ここは日記専用の掲示板です。どなたでも気が向いたときに日記をコメント欄に書いて置いていってください。
- コメント欄に名前と日記本文のみを書いてください。メールアドレスとサイトURLは記載不要です。
- ここには日記しか置かないので、誰かの日記にコメントする際は雑談掲示板に書いてください。投稿日時のところに当該の投稿への直リンクがあるのでそれをコピペするなどしてください。
- 投稿に用いる名前は雑談掲示板で用いるものと同じものにしてください。名前のルールについては雑談掲示板冒頭を参照してください。
福尾匠の個人サイト
ここは日記専用の掲示板です。どなたでも気が向いたときに日記をコメント欄に書いて置いていってください。
とつぜん生活の中にクラシック音楽がはいってきた。5月の連休にふとしたきっかけでシューベルトのピアノソナタを聴いていたらヴィルヘルム・ケンプの演奏にすっかりハマり、弾みがついて次はアルトゥール・ルービンシュタインのショパン全集、CD10枚組のボックスセットを購入した。
ここ10年、家ではほぼレコードしか聴いていなかったけど、今は毎日ピアノソナタのCDばかりかけている。そしてレコード屋でクラシックの中古CDを見るのが楽しくなった。店内には大体おじさんか、おじいさんが居て会計の時、店員さんと一言二言たのしそうに会話しているのもいい。そして、みんな家に帰ってからお茶やお酒を用意して、それぞれ音楽をかけているのだと想像したらなんだかいい気分になる。
と、ここまで書いていたのが土曜日の夜で、頭痛がひどくなってきたので軽くストレッチをしてから眠たら日曜日の朝、快晴。
今日は朝から掃除機をかけ洗濯物を干して、ストックのトマトソースを作った。午後からはCDを聴きながら原稿書き。途中でスーパーへおつかい。ついでにワンコインのチリワイン赤を買う。帰ってまたスグ原稿の続き。6時頃に8割書けたところで買ってきたワインをあける。ハッとしない素朴な美味しさ。音楽をカルトーラにかえて、ベランダから外を見ると上空をジェット機が飛んで行った。
夜、友人からデイキャンプに行こうとラインが届く。焚火をするのだ。それからルドルフ・ゼルキンのピアノがいい、きっとシューベルトもいいでと書いてある。扉が開いて際限ない。
5/23
Facebookに野の花の写真を投稿するグループを見つけて入ってみた。皆さん花の名を良くご存知で感心する。
今日投稿されていた花の名前、漢字を調べると面白い。山陰白銀草、白八汐、爆蘭、定家葛、吸い葛、、、
Hちゃんは山に一緒に行くと、食べられる草や木の芽や蔓を見つける。食べられる植物を知っていること以上に、見つける能力が凄い。ふと目を離すとどっか遠くで草を摘んでいる彼女の姿を思い出した。知ってると特別に目に飛び込んで来るのだろうなと思う。
そういう事例についてちょっと思い巡らしてみたけど、何も思いつかないので逆に、明日はいつものスーパーで、今まで買ったことのない食材を買ってみようと思う。
きのうの夜から仮眠つづきで朦朧としている。厳密にはもう数年ずっとまともに寝てないんだと思うけど仮眠してるのでオーケーということにしてひさしい。六時くらいにお腹空いて賞味期限の切れたカットパインをコーヒーと一緒に食べたらすごい発酵感と酸味で目が覚める思い。システムエラーの対応はなんだかんだで楽しくてやってしまう。朝方は冷えてると思ったら九時過ぎにはもう暑くなっていて外に出る頃にはほぼ真夏になっていて季節泥棒と思った。公安にはがんばってほしい。でもひさしぶりに出先でおいしいハンバーグ食べれてしあわせだった。あんまりつなぎは入ってない感じで付け合わせのサラダはクレソン入りでしっとりしていてドレッシングがキューピーのフレンチドレッシングに似てたけどとりわけ酸味のバランスよい感じだった。自分だったらごくごく薄切りにして塩で軽く揉んだ玉ねぎも入れてそこそこ冷やして温度差出すだろうなあと思いながら熱々のコーンクリームスープも飲みたくなる。冷めた白米と合う。冷たい炭酸とか飲みたくなる。端的にはビール。とまれゆっくりした時間が本当にひさしぶり。ありがたい。まるでヴァカンスみたいだった。だけどそれから職場に移動して諸々作業。きのう旧友に現状を話したら給与を1.8倍にしてもらうべきだとキレられたことを思い出す。帰り道、あまりにも火照ってるのでビール買おうとスーパー入ったらいつも買ってる銘柄なくてハートランドの瓶を買って帰る。ビールはあるとあるだけ飲んでしまうのでそのたびごとに買うようにしている。帰宅してすぐ開けて飲もうとしたら栓抜きが行方不明。それで自分でも信じ難いのだけどその辺に置いてあったちょっと硬めのクリップを瓶蓋に引っ掛けてダメもとで「テコの原理!」と叫んで気合を入れたら一瞬で蓋が開いた。こんなことってあるんだ。結果的に飲みたいときに飲みたいビール冷えた状態ですぐ飲めて幸福だったけどちょっと怖かった。大丈夫かな。明日は午後の仕事終わったらちょっとはのんびり眠れることを期待。すったもんだの末に来月ふかふかのホテルに泊まれる算段ついたのでしばらく忙しないけどそれを楽しみに待つ。でも待てなくて外泊するかもしれない。それは仕方ない。ふかふかのベッドで寝たいときもある。朝食はなしでいい。なんにもいらない。ただひたすら夢に包まれて眠っていたい。
バスルームの水道管と蛇口がやたら結露してるなぁ、と思っていたら、小さな水漏れを起こしていたらしい。今朝になってようやく気づいた。1週間くらい前から結露してた気がする。
バスルーム、しかも小さな水漏れなので、被害はほとんどない。賃貸契約の際に加入した保険のオプションに水周りのトラブル対応サービスがあったはず。帰ったら連絡しないと。
今日は晴れて湿気もなくて気持ちがいい。ただ、やらなければならないことが多く、そのことばかりが頭に巡って満喫できない。ぼぉっとする時間が必要だ。
寝坊してしまって本番まであと2時間しかない。けどその本番は、オンラインで開催されるのか、それとも対面だったか。確認するのを忘れてしまった。会場は40分あれば行ける家庭的な居酒屋だから、いずれにせよ急げば間に合うけれど、もう少し丁寧に準備をしたかった…という夢を見て12時に起きた。
1日が始まったばかりなのにもう終わりそうだ。
昨日と今日、1本ずつサブスクで映画を見たけど失敗だった。
特に昨日見たドキュメンタリーはほとんどコマーシャルのようなもので、ある業界のきれいな面だけが中途半端に美しい映像で描かれている。それがかえって、実際のこの世界にはどれほどの搾取と悪が潜んでいるのだろうかと恐ろしく思わずにはいられなくなる、宣伝としても失敗といえるような一作だった。
でも、駄作だとわかってあえて選んだような作品かもしれない。
大きな刺激をうけ、映像やセリフの端々について何度もくり返し丁寧に考えたくような、いい映画を見るのはもう少しやる気のあるときがいい。
5/22
日記の難しさは、知らない道をせっかちにならず歩くのに似ている。
お風呂のあとはもう21時で、かぼちゃの煮物を作って食べながら友人のラジオを聴いてた。中学の同級生2人のラジオ。聴きながらニンジンのナムルを作ったら塩入れすぎで辛かった。食べたくないと思った。いっぱい作ってしまったのでどうしようかと迷いはじめたけど、考えるのがめんどくさくて、考え(てるつもりになり)ながらご飯で塩辛をかき消してお水をたくさん飲んで食べた。この間もラジオは聴いてた。リスナーは1人。満腹になった。ほんとうはこのあとフロランタンを食べたかったのにこんなお腹では美味しくいただけないのでゲップ?的な空気を連続でだしてフロランタンを食べた。甘かった。
酒のんだ。二回飲んだ。ジンとワンカップの大関。けっこうまったり。風呂入ってねようかな。土曜日なのでオナニーは二回した。今思えばつまらない感じ。
デスクトップにあったアイコンを整理。
ちんちん
今日は銀座周辺にある小さなギャラリーを自転車で巡ったので、日記というより感想を書くネタが溜まっていて、そこで日記的な散文をあまり書けなかった。
感想をまとめるのは明日以降にする。本屋で、立ち読みしたカレーのレシピをメモしておいた。
にんにく
セロリ
ニンジン
玉ねぎ
みじん切り→これらをAとする
オリーブオイルたっぷり
クミンシードとにんにくを炒める
Aを加えて炒める
すり潰した梨
カットトマト
赤ワイン→これらをBとする
Bを加えて混ぜて水気を飛ばす
カルダモン、コリアンダー、シナモン、ガラムマサラ、ターメリック、塩→これらをCとする
Cを加えてなじませる。
鶏肉を別で炒める
全部鍋に入れる。ヨーグルトと紅茶を入れて弱火で20分
0時就寝。
今日は朝起きて、スターバックスでコーヒー飲んで電車に乗って買い物へ。高校時代嫌ってほど行った場所だけど、再開発で駅前がかなり変わっていた。電気屋と雑貨屋行って、新居のカーテンをオーダーして帰ってきた。
お昼はカレー食べて、海辺まで散歩して、バイクのディーラーに行った。原付はコロナウイルスの影響で通勤に使われることが増えて、在庫薄とのこと。今発注して、納車7月以降かあ。
帰ってきてぼんやりしたり少し寝たりJリーグ見たりして夕飯を買いに出た。
結婚しているときは、(特にコロナウイルスが流行ってからは)土日の午後は暇だな〜時間過ぎねえな〜と思っていたけど、今日はそんなことなかった。
まだ新居の買い物やらなんやらやることがあるからだろうか、それとも一人暮らしになって生活が変わったからだろうか。
珍しく姉と連絡を取った。元奥さんの浮気行為が許せないと言ってくれ、心配してくれて嬉しかった。
昨日も寝る前に父親に話しかけるのを忘れてしまった。今生活の型がなくなって、新たに自分の領土を作り直しているのだろうか。
自分の気持ちもそうだ。今、解体寸前の自分、バラバラになりかけた自分の破片にしがみついて、また新しく作り直そうとしているんだろう。脳が、プラスチックで引っかいたような細かいダメージをすごく受けていると思う。
プラスチック。可塑性。プラスチック爆弾。
住むところがなくなるかも、とかいろんな不安も乗り越えてきたじゃないか。ただ、まだ慣れていないだけさ。
今日は日記書きながら、喪失感とかノスタルジーとかはあまり感じていないな。
もっと書きたいことがあった気がするけれど。
七時起床。低気圧だからか頭痛酷い午前中だった。コーヒー挽いて淹れて飲んだあと二、三回の仮眠を挟んでいくつか業務メールして午後からひさしぶりに旧友と電話。一時間くらい歓談していつもどおり業界批判を受け結論としては趣味大切という話になった。そうだよねという気持ちになってひさしぶりに趣味関係で動き出した。とはいえ数年来趣味の仲間を探してるけど偏りがあるせいだろう、もしかしたらと思って声かけた人全員に断られているのでなかなか世知辛い感覚。この趣味のせいで失職の危険を感じて実際転職したのがつい昨日のことのよう。人間鬼気迫ると火事場の馬鹿力出るんだって感じた出来事だった。それを思うと人間関係複雑だけどいまの職場は天国。趣味に寛容なので。なんだかんだで用事できて結局外出。帰りの電車で熱っぽく感じて心配になったけど帰宅して体温測ったら三十六度一分で平熱より低かった。夜ごはんはフキと鶏ももの煮浸し。小葱の刻んだのをたっぷり乗せた冷奴。あんまり冷えてない白ワイン。雨で湿っぽくて冷える日がつづいてるのでさっぱりした煮物は頭痛の日はとくにほっとする。それから大根とうずらの卵と小ネギをキューピーのパスタソースで和えて簡単なつまみをつくった。キューピーのパスタソースは不思議。子供の頃から鶏卵よりうずらの卵が好きなのは歯応えの関係だろうか。卵抜きのタルタルソースにうずらの卵入れる感じは理想。再配達の結果、朝と夜に届いた仕事関係の重い郵便を明日はさばく予定。眠くないので今日は眠くなるまで踊る。きょうはようやく歯医者に電話して予約取ることに成功。六月十九日土曜日朝十時から歯医者。忘れない。
小2の娘の「体育発表会(運動会の代わり)」が明日に延期になった。朝起きると久しぶりに体が重くて、昼食の後に3本880円のユンケルを飲んだ。ピエール・ブーレーズを聞きながら一時間以上昼寝。我が家は私以外、キムチはおろか漬物は一切食べないのだが、晩ご飯に豚キムチを作る。学校給食には豚キムチがよく出るそうで、小2娘と中1息子がよく食べた。千葉雅也がよく聴くというブラッド・メルドートリオが気になるのだが、何を聴いたらいいのかわからない。
昨日のシャツのシミは無事に落ちた。洗濯する前に石鹸でゴシゴシこすった。よかった。
朝起きると頭が痛い。生卵と納豆、食パンの朝食。キャベツは硬くなっていたので食べるのはやめにした。スーツに着替える前にいつもの制汗剤を使おうと机を見ると、どこにもない。辺りを探しても見つからない。机の上を見直して4回目くらいで、やっと机の上に乗ったそれを見つけた。頭が痛くて、右目の視野が欠けていた。頭が痛くなるとたまに視野が欠ける。昔からだし、なんの異常もないので、しかたない。
今日は会社で新人指導。ほとんど同い年。いいやつ。
友達からハイキングをしている写真が送られてきた。下山後はインドネパール料理屋(最近よく見かけるようになったチェーンのカレー屋)で食事をとっている写真。とてもいい休日の過ごし方。山の稜線を懐かしく思う。
2週間ぶりくらいに、何も抱えているもののない日。
夜うまく眠れなかったり、ものすごい時間寝てしまったり、昼寝をしたりと、眠りが一日の境をつくる機能を果たしていなかったのだけど、ここ数日はこの日記がその境みたいになってくれてよかった。
さすがに体重は1キロ減り(これはとても珍しいこと)、目の下にクマ、全体的に皮膚がガサガサしている。楽になったのに昨日は熟睡するほどにはうまく眠れず、中途覚醒&寝ながら爪を削っていた。削るといってもグロテスクなのではなく、爪切りで切れるくらいの白い部分を、寝ながらカリカリしてしまう癖がある。ここ1年それが多い。
こういうハードなことをやり遂げたあと、疲れ切った状態から徐々に回復していく今の時間がうれしい。そのときのために色んなつらいことをやっているのではないかとさえ思う。それは好きでやってるはずの「色んなつらいこと」に対して不誠実な態度かもしれない。運動嫌いなのに運動部みたいだし。いやバリバリ運動部の人こそ運動自体が好きなのか。
しかもこんなふうに書くと、ものすごくハードでストレスフルかつ生産的な生活を送っているようにみえてしまうが、成し遂げたことを積み重ねてみると驚くほど少なくてびっくりする。数ではなくて質の問題のような気も。
半分外にあるみたいな店でごはんを食べたい。静かで口数の少ない、黙々と考える哲学者みたいな人になりたい(実際の哲学者はよくしゃべる人も多い気がするが)。
駅前の公園。
鳩を追う女児。
路面電車は広告に覆われていた。
乳母車に向かい合って軽食を摂る母親。
何処かラテン系の言葉。母親と小児が二人。
レインボウカラーのボールを転がして遊んでいる。一人は女の子らしい。
何かビジネスの話を大声でする男性。
Saturday in the park.
アイスクリーム売りは居ない。
5/22
もともと夢はあまり見ない方だったのに、日記を書くようになってから夢を覚えてることが多くなった。
今朝は写真をやってるRが、ブルーグレーに線画のTシャツを着た長髪の気さくな白人青年と一緒に、田舎で畑を始めるのにどうしたら良いかと私に訊ねる。
180分の長い映画、思いがけず「日記、ノート、そしてスケッチ」の文字。撮ってるそばから追憶になっていく大量のイメージを浴びた。途中、うつらうつらして、茹でた麺をどうやって2人分に分けるかを何度も試行錯誤する夢、映画館の青い座席が縦でなくて横に開くのの構造の細部を観察する夢、あと誰かに会ったのだけど誰だったか思い出せない。
映画の中で撮影者が「この頃は夢を見ない」と言った。
カレーに入れる玉ねぎを切っていたら目が痛くなった。
切っている間中痛かったのだと思うが、目の痛みに気付いたのはほとんど切り終わった後だった。玉ねぎを切ったから目が痛くなったのだと合点がいったのはもっと後だった。
今日の星占い。
「自分の実力不足を痛感する出来事がありそう。」
とある。
そんなのいつもの事だけど、とやや不貞腐れた感想。まぁ、でもそうか、と思う。星占いだし。特に教訓は無い。
それにしても都内に出かけるのに水盃を交わさんばかりの状況について、動物的に反応したものかどうか。
いつもの場所でいつもの猫たちはいつもどおりに居たり居なかったり。
『現代語裏辞典』(筒井康隆、文春文庫)の「日記」の定義。
「多くの人に知ってほしい秘密。」
見知らぬ人から授けられる秘密。
見知らぬ人に授ける秘密。
今日もゴミ出しに行った。リサイクル紙ゴミとプラゴミ。
秘密は畳んだ段ボールの形をしていた。
5.22
夜勤帰り、井の頭線渋谷駅で今日は各駅に乗る気分でもなかったから4分後の急行を待っていた間に人身事故が起こったらしい。気づいたのは乗るはずの急行が来なかったからだったと思う。スーツを着たメガネの男性が駅員に運転再開の目処を聞いている。
「一時間半はかかるかもしれません」
とりあえず改札を出ようとすると既に長蛇の列ができていた。何の列だろう、駅員に何か尋ねるのか。
各駅に乗っていたら閉じ込められていたのかそれともどこかで降りることができたのか考えながら山手線に移動する。新宿まででてそこから京王線。千歳烏山駅改札横の踏切からまっすぐ道なりに甲州街道と中央道を抜けた先にある自宅までの道を朝帰ることはほとんどない。墓石を作っている石材店の前で長身の男性とすれ違う。夜勤帰りによくすれ違う人だ。井の頭線が停まっているから京王線を使うのか、ということをそのまま歩いてしばらくしてから納得した。
夜勤に出る一時間前くらいに友達が来た。自転車で来ることの多い友達は何度も遊びに来ているこの家までのまっすぐな道がまだ覚えられないらしい。
虚無。
この情勢下になってから、毎日に色がない。日々というのは、自分の自由な欲望や発想を叶えたときに色づいていた、今まで。
なんなんだろう、この毎日。ほんとなんなんだろう。
朝と夜が世の中の規定通りに発生し、1日を区切っていく。僕には区切りなどいらないくらいに毎日が同じものだ。
1人になり冷静になってみると、今の世界でタブーとされていることの全てが僕の娯楽だった。
早く音楽にまみれて踊りたい。おもむろに旅に出て海の綺麗さ・汚さに一喜一憂したい。心を解くために好きなバーで好きに時間を過ごしたい。
色を失った今では、退屈な、ただ流れる時間を自分のものではないかのように横目で見ている。
昨日はひとが来ていて、ごはんを食べたり別々の仕事を片付けたりしていた。以前から喧嘩がつづいていてどうかなと緊張していたが、映画を観出したあたりからほぐれてきた。なんだろう、自分の声のトーンが一個あがって、歯車がちゃんとはまった感じ。自分の嫌なやつ感を、別のことばに繋いでもらえる感じ。
一緒に寝て、一緒に眠れなくて、起きて、各々別のところへ向かう。今日は遅刻はない。
そのひとはパートナーではなく、関係の説明が難しいが、適当じゃない意味で好きなひとの1人だ。しかし、他人に説明するのが難しい関係は立ち行かせるのが難しいなと思う、自分にも結果的に嘘がある気がするので余計。第三者なら簡単に形式的な診断を下すことができるもの、セフレ、恋人、ポリアモリー、責任のもてない恋愛ごっこ、どれも図星だがしっくりこない。
説明する機会なんてないのだが,説明する機会があれば説明できない。でも、人と人ってそういうもんなのでは、という気持ちも拭えない。形式上の名札と、皮膚の上の名前の合わなさ。
いやでも、名前以前に、説明するときにすこし後ろめたいかも、と思うのが問題なのか。
ロマンチックなことはなるべく抜きにすべきなのかもな。カラオケに行きたい。