日記掲示板

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1,002件のコメント

  1. 整骨院の先生は早起きしてウォーキングというけど深夜にしている。コースを二周せず折り返した往復で「一周」だとしてみたら気も楽だし長ウォーキングできるようになった。そこから応用で折り返しの反復の中に通常の周回を入れてみたり、昨日はコースを逸れて別のコースに脱線した。脱線してそのままそのコースに従い、中央公園と市立体育館があり、自動車道が股下に通る橋にでる。橋から網越しに道路の走行を見ていた。昨日はトラックがたくさん走っていた。夢中になるので、毎日ここにきて楽しむのは逆にしんどい。行けば楽しくなるけど、昨日も、楽しくなるのがこわいというか面倒な気持ちもあり、ちょっと躊躇した。トラックの色ライトを見に行く楽しみのためにウォーキングが完全に課せられたものでなくなるのは、なにかちがう気がする。

  2. なんでも知っていて
    なにも知らない
    兄と
    物置で
    ふたりぐらし
    次々と
    出てくる
    女の人たちと
    ひとり5分1本勝負
    3人目で
    負ける
    どうがんばって
    そうじしても
    きれいにならない
    ホコリの地面
    オレは
    おにぎりを
    泣きながらほおばる
    兄はそれを
    欲しそうにしている
    兄はもう死んでいるが
    いつまでも
    ふたりは続く

  3. 引越しが終わってようやく一息つけた感じだ。
    明日届くキッチンボードで必要なものは全部揃う。あとはこれからの生活の中で足りないものを見付け、追加していく作業。
    ところで今回の引越しで、キッチンボードという単語を初めて知った。
    食器棚ともちょっと違うが、電子レンジ台というと用途が限定されすぎていてこれも違う。
    キッチンボードはキッチンボードだろう、と自分の中では確定したのだが、ニトリ等通販サイトではキッチンボードとレンジ台がごっちゃになっていて、探すのがややこしかった。
    普段特に使用頻度が高くない単語の定義の曖昧さ、それに気付いて少し手間取った体験。そういう何気ないことを記すのに日記は向いていると思った。
    殺虫剤はもちろんすぐ取れる場所に収納した。

  4. 急に寒くなって精神的にも身体的にも調子が整わず不安定になってしまった

    授業でなかなか作業が進まなかったうえに、周りの人間がわたしの知らない間に親しくなっていたり付き合ってたりして、それで余計に悲しくなってしまった 今いちばん話す人はとても優しいのだけど人とべたべたするのが苦手だと以前言っていて、そういう人もいるのはわかるし でもすごく寂しい 人肌が恋しい
    クラスでわたし含めて最後に残った3人でわたし以外のふたりがすごく親しそうに楽しそうに話をしてたのが頭から離れなかった 周りのことを見て付き合ってるのかなと思うことが増えた自分に自分でびっくりする ほんとうは自分も恋人がほしいのではないのか ほんとうにつらくてでも泣いたら一気に崩れてしまいそうで涙をぐっとこらえて夕食を買って帰った 頭も痛くなってきた
    明日が休みでよかった

  5. 深夜ウォーキングに出る。淡いグレーの雲が空を覆って視線が行き止まりになり上が床に逆転したように感じられる。電燈の白いライトが道脇の木一本一本を立体的に醸し出していた。室内みたいだった。

    坂道で狸が道路に座ってこっちを見ていた。側溝の中に潜りこんだ。昨日と一昨日、この坂でトラックと遭遇した。一昨日は、前から向かってきて走り去った。車一台が通れるほどの道で、トラックは幅いっぱいなので、過ぎ去ると突風が吹いた。昨日は後ろからやってきて、オレンジの点灯ランプが地味なウォーキングを彩った。
    坂を過ぎ、暗い狭い道にさしかかる。雲の床は剥がれ、黒い空が見えてきた。曇り空から一転して激しく明るい月が家々の隙間から輝く。形はちょっと歪な円に見えた。
    チャイルドシートを取りつけた自転車の影が遠くの道をすごい速さで走り去った。前のめりな男の影がチラと見えた。修復車を引き連れたトレーラーの人力バージョンのようだと思った。

    もうすぐ終わる頃、昨日一昨日と同じトラックがバイクと一緒に走ってくる。今日こそは写真を撮りたかった。スマホカメラを起動してうかがう。バイクでやりにくい。バイクは顔がむき出しなので堂々と撮れない。トラックの少し先を走るバイクが自分の位置を過ぎてすぐスマホをかざして撮った。
    帰ってきて見てみると、撮らなくてもよさそうなまあまあの写りだった。

  6. 何ヶ月か前くらいに、ジャニーズ的歌唱法というのを思いつき、それを実践しようと宣言が解除されるのを待っていて、今日やっとカラオケに行くことができた。
    歌ったのは嵐の曲で、歌っている所をiPhoneで撮って聴くというのを繰り返した。歌いながら、この歌い方では喉をこわしてしまうと思った。

    例えば、英語のR&Bは、言葉の音のひとつひとつが微妙にくっついていて、縄跳びの縄みたいにぐにゃぐにゃした、音の一本線になる感じがする。
    それに比べて嵐の曲は打楽器で、ダッ、ダッ、ダッ、と、音のひとつひとつがつながらずに孤立する感じがする。
    これはいわゆる、強弱アクセントと高低アクセントの違いなのだと思う。

    僕はずっとR&Bを歌ってきたので、嵐を歌っても音が微妙につながってしまう。そのつながってる感じが、こなれ感を醸し出していてリアルじゃない。このこなれ感は、普通に考えればうまさなのだが、僕が求めているのはこういううまさなのではなかった。iPhoneで撮った動画で声を聴いてみると、がんばって音を切ってる感があり、音の切り方が強調されてしまっている。これではダメなのである。

    車に乗って、キリンジを歌いリセットする。

  7. ヘリで
    別の浜辺へ
    移動する
    運転は父
    家族旅行で
    海に来ている
    ヘリを降り
    浜辺を散策
    車の
    下の洞窟を歩く
    母が背中を痛がっている
    元の浜辺へ
    戻ることにする
    ヘリは低く
    飛んでいる
    電線や木に
    ぶつからないか
    心配しながら
    元の浜辺へ着くと
    母の痛みは止んだ
    けたたましい
    サイレンだ

  8. トラックやトレーラーの下横で光る点灯列のように、バスにもそれと呼んでよさそうな小さな三点のグリーンランプがあった。市バスは移動手段としか思っていなかったので、ありふれた空き箱みたいなあれに面白さを感じるんなんて、と自分に驚いている。後輪付近の、それ自体としてはほとんど目につかない三点リーダーのような点灯列。それは、車体が大きくて派手な走行をするトラックを、そこから部分的に「点灯列」を切り取って見ていてそのあとで、似た形としてバスの三点ランプに気がついた、という時間の厚みがあっての、単純な発見の面白さだった。

  9. 酒蒸し饅頭が食べたくなったのでちょっと鎌倉へ、なんてことが出来る程度の距離のところに住んでいる。バスとJRを乗り継いで30分くらい。
    なんだけど、行かないんだ、これが。
    多分、鎌倉より京都に行った回数の方がかなり多いはず。
    そもそも田舎者なので、日本全国どこでも観光地、みたいな感覚がある。現住地でさえいまだに仮住まいの感じがするくらいなのだ。

    蓬饅頭を食べながら、ふとそんなことを考えた。

  10. 兄と一階の
    最初の洋間にいる
    二階で
    過ごした方が
    いいと思う
    外に出て
    荒れた校舎の
    納屋のような
    エレベーターに乗る
    木製の、動いてくれた
    いつのまにエレベーターは
    タクシーになり
    川に放り投げられた
    泳いで向こう岸へ着き
    家のかぎを開いた
    かぎを番人にわたすと
    「冷たい」と言って受け取った
    二階へ上がる

  11. 投稿を匿名の作品のようにしたくて、でもそれだと続かなかった。ダッと書けることでまた書きたい。

    コロナ禍になってトラックが面白くなった。去年の冬ごろ、例年より特に寒かった気がしてて、夜中のコンビニ帰りなどで自転車で見た点灯の列がめちゃくちゃ綺麗だった。でっかい貨物と、タイヤとかごちゃごちゃした黒いところのあいだの、光るグリーン系の黄ランプが五六個並んでるあそこ。あそこが、点灯の列。

    機械全般に疎くて、車の形に美学的な興味もないが、あそこの点灯列の綺麗さだけでそのとき見たトラックが好きになった。一個好きになると、また別の夜にトラックを見たとき、今度は青だったとか、赤は珍しいけど青がいちばん綺麗だなとか、たまに紫があったり、野菜炒めみたいな配色や青みがかった強い白や、自分が見たなかで特に好きなのは青と黄のコントラストで、大学二年のとき父のタチウオ釣りに同伴して堤防で寒いのを我慢して帰ってきて刺身にして仕上げのガスバーナーで表面を焼く瞬間だけがエンタメ的で面白かったのを思い出して、とにかくトラックだけで何か世界が変わった。

    その後、中央図書館でGP企画センターのトラック本を借りて知識面での面白さも少し分かった。
    たとえば、トラック界のエリートが運転する「トレーラー」は、正確にはトラクター(ヘッド)とトレーラー(荷台)、全体で俗にいう「トレーラー」らしい。読んだ本にはトラックと鉄道の中間で走ると書いてあった。運転手がエリートなのもうなずけた。いとも簡単に運転してるようでいて何重もの計算が絡みあってると想像すると、カラオケバイトで厨房の床をコップ畑にしてしまう自分には恐ろしい世界だ。

    乗り物系にハマれそうでいてイマイチ没入できなかったことを、二十歳を超えてから惜しい気になっていた。自分が好きだったのは『きかんしゃトーマス』の頃から先頭の汽車よりも貨物だった。汽車(人格がある)がウンウンと引っ張り、貨車(にも人格がある)が先頭に抵抗し耐久差で木っ端微塵になってしまう顛末のシーンを何度も観た。スクラフィみたいな名前の貨車。
    大阪・吹田の辺り(アサヒビール工場と操車場跡がある)を家の車で通るとき、JRが横切ると、貨車、貨車、と言っていた記憶が微妙にある。

    それで、ディーゼルなどが操車場で引いている、貨車を乗せた長細い台車、茶色いあれ、あれがトラックの点灯列に、形として似ていた。先頭でも貨物でもエンジンやタイヤでもなく、そうじゃなく、機械を面白いと感じたことが、新しい世界だった。

  12. 仕事がゴタゴタしそうな雰囲気を醸し出しているのだが引越しまで一週間となる私はそれどころではない。
    なぜこんなに荷造りが進まないのか、やっと気付いたのだが、この部屋には大きな本棚があるせいだった。
    これまでこんなに大きな本棚をもったことがなく、恐らく以前の引越しでは本の梱包はすぐ終わっていたと思われる。
    しかしいま、ダンボール5個使ってもまだ半分以上本棚(と他の収納)に本が残っている。
    もちろん本棚以外は手付かずだ。
    部屋の面積は限られているし、ダンボールは(畳んでいても)無駄に場所を取るし、要するに梱包前より梱包後の方が容積が増えるので、にっちもさっちもいかない、という局面が近付いている。
    恐らくこの週末は、ダンボールに詰めずに自分の手で荷物を部屋から運び出す必要があるだろう。
    やはり引越し前一ヶ月は余計な予定は入れない方が良い。願わくばこのいまの記憶をこの先も忘れずにいたい。

  13. 朝起きるとそこそこ遅く、ご飯を食べていると10時になってしまう。急ぎの仕事もないのでのんびりしている。荷物を出したり買い物をしたりしていたらあっという間に夕方で、こんな時近くにスタバやコメダやドトールがあったらいいのにと、昔は当たり前だったものたちへのあこがれが募る。都会で生まれ都会で育ち都会で働いていたころはとても健康ではなかったがささやかな楽しみとしての喫茶は今はもうない。さみしい。

  14. 昼食:カップヌードル(トムヤム)、台湾岩茶

    昨日久しぶりに夢をみた。私は夥しい数の虫の死骸がある汚いトイレにいて、不快感を覚えつつも妙に軽快に掃除をしていた。目覚めてみると中学校か高校の校舎の面影がある知らない場所だけど、夢の中ではそのトイレに馴染みを覚えていたらしい。細かい白やベージュのタイルがひび割れた感じ、便器と床の境目、窓から差し込む青白い光なんかをはっきりと思い出せる。たぶん午前中だった。さっそく夢占いで調べてみると、課題解決・ストレス緩和の兆し。吉兆のようだけど、自分がいま何らかの課題に取り組んでいるのかと思うと、朝からずっしりときてしまう。
    夢を覚えていることは少ないものの、ここしばらくは象徴的なものがあればネットの夢占いを参照している。犬や猫だって夢をみると言うし、原始人だって夢をみたと思う。だから有史以前の人間もきっと、これは夢か現実か、嫌なものをみた、と誰かに伝えた。すると、それはいい兆しだから大丈夫だって誰かが勇気づける。そんな知恵の集積が夢占いなんじゃないだろうか。べつに結果が日々と一致しているとは思わないが、だからこそ原始人とも会話できるような気がしてこのルーティーンが気に入っている。

  15. 日付が変わってしまったけど10/5は腹痛のためにずっとお腹をさすっていた。これが薄着のせいなのか、朝食にした冷凍ピザの油のせいなのか、はたまた昨日賞味期限が4ヶ月前に切れていたパンを食べたせいなのか、それとも全てをひっくるめて胃腸が限界に至ったのか、理由は分からない。保存食用の缶に入っていたパンなら、数ヵ月は誤差だろうと思ったが、やはり駄目だっただろうか。夕飯は素直にうどんにしておいた。そういえば、こち亀が24時間限定で無料公開されていたが、主人公の両津勘吉は鉄の胃腸の持ち主で、部長宅に招かれた際、嫌がらせに出された数年前に期限の切れた麺を茹でもせずバリバリと食べていたシーンがあったことを覚えている。記憶は曖昧だが、両津勘吉という破天荒なキャラクターが腹を壊さない、という設定に深く納得した思い出がある。胃腸の消化酵素の移植によって鬱状態が改善した、という記事を目にしたことがあるが、詳しくは知らないので、調べてみようかなと思う。

  16. 引越しの荷造りが終わらない。
    まだ期限まで一週間以上あるが現状の部屋の面積と詰めるべきダンボールの数が見合っていないような気がする、生活空間が残らないのではないか、という不安、によって作業が進まない。
    荷造りといってもほとんど本と書類なので、なにも考えずに詰めていけば終わるはずなのだが、部屋がダンボールで埋め尽くされることが苦痛なのだ。
    そして我ながら驚くべきことに、私にとってこれが7回目の引越しであり、引越し自体には慣れているはずだが、毎回どうやって荷造りしていたか、このダンボール地獄の不安と戦っていたか記憶が無い。
    似たような事例として、毎年四季はやってくるのに季節の変わり目には必ず何を着れば良いのか分からなくなるということがある。
    なぜ記憶がリセットされるのだろうか。または、リセットしたいと願っているのだろうか。
    いずれにしても、あと一週間と少しでこの部屋をダンボールで埋め尽くさねばならない。

  17. ここしばらく、家族が仕事で海外に滞在している。現地での2週間の自宅隔離のあいだ、定期的な検温とPCR検査の結果報告に加え、携帯に専用のアプリを入れて位置情報を常時オンにすることが義務付けられているらしい。隔離期間中に何度かビデオ通話で話したが、突然人が訪ねてきてインターホン越しにいることを確認されたり、電話がかかってきて、ベランダから手を振るよう指示されたりもしたらしく、ずっと家にいるのにひどく疲れた様子だった。
    ここにいることを証明し続けなければならないストレスの先には、ただそこにいることができないしんどさがあるように思う。そこにいることを証明するためには、そこに居続けなければならないから。いることにどんどん理由が追加されていって、ただなんとなくいたり、いなくなったりすることが許されなくなってしまう。でも別にそれって今はじまったことじゃなし、しんどさなんてずっと一緒だし、と思っていたら、久々に話した隔離中の家人の声が弾んでいた。友人が酒を持って忍び込んできたとのことだった。

  18. 遅めの昼食:チーズとハムのトースト、昨日買った乾燥デーツ

    体に熱がこもってる感じがして、えいやっとパソコンから離れた。
    今朝は自宅で仕事。先方のドタキャンで1本目の打ち合わせが流れて幸先悪い一日のはじまり。そこから次の会議が繰り上げスタートになって、ついでに昼食のタイミングも逃した。雑務とトーストを無理やり片付け、夕方の打ち合わせを終えて、いま。このあと夜の打ち合わせがはじまるまであと1時間半。急いで事務所に移動しなきゃいけないのだけど、とりあえずミロを飲んでミル。コンビニで見かけて祖母を思い出して買ったやつ。それから家の前に置いてる椅子で一服する。まだ動いてやらないぞ。
    この椅子には私だけじゃなく近所のお年寄りも座る。自宅で仕事するようになって気づいた。どうぞ、どうぞ、座ってください。長い間立ち通した人には椅子を差し出さなきゃ。

    事務所に向かいながらこれを書いてたら(歩きスマホはよくない)、ビルとビルの隙間にジャストサイズのおじさんが挟まってた。サンドイッチ食べてる。ここは彼の椅子。

  19. 朝起きるとめちゃくちゃだるい。昨夜ゲームを遅くまでしたせいだ。ストーリーを朝ごはんを食べながら同居人に教える。仕事が全体に止まっているので、午前はのんびりしていた。なにもしてないが疲れていたのでお弁当を買いに出た。暑い。午後〜夜はずっと仕事。22時頃やっと全て終えたのでお風呂を入れて久しぶりに湯に浸かった。働けど暮らしは楽にならない。Twitterのおすすめに、女性・夫がDV・子どもが不登校等のアカウントが出てくるようになってしまった。たまたま一つ見たら芋づる式だ。このご時世で辛い人はかなり辛いだろうと想像できる。わたしは元不登校として、恵まれた家庭だったのだなと思い返すが世の中のすべての人は自分とは違う環境で生きているのだから、やはり辛いだろう。わたしは不調が続いているので、明日はしずかに過ごしたい。

  20. 遅めの昼食:五目焼きそば、台湾茶

    久々のJR。乗車率、まばら。
    今朝はイネ花粉のせいで頬やまぶたが赤い。こうなると無意識のうちに人と目を合わせなくなり、うしろめたい。
    猫は周到に病を隠す。これで捕食者や縄張りを脅かす相手にも弱みを悟られない。車内を眺めながら、人も同じ理由で肌のトーンを整え、古傷を隠し、艶やかな毛髪や白い歯で武装するんじゃないかと思った。ここアジア圏ではことさらに。
    すなわち美とは兵法か、とかね。でも会話に透けて見える弱さの前では外見は諸刃の剣か。いやいや、目は口ほどに物を言うとも言う。ならば外見を整えて目眩しするのも技ありか。それに、もう痛いほどわかってきたじゃないか。
    量産型と揶揄される若者たち、もしも主体がないなんて批判された日には、あなたの勝ちだと思っていい。あなたたちは強い。顔に朝陽を反射して、猫みたいにしたたかで。

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