8月31日

懸案のトーク。案の定グダグダだったのだが、トークの前に見た敷地理と黒瀧保士のパフォーマンスは面白かった。敷地のパフォーマンスの終盤にギャラリーの外の道路に観客が連れ出され、彼は地面に座って何か詩の朗読をする。促されてギャラリーに戻ると、砂が敷かれた一画(他の作家の作品)の真ん中に、おしろいを塗った、19世紀的に袖が膨らんだブラウスを着た小柄な男が微妙な姿勢で立っておりぎょっとする。もう次のパフォーマンスが始まっているのだ。

トークはキュレーターの黒瀧さん(パフォーマンスした作家の双子の弟)が司会で、僕とふたりの出展作家、もうひとりのキュレーターの藤本さんが登壇していたのだが、半分以上の時間黒瀧さんが自分の仕事の愚痴みたいなことを喋っており、見かねて「それは美術の問題ではなく人生の問題で、たんなるミドルエイジクライシスなのではないか」と言った。そもそも完全にアウェーの空間だったので不安もあったが、お客さんもよくぞ言ってくれたという空気をビンビンに発していたので、さすがにオーディエンスはそこまでズレていないのかと安心した。自分がホストであることもわからないくらい足下が見えていないのに、不全感を謎の使命や責任にすり替えて自分の欲望や好奇心を見失っており、キツいなと思った。飲み会で唯一顔見知りの布施くんとちょっと喋って、久しぶりに自分以外全員が酒を飲んでいる空間の騒々しさに疲れて途中で帰った。みんな半分しか聞こえていないのに、二倍の音量で喋っている。僕はぜんぶ聞こえるが、音量が一倍なので誰にも聞こえない。

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8月29日

いきなり依頼があったあるグループ展でのトークイベントの打ち合わせをオンラインで。31日開催なのにまだ告知すらされておらず、僕はいつどこにいけばいいのかもわからないまま、美術のオルタナティブな潮流の場所がどうとか、制度がどうとかいう話を一方的に聞かされ、内心呆れかえっていたのだが、ほんとになんにもわからないのだなと思い、ほんとにわからないことは本当なのだなと思い、まあそれも当日ぜんぶ言えばいいわけで、いろいろ考えられる場にはなると思う。ノリでイベントを組んだりすること自体はぜんぜんいいと思うが、そういうときこそリスペクトと実務が大事になるという、それだけのことなのだが。

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8月28日

『置き配的』の初校ゲラを返してぼおっとしていたが、29日締め切りの短い原稿に取りかかる。頭のなかにあらましはあったのですぐに書けるだろうとたかを括っていたが、1000字ほど書いてスタックして、頭も痛くなってきたのでぼおっとしていた。

なんとなく、ずっとメンソールの煙草を吸ってきたのだが、ピースのウルトラライトを買ってみる。ウルトラライトなのに6ミリ。ボックスの角が落とされていて、角張ったボックスはたしかにポケットから出し入れするのがかすかにストレスフルだったことが、遡行的に自覚される。ひと口目がちょっと甘い香りで、湿った奥行きがあり、いい煙草だなと思う。

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8月27日

松本卓也の『斜め論』を読んでいるとツイッターに宇野常寛の『ラーメンと瞑想』の宣伝が出てきて可笑しかった。まあ僕も45歳くらいになったら『低い山に登る』とか出すのかもしれない。

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8月26日

商店街で昼食のからあげ弁当を買って、細い道を抜けて商店街を出ようとすると、段差に座ったおじいさんが煙草を吸いながら片脚を道に投げ出しており、この脚は引っ込められるのだろうかと思いながら近づき、思うともなくもうそこまで来ており、茶色と紫が混ざったようなカサカサした細い脚をまたいで、その無関心がちょっと嬉しかった。

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8月25日

ものすごく暑い、よく歩いた日だった。シットとシッポのふたりで初めてインタビューを受けた。場所が謎の古民家のレンタルスペースで、代々木上原駅から徒歩20分の住宅街のなかにある。古民家と言えば聞こえが良いがただの空っぽの民家で、荘子くんと畳に座って1時間半ほど喋った。金川晋吾さんが写真を撮ってくださって、シットとシッポの初回収録のあと事務所の外でばったり出くわして以来だったので、その話をした。荘子くんは自転車で来ていて、いちど車を取りに帰るので、事務所でまた落ち合うことにした。僕は駅まで戻って表参道で降りて、作品集にエッセイを寄稿した水谷太郎さんの個展を見た。お世話になった編集者さんはいなかったので、ギャラリーのひとに「僕はこの本にエッセイを書いた福尾という者なのですが、編集の○○さんと水谷さんによろしくお伝えください。素敵な本に載せてもらえて嬉しいです」と言った。エッセイは「左手のない猿」というタイトルで、とても気に入っている。作品集にはステートメントも解説も載っておらず、僕のエッセイと大崎清香さんの詩「次の星」だけが載っている(先日大崎さんがDMでエッセイを褒めてくださって嬉しかった)。アートブックとしてとてもよくできていると思う。そこから15分ほど歩いて、事務所の向かいのセブンでコーヒーを買ってピンポンを押すと、いつも通りマネージャーのしまさんがドアを開けてくれて、没くんがレコーディングブースにいた。収録はうまくいって、これまででいちばん変な流れが発生したのではないかと思う。近くの中華料理屋で荘子くんとご飯を食べて、渋谷まで車で送ってもらった。僕は1日に複数の予定が入っていることが少ないので、なんだか働き者になったみたいで嬉しかった。

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8月24日

最近家でパンチェッタ(塩漬けの豚バラ肉。ベーコンはそれをさらに燻製したもの)を作るのにはまっている。作るといっても、ブロック肉に塩をすり込んで冷蔵庫のなかで2週間乾燥させるだけだ(調べれば無数のレシピが出てくる)。パスタやチャーハンの具にもなるし、これでベーコンエッグを作るとちょっとびっくりするくらいおいしい。市販の加工肉を食べる気がなくなる。それで、夜中、妻が寝てからお腹が空いたので、本当はあと数日待つつもりだったパンチェッタを少しだけ切り出してパスタを作った。小さい短冊状に切ったパンチェッタを冷たいフライパンに入れて、弱火でゆっくり油と香りを引出ながらきれいに色づくまで炒める。肉だけ皿に上げて、残った油ににんにくを入れこれもゆっくり香りを引き出す。そのあいだにパルミジャーノをこんもりけずっておく。茹で上がった麺と肉をフライパンに入れ混ぜ合わせ皿に盛り、パルミジャーノと粗挽き胡椒をたっぷりかける。10分でできる。ものすごくおいしい。ひとりで食べるのが申し訳なくなるくらい。

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8月23日

夜中、海沿いを走った。前まで30分走っていっぱいいっぱいだったペースで40分走れた。歩いて帰りながら自販機でコーラを買って飲む。ものすごくおいしい。帰って煙草を吸う。ものすごくおいしい。6月で33歳になったとき、半分冗談で30代は10代になるのと同時に40代になるのがテーマなんだと言ったが、あらためてそうだよなと思う。10代のときはできないこともわからないこともたくさんあったけど、諦めていることはひとつもなかった。煙草をやめたり、変に自罰的になったりしおらしくなったりする必要なんてなくて、ぜんぶやればいいのだ。

風呂に入りながらKindleで本を読んでいると岩倉具視という名前が出てきて、「具さに視る」っていい名前だなと思い、親に具視と名付けられ、同級生に「グミ」と呼ばれる男の子のイメージが浮かんだ。名字は倖田にしよう。倖田具視。そうするともう、岩倉具視→倖田具視→倖田來未→福尾匠で、すべてが一直線に繋がる。と、頭を拭きながら思った。

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8月22日

昨日『置き配的』の原稿が終わり、今日でフィロショピー第3期も終わり、ようやくひと息つける。なんだかここ数ヶ月、わりと無意識的に追い込まれていたのだなと思う。講義のレジュメを作っているときも、30分くらいすると息が詰まって胸がざわざわしてきて、煙草を吸ったりコーヒーを入れたりストレッチしたりしてそれをいなすということを繰り返して、でもいつも通り、配信を始めて話し始めると頭に血が回って元気になったし、デリダの「プラトンのパルマケイアー」についての話で、かなりクリアに話せたと思う。

夕方、ベランダで煙草を吸っていると、道を歩いているおじさんが空に小さな機械を向け、カラスが鳴いて離れていった。それは小さな懐中電灯のようで、最初、サッカーの PKを邪魔するフーリガンのようにレーザーかなにかを向けているのかと思ったが、たぶん超音波だろう。アパートの前に立ってしばらく空を睨みながらまた降りてきたカラスに機械を向ける。たしかにこのあたりはカラスが多くてうるさいし、ゴミもよく荒らされている。他の通行人が通ると手を下ろして、アパートに入っていった。

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8月21日

朝までかかって『置き配的』の大きく改稿する箇所の原稿を書き終わった。ちょっと前に書いたあとがきを読み返して、こんなに自分がこれからどうなるかわからないのは10代のとき以来かもしれないと思った。

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