実践に対置するべきは理論ではなく認識であり、理論とはその両者をブリッジするものであり、さらに、そのブリッジのありようを変形する、それ自体独自の認識と実践にもとづくものである。というのが、僕の基本的なスタンスなのだと思う。ともかく、実践=手を動かすことと理論=口先だけでなにか言うことという対立が設定されてしまった時点で理論的なものに勝ち目はないことは確かだ。
結婚記念日で、妻と四谷のCLISPという店でご飯を食べた。枝豆のフムスと、揚げたトウモロコシにクミンとかをかけたものと、ヘーゼルナッツのジェラートがおいしかった。