う。
バラック小屋の外に案内され、帰り道を指示される。どうやら病院に今から入る人と接触させたくないらしく、病院の裏手から帰路に着く。検査結果はこのあとSMSでメッセージが来るらしい。陽性の場合は電話をすると医師が言っていた。
この前同居人に買ってもらったブーツを履いてきたのだけど、まだ履き慣れていなくて硬い感じがする。それにすこしサイズが大きかったかもしれない。そういえばこのブーツを履くのは初めてだ。もっとウキウキした気分の時に履きたかったなと思いながら歩く。スーパーに寄ろうと思ったけど、なんとなく身体の怠さが増してきたような感じがしてやめておいた。
マンションの玄関に到着すると、ちょうど同居人が出勤するところだった。「どうだった?大丈夫?」と聞かれたので、検査結果はこのあと改めて連絡が来るということを伝える。彼女と別れて家に入る。しばらくダラダラしてからうどんを茹でる。茹でている間に食前の漢方薬を飲む。覚えるのある味なので、小さい時飲んでいたものと同じかもしれない。小さい時は漢方薬の味が嫌で蜂蜜に混ぜて飲んでいた。特に55番は苦かった記憶がある。うでんが茹で上がり、一昨日の夜作った大根おろしとササミを卵で閉じたものをうどんにのっける。食後の薬を飲む。こちらは錠剤タイプなので味はない。
普段なら穏やかな時間なのにソワソワする。落ち着かない。携帯ばかり見てしまう。そういえば医師は、「この時間なら恐らく今日中には結果が出る」と言っていた。ということは早々すぐ結果が出るものでもないのだろう。
諦めて昼寝をするも、体調が悪いと昼寝すら長続きしない。携帯と睨めっこをして、バイトの求人をあさる。今のバイトは最近休みがちになっているし、なんとなく空気が悪い。陽性だったらどうなるのだろうという考えからなかなか抜け出せない。彼女との生活はどうなるのだろう。今作っている作品はどうなるのだろう。バイトは恐らく契約延長なしという体で実質的なクビになるだろう。
結局日記を書く以外に思い浮かぶことがなかったので、今日あったことを書き起こしてみる。現状を認識して冷静になるために書いているというよりも、機械的に書き起こすことそれ自体が何かの逃避になっている感じがする。とはいえもう特に書くことがない。
後日送られてくるだろう、多くて2万程度の請求に一喜一憂できるくらいの生活が戻って来て欲しいなと素朴に思う。バイトもどうにかなるだろうし、制作もどうにかなる。多分、そのはずだ。多分、恐らく。