日記掲示板

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1,002件のコメント

  1. 労働が長引いてぐったりしている。痙攣するような胃の騒ぎは、コーヒーの飲み過ぎによるもののような気がする。
    疲れはあるが労働にやや希望を感じたので、終わった後はモヒートを飲みたくなった。外が好きな明るい人のためにあるような飲み物だけど、たまに飲みたくなる。口当たりのさわやかなアルコールといえばモヒート、白ワイン、スミノフアイスしか知らない。この列挙の仕方はおかしいけど、モヒートにはミント以外何が入っているのか知らない。
    去年からますます飲む習慣がなくなって、半年に一度ほどビールグラス一杯ぶんを飲むので十分になってしまった。なので今度モヒートを飲むときはミントでいっぱいの、普通ならぼったくりだと言われるようなやつをお願いしたい。

  2. 歩いていたら急にどうしてもパフェを食べないとどうしようもないという気分になって、ナナズグリーンティーに入った。届いたパフェを見て、パフェなんて嘘っぱちだと思った。聳えるように出来てるパフェを必死になって口に運んで咀嚼する時間の空虚さに少し癒された。人も少なかったから。

  3. 6/18
    「お父さん、駄目だよ!」って息子が家人に駄目出しすることが時々あって、些末なことなのだけど。片付け損ないとか、私が何か言った時の反応とか、忘れてることについてとか、子供は細かいところをよく見てるなと。
    自分が幼い頃を思い出してみた。例えば家族で旅行に行った時のタクシー運転手さん、宿の仲居さんと親のやりとりや、店舗での店員さんとのやり取り。ほんの細かい本心の見え隠れみたいなことを全部スルーしてる感じがいちいち気になって、大人の目って節穴だなって思ってた。子供の方には何かの社会的コードに頼って感覚を弛緩させる前の解像度の高さがあった。
    今や裸眼では細かいものがよく見えないし、見えないままでも済ませられるかなってトライして、間違ったアイコンをタップしてしまうくらい弛緩して過ごしている。

  4. 人に会って話す、次から次に、しかも話しかけられたりもするという体験が強烈すぎてそのまま同じ夢を見た。脳の血管が興奮によって太くなるので頭痛になって目が覚めた。

  5. 雨が降っている
    Oさんから返信があって安心した
    朝からヘカテを観た
    できたら夜に観るべきだったけど陶酔
    撮影美術衣装が素晴らしくでもそれが鼻につく感じは全くなく残酷で寛容な大人の映画だった
    愛すべき緩さ(音楽のおかげだろうか?)とユーモアがあって好きだ
    メモしたくなる台詞多数
    ウォン・カーウァイはきっとダニエル・シュミット愛してるんだろうな
    映画が終わり豊かな気持ちで久しぶりに第一亭のホルモン炒めとパタンを食べた
    そうヘカテはホルモン的なものが無性に食べたくなる映画だった
    店員さんたちの話し方が粋で心地良かった
    心乱れたMからメッセージ
    手短にでもできるだけやさしく返事
    横浜で買い物して仕事
    提案はかなり上手くいった
    よい提案で感動したよとFさんがわざわざメールをくれた
    夜は多分ないと思ってた打ち合わせがあった
    文化祭の打ち合わせみたいな打ち合わせで微笑ましかった
    酒を飲みながら参加した
    この仕事は自分より若い人ががんばればいい
    いい日だったけどいちばん肝心なことが手付かずに終わった感じでそれもまた良しという感じ

  6. 2MUCH CREW『BUBBLE YOU』(46分、2009年)とWesley Joseph『ULTRAMARINE』(26分、2021年)を聴く。植田実『集合住宅30講』(みすず書房、2017年)と長田悠幸・町田一八『SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん』12〜16(ビッグガンガンコミックス、スクウェア・エニックス、2019年〜2021年)を読む。否定主義的アプローチによる主題の獲得? コンビニ飯の記号的な味? レム・コールハース「ジェネリック・シティ」と眉月じゅん『九龍ジェネリックロマンス』? レム・コールハース「ジャンクスペース」と熊倉献『ブランクスペース 』? 2年間『SHIORI EXPERIENCE』を追い忘れていた。マンガ描きたい。

  7. きょうはひさしぶりに在宅。朝は三時に起きたけどあまりうまく仕事進まなくて長めに仮眠。眠気らしい眠気が生まれてそれを解消できたのはうれしいこと。仕事はきのうの夜で一山越えていて荷物関係の不安要素は大丈夫だったらしく一日ほとんどなにも心配しないで過ごせた。お昼休みがそれなりによい時間に取れた。銀行に両替に行った。帰りに和菓子屋さんに寄って水まんじゅうひとつ買った。途中のスーパーで酸素系漂白剤を買った。家に戻ってから、仕事しながら長く着ていない服二枚のつけ置き洗いをした。洗濯機を使えるようになったのが遅いので、いまだにうまくボタンを押したりできない。子供のころ、掃除機と洗濯機が怖くて、掃除機はいまも持っていなくて、洗濯機もしばらく持っていなかった。不便なので洗濯機は数年前から家にあるけど、やっぱりまだうまく慣れない。稼働しているあいだの音が怖いのと、ボタン操作がきつい。こういう理由で、炊飯器も持っていない。調理実習でしか使ったことがなくて、みんな使ってるし使えるだろうと思って、一人暮らしをはじめた頃はあったんだけど、すぐに使えないことがわかって、言ってみれば、それっきり。ちなみにプリンターも使えなくて持っていなかった。ただ、いまは書類をどうしても家で印刷して郵送する必要が生じるから、遠方に住んでいる同僚が、なんだったら自分が家に行ってセッティングをする、とまで鬼気迫る感じで言ってくれて、それでよさそうなのを選んでもらって、なんとか設置することができた。こんな感じで、生活に欠落しているものが多い気がする。でもこうやって書いてみると、これまではケーブル系の接続が途方もなく苦手だと思っていたけれど、それとおなじくらいかそれ以上に、そもそもなにかメカニカルなものについているボタンを押す操作が得意ではないのだと驚く。キーボードとボタンの似ているところと違いは考えてみると面白い気がしてきた。その違いは人間の身体に当てはめるとどんなだろうか。なんとなくいくつかの仕事を週明けに繰り越す。きょうは眠い。眠くてうれしい。タオルケットにくるまれてよく眠れる気がする。きょうもお酒を飲んでいない。明日は十時から歯医者。忘れない。

  8. 今日は気圧がおかしくて仕事が仕事にならなかった。一日が終わろうとしているのに、まだ目が覚めていない感じがある。…そう思って頭痛薬を飲んだらいい気分になってきたので、今日もまた夜遅くまで活動することになりそう。
    ああいう場所をなんと呼ぶのかよくわからないが、小さい川と大きな木があって、湿った感じの山、というか森、の中をマウンテンパーカーで歩く人の写真を見た。屋久島のような。宇多田ヒカルが水のCMで歩いていた山のような。自分はそういった、メディアを介したイメージを使ってしか言語化することができないのだけど、マウンテンパーカーの人の表情がよくて、その人にすぐにあこがれた。
    ああいう大自然に包まれることへのあこがれが自分にもあったのかと驚いたけど、自然にというより、あの人自身にあこがれているのかもしれない。自然が好きだといって、山や海まで本当に行ってしまうところ。あの人は、人間の頭以外のところに興味があるのかなと思う。
    なぜか自分も登山をしたことがあるし、運動しない割に体力はあるのでやろうと思えばある程度できるのだけれど、連れ出されないと今後もやらないだろう。人が山にいるところを、せいぜい「半分外」から眺める。しかも半分外って、里山とかそういったレベルではなく、テラス席の飲食店や広い公園の芝生みたいな、ほとんど人工物みたいなところから味わう空気で十分「外に出た」という気持ちになる。まったく不自然なことだと自分で思う。

  9. 6/17
    容量がそもそも大きくないのに、幾つも抱え込んでしまって膠着状態だった記録すべき物事をほぼ忘れてしまって、手掛かりを探すところから始めて、思い出しながら書いた。同じ道を確かめながら、少し違うように通る。
    メールを返信しなくてはいけないことを、日記を書いてて思い出した。
    もうすぐ大きな図が描き終わる。デッサンするときに全体をぼんやり掴んで描き進めて行く通常のやり方と違って、画面の端から緻密に描いて行く方法をとっているので、残りの余白が少なくなってきて、やっと全体が見えてきてる。けれども描き閉じることに何か抵抗しているところがある。早く済ませたいけれど、まだ終わりにしたくない。
    友人が店を閉めるという急な知らせにひどく動揺する。未来の地図に大きな穴が1つ空いた。悲しい。

  10.  久しぶり。カーテンを開けておいたら陽光が斜めに床の上に落ちていた。家を出る前に帰ってきたらしようと思っていたことをする。二つだけだけど。床に寝転がってスマホを触っていたら寝落ちていて急な夜。遅くにベランダに出ると用水路の音が聞こえる。裸眼で見る月はいつだって満月だ。昨日いた蜘蛛は巣ごと姿を消していた。去年の秋まで長いことベランダにいた蜘蛛にシャーロットと名前をつけていたと教えたときの深夜の君の笑い声を思い出す。蜘蛛に、名前つけんなや。ふふ。

  11. きょうはずっと読みたいと思ってた杉本博司『江之浦奇譚』を遠くの図書館から借りてようやく読むことができた。すごく表紙かっこいい。ページをめくりながら四季の移り変わりを写真と短歌で海沿いを歩くように旅するように進んでゆけた。平成六年から令和元年まで時系列に徒然書かれてるそのなかに自由自在に小田原からはるか離れた様々な土地、現代をはるか遡るさまざまな時代、とりわけ古代が織り込まれてるのが心地よかった。こないだ刃物が教えてくれた曲がBRON-Kという人(?)の『松風』というアルバムに入ってることがわかり、それで聞いてたら、おなじアルバムのInnocent Luvという曲がすごく耳馴染みよくなってきて、それをずっと聞いている。かなりよくて、でも歌詞が哀しくて、それでずっと聞いてしまう。「すべてまちがいだったなんて/思いたくはないから/たしかだったことをひとつ/いますぐ伝えたいよ」。職場の朝の会で歌おうと思う。ラーラーラー。今朝は二時前に起床して仮眠なしで大丈夫だった。大丈なのかな。きょうもお酒を飲んでない。そのうちインターネットそのものもあっさりやめられる日がくるのかもしれない。でもやめなくてもいい。それくらいがちょうどいい。気がつくと探してる君の姿をやりきれない気持ちだよ。

  12. ねむたい。昨日の井上達夫オンライントークのスライドを見ながらメモをつくった。おもしろい。柴田聡子『SATOKO SHIBATA TOUR 2019 “GANBARE! MELODY” FINAL at LIQUIDROOM』(74分、2019年)と2MUCH CREW『BUBBLE YOU』(46分、2009年)を聴く。だらだらすごした。

  13. ずっとわからないまま4年くらい放置していたことについて、わからないままなのでそろそろ調べてみるかという気になってきた。いくつか「入門」とよばれる本をつまみ読んでみてもまだピンと来ないけれど、少しずつ解像度が上がってきたような気がする今日この頃。
    けれども手持ちの本ではもう、どうにも浅いところまでしか理解できないかもなと思っていたら昨晩、半月くらい前に古書店で買ってずっと床に直置きしたままになっていた本が目についた。状態が良くなく500円でさほど吟味せずに買ったものだから、あまり内容を覚えてない。適当に本を開くと、まさにそのページに最近考え続けてきたキーワードが記されていた。半月前にこのワードを目にした記憶はない。
    こういうセレンディピティ的なことについて、同じ人が選んだ本やテーマは絶対にどこかでつながるのだと、10年くらい前に大学の先生が言っていたことをなんとなく思い出した。まぁ半月前に買ったばかりなのだから、引っ掛かる部分は同じであろうし、セレンディピティとまで言えないかもしれないけど。
    問題の箇所は5章にあったのだけど、せっかくだからと珍しく序章から読んでみると、とても納得のいくクリアな内容だった。1時か2時ごろから読み始めて、3章くらいまで読んだところで4時がきて、目がかすみ、寝た。ここまでしっくりくる本をひさびさに読めて嬉しかった一方、あまりに裏切りがなくてどうなのかなという感じもある。何かがわかることを目的に読んで、わかった、というのはどうにもつまらない。やりたかったのはこういうことじゃない。けれど、5章まで読めば何か助けになる気がする。

  14. 誕生日。
    朝からペインクリニック。
    治療が終わってから駅地下のブックスタンドでBrutusを買い、区役所の待合室でざっと読む。小泉・千葉が痛快。
    いつもの運動公園まで散歩。
    自販機でスポーツドリンクを買い、木陰のベンチで休憩。
    誕生日もこの歳になると「冥土の旅の一里塚」を段々と実感してくるのだが、まぁそこはそれ、死ぬまでは生きてるし、生きてるうちは死なない。
    次の瞬間には死んでるかも知れないが。
    取り敢えずもうひと歩きしよう。

  15. 東京ではギリギリ雨に降られなかったので良かった
    逃げた女を観た
    新宿が混んでたので有楽町まで出た
    見終わってHさんと感想をやり取りしているうちにガンダム新作の話になった
    Hさんは庵野は自慰で宮崎駿は夢精で富野は性交と分類しててなるほど感があった
    新作は逆襲のシャアを観てから行った方がいいよと教えてくれた
    ホン・サンスもそういや昔はずいぶんエロかったみたいな話をして森崎東とかイーストウッドの話をして酒が飲みたくなり品川で缶ビールを買った
    夜は勝烈庵の弁当をつい食べ過ぎた
    録画してたユーロを観て早寝した
    フィンランドにがんばってほしい
    4時くらいに目覚めて仕事のメールに苛立ち怒りの返信をした
    他人の時間を無自覚に奪うような仕事の仕方は良くないと偉そうに説教してしまった
    しかし今回の仕事は遠慮せずにたまにブチ切れるくらいの方がかえってうまくいくのかもしれない

  16. 6/16
    久しぶりに髪を切りに行く。美容師さんは運動不足解消のために、早朝ひとりで川釣りに出掛けて、駐車場からだいぶ離れたところまで歩くようにしているとのこと。楽しむのが上手な人だ。それを聞いて、私も朝型に変えようと思ったのに、夜更かしして日記を書いている。髪は思い切ってベリーショートにした。若々しくなったというよりは、施設に入る前に小ざっぱりさせたおばあちゃんみたいにも見える。でもまあ良い感じ。

  17. 帰り道にショッピングモールに寄った。何の目的もなかったので、エンジンを切った車の中で、LINEの返信をした。相手は慎重さを欠いた無骨な文章を送ってくるので、気が滅入るが必要な連絡だった。窓越しに店内放送が響き渡り、耳を澄ますと午後8時に閉店するとのこと。目的がなかった割には一直線にATMに向かい、現金を下ろしてテイクアウトのタピオカミルクティーを買いに行った。7時56分だというのに店の前は行列で、店員さんはお客を捌く機械のように注文をとっていた。目的なく来たのに、閉店前に駆け込んで申し訳なかった。
    職場に居る、妙に強い口調の人のことを思い出して悲しい。優しい気持ちを言葉に乗せたい。強い口調になった時、謝れる人でありたい。
    子供が大泣きする声と犬の鳴き声が聞こえる。
    ここのところ、良くない意味で誰かの声が気になり過ぎる。

  18. 「多すぎるために、逆にどこにも存在していない。」植田実『集合住宅30講』(みすず書房、2017年)202頁。雨。傘をさすのが下手。マルセイバターサンドはしょっちゅういろんなマンガに登場してる気がする。靴下ぬぎ子『思えば遠くにオブスクラ 上』(A.L.C.DX、秋田書店、2021年)を読む。めっちゃいい。暑い。中村佳穂1st album 『リピー塔が立つ』再販! 「サウナ行ってみて! 絶対ととのうから!」と友人にサウナを激推しされた。こんど行ってみる。NEI『NEYOND』(25分、2020年)とKM『EVERYTHING INSIDE』(49分、2021年)を聴く。井上達夫 (司会:吉良貴之)「自閉化する世界の〈共生の作法〉 『増補新装版 共生の作法』 『増補新装版 他者への自由』 (いずれも勁草書房)W刊行記念」(本屋 B&B)を観る。おもしろかった。木鐸社から『規範と法命題』が出るらしい。次号の「法と哲学」の特集は「くじの正義」。

  19. 6/15
    今日は久しぶりにバイトだった。既に足の疲労感はピークに達しているようだった。
    朝急ぎ足でモノレールに乗り込む。静音で2、30m程上空を走る乗り物に乗るのはいくつになっても興奮するものだ。車内の人口密度は地下鉄と相違ない程の混み具合で、僕は必死に小さなロマンに縋りつくために窓に齧り付いていた。目の前の幹線道路は輸送トラックやら軽自動車が右往左往に齷齪と走っていた。A駅に着くと、グッと人が乗車してくる。僕は何故かA駅をB駅と勘違いしたり、C駅と勘違いすることが多々ある。そのせいでバイトに遅れたこともあったし、家に帰るのが遅くなったこともあった。とにかくA駅が僕にどういう印象を与えているのかが僕自身も理解出来ていないのだ。
     そんなA駅を出発してC駅までの間、僕は美しい情景を目の当たりにした。幹線道路の側に歩道があるのだが、その歩道を走っている少年がいた。少年は白のTシャツで下は短パンであった。小学校の高学年辺りの年に見える。この少年はA駅側からB駅側へと一生懸命に走っていた。少年の走る先を少し見据えて見ると学校らしきものがちらほらとあったので、そこの学生だと思うが、中々の距離があるのにそんなペースで体力が持つだろうかと心配になる。少年は幾つもの車と見せつけられるかのようにすれ違うが、少年は目もくれず、一心不乱に坂を駆け登っていた。しかしやはり30m程駆け上がったあたりで立ち止まってしまった。私を乗せたモノレールは少年を追い抜かしていき、すぐに少年は見えなくなった。だがそれと同時に今度はとぼとぼとB駅側からA駅へと歩く少年がいるではないか。赤い服に紺色のような長ズボンを履いて俯いて坂を下る様子は、僕の幼少期のそれであった。今朝、あの少年は母親にでも叱られたのかも知れない。それとも、今日苦手な歌のテストがあり、憂鬱なのかも知れない。僕が彼の背景を自分の思い出とともに重ねてるうちに、モノレールは過ぎ去っていった。またすぐその直後には自転車に乗った母親とその横を並走する少女の親子の姿があった。遠くからだが、何やらお互いに微笑んでいる仲睦まじい様子がうかがえた。私は、この1分にも満たない間に見た四つの人生に一種の感動を覚えていた。その感動の余暇も味わう暇もなく、B駅に着いたアナウンスを受け僕は現実と労働に引き戻された。

  20. 夜になってからやっと目がさめる感じがする。もう水曜日が終わってしまう。
    自分の立ち位置がやっぱりよくわからなくて、今日もうだうだ考えていた。戦略的にやるということがよくわからないし、荒野の聖ヒエロニムスのようでありたいと思う一方で、したたかに生存していきたいという欲、若干のちやほやされたい欲もやはり捨てきれない。そんなロールモデルをやっぱり設定するべきなのかもしれないし、いっそ色々なことを諦めて淡々と暮らすよう決めるべきなのかもしれない。
    昔悩んでいたときの日記などを読み返すと大抵、「こんなことに悩んでないで手を動かしたほうがよかったのでは?」と思う。悩んでも解決しないというか、やっていく中で解決させていくしかないことがほとんどだから。今の逡巡も後になって振り返ると、きっとそういうふうに思うことになるだろう。しかし、なんにも決まらないな。

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