日記掲示板

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1,002件のコメント

  1. 家族らが多く集った公園に自転車を押し独りてくてく

    土曜日は少し起きたのが遅かったが、迷った挙げ句に紅葉を見るために遠出…をしてきた。自転車で一時間弱の所にある公園へ向かったが、天気が丁度良く、また風も気にならなかった。行き帰り、向こうで二時間弱、園内を散歩している間は晴れ晴れとした気分でいた。ただ、最近ニュース…で生涯の独身率の調査の結果を目にしていたが、男性は四人に一人は独身のままらしい。自分も来年春には四十七になる…予定。若い頃は自らの欲望に忠実に生きて、三十ぐらいには生涯を終えたいと思っていたが、気が付くとこの年齢だ。公園に来ていた人の多くは、子供やパートナー、ペットなどを連れていて、時折同じく一人でいるような方も見掛けたが、その数は非常に少なかった。公園の紅葉はメタセコイアの森…林があるので、随分と高い所まで茜色になっていて、とても…日光が当たっている所は特にきれいだった。

    馬鹿らしいことを真面目にやっている人の姿にすくむ爪先

    何日か前、作業所のクリスマス会・忘年会・音楽発表会?というのがあって参加してきた。基本自炊なので、食事会というのは例え料理が特別美味、という訳でなくとも、普段とは違う気分を味わえるので良かったと思う。クリスマス・プレゼントの交換があり、食後には職員を含めた利用者の方々のダンスや歌と手話、劇のようなものを見せられた…というかその発表がメイン・イベントだったのかも知れない。その一連を見ながら、心中では〈ああ、随分遠く迄来てしまったな…〉という思いだった。職員の殆どが既婚の女性で男性は一人。若い女性は未婚だが二人だけいる。そしてパートの方を含めると、利用者と同じくらいの数になるのである。内職的な作業をメインとするが、レクレーションの比重も大きく、スポーツは納得がいく。音楽は、好きだが余りにも趣味が合わなかった。で、今月からヨガの代わりに道徳ということになり、それに大きな疑問を感じている。勿論、自由参加なので、強制される訳ではないが…。辞めようとしている作業所に対する疑問を言い出すと、切りはないのは確かだが結局職員の女性ら好みのことをやっているということ。それに賛同する、着いていく利用者もいれば、白けている自分のような人もいるということだろう。

  2. 山地
    車を走らせる
    降り
    歩く
    行き止まり
    乾いた茶色
    空気も乾く
    しばらく山地
    浮遊する
    山の工事現場
    この先にはなにもない

  3. 玉かぎるはろかに渡す盡日を次ぎて漸う扱き散らしけり

    たまかぎる はろかにわたす
    ひねもすを つぎてやうやう こきちらしけり

    二十五年前の回想…。当時、虎ノ門のホテルのバーラウンジに勤めていて、その大半は泊まりの勤務だった。夕方五時に出勤して次の日の夕方五時迄の勤務で、二日ぐらいの休みを経て、再び泊まりの勤務ということを半年程だが続けていたと思う。高校からの友達、は大学へ進みバンドをやっていたからその手の薬にも手を出していたし、職場でも多少の売(ばい)をやっている友達がいたので、お金さえ用意すれば入手ルートとしては、安定していたのかも知れない。細かな白い結晶をアルミホイルの上に置いて、下からライターであぶり、立った煙をストローで吸い込む。併用していたのは、当時は合法だったラッシュと、草、アルコールである。食事は全く摂っていなかった。長い泊まりの勤務から帰ると、実家の二階の広いアパートに住んでいたから、その中でも一番狭くて光が入り辛い部屋に籠もり、小型のテレビの下にビデオ・デッキを二台並べてビデオの編集をしつつ、布団に横になって自らのものをしごく。メインの薬の効果は、男性が果てるその瞬間の快感の状態をずっと保たせることができた。詰まり出てしまう直前の感じを、長時間キープできた。結果的に、夕方泊まりの仕事から帰ってきて、部屋に籠もり夜を経て、太陽が昇り、そして沈んでしまうぐらいに漸く出して、その間ずっと自分のものを握りっ放し、しごきっ放し、ビデオ鑑賞と編集に明け暮れていた。その終りを迎える時の快感は、丁度自らの魂が飛び出てしまうかのようだった。そのまま眠らずに泊まりの仕事に行くこともあったし、十分ぐらい眼を閉じて休んでから出勤したりしていた。

  4. 12/11
    電車に乗って歩いて友人に会いに行った。初めて会う人も居たので、たった4時間程度でなんだか随分な時間を過ごした気持ちになった。
    帰りに大手町駅で降りてから、大手町で乗り換えると痛い目に遭うんだったと思い出しながら仕方なく案内通りに地下迷宮を延々と歩いた。不機嫌になった。

  5. 自転車の骨で
    火を焚き
    鍋を煮ている
    祖母先導で
    鍋の様子を見る
    自転車の後で煮る鍋
    自転車の前で煮る鍋も
    ぐつぐつ
    野菜が煮え
    野菜しか食べないから
    死んだ兄もいる
    窓から外を見ると
    そこは海
    地面はホコリ
    裸足で歩く

  6. 12/10
    美容室でカットをしてもらう。年齢がひと回り若い人が一人でやっているが、希望以上に仕上げてくれるので毎回驚く。
    事故に遭って骨折して、という話をすると彼も高校時代に自転車で自動車とぶつかったが若さゆえの軽快な受け身で無傷だった上、狼狽える運転手に向かって何故かこちらがすみませんと平謝りして走り去った、事故とか怪我より遅刻やべえが勝っていたという話を聞いて、似た話をきいたことがあるなぁと既視感ならぬ既聴感を覚える。
    薬屋さんに行くと薬剤師さんが私の父もこの病院に入院していて、九十過ぎなんですけど、今って面会もできなくて、と話されてお互いお大事にと声をかけて去る。そういえば昔からふとした折に身の上話を話される質なんだなぁと気づいた。道端で知らないおばあさんに身の上相談されたことを思い出した。話す事で楽になる事はあるから、話は聞きたい。聞くことしか出来ないけれども。

  7. ようやくあたらしい場所に辿り着いたと思っていたが、よく見たら何にも変わらないいつもの場所だった。すべてが遠く、真昼の電車で耳の少し下がきゅっと締まって、また泣きそうになっている自分に気づいた。冬の光の中で自分を失うかわりに見え隠れしていた感情を静かに殺した。

  8. 友人と山歩き
    自宅はとても古い
    鍵をかけて
    家を出る
    駅に向かう
    自分は裸足か
    サンダルか
    わからない
    駅前を歩く
    友人と合流する
    駅構内を進む
    男友人ふたりが
    ものすごい勢いで
    行ってしまい消えた
    「あいつらいつもそうだから」
    女友人とエスカレーターをあがる
    地震
    光はもう

  9. これから何もかも変わっていく気がしていた。それなのに、また深夜に涙が止まらなくなった。どうしてまともになれないのだろう、天使の手に触れたのは夢だったのかもしれない。いつまでひとりでいる気だよ。

  10. 12/9
    息子が持ち帰った俳句のプリント。小学校1年生の作品に目を見張るものがあった。昔から短歌より断然俳句が好きだ。最後の五音でぐわっと視点が広がるとか変わるとかに心が躍る。
    二十代の、生きている事が楽しいと思えなくて本当につらくて困っていた時期に、「これからは美しいもののためにだけ生きる事にする」と浮かんで、途端に頭の中のもやが消えたのを覚えている。それからずっと、気持ちが塞いだらおまじないのように思い出す。美しいものを作る仕事をするとかではなく、ただの自負。座右の銘、Aの音、背骨、そんな感じ。美しいものをまだ知らないし知りたいし、だからこれからも生きていくのだ、という気になれるから不思議だ。
    今日の世間話でもすり減ったから、おまじないを唱えて眠る。

  11. 家にこもりすぎて
    病気くんか
    死んでるくん
    アウトドア
    木の家
    木の匂い
    電線
    ウッドデッキ


    光の中に
    尿意で起こされ
    闇のトイレにかけこもり
    脛のかゆみ
    元気な時計
    時間だけが元気

  12. 12/8
    真珠湾攻撃から八十年、まだ八十年かと驚く。
    子供に手を洗わせたり食事を摂らせたり風呂に入らせるだけで精一杯の日々なのに、食糧が無いとかあいつはアカだとか電気消せとか言われてまともで居られるわけがない。
    世間話でこんなこと言い出したら引かれるだろうなと考えながら幼稚園のお迎えに行った。

  13. もう日々寒いが、よくよく自分のパジャマを見てみるととても薄くて、着ていても寒いということに気がついた。実家にいるときはそのへんに落ちている着古したセーターなどを羽織っていたが今の家になってからはパジャマも気を使って…そのへんに落ちているものは着ていない。しかも冬用じゃないので、故に寒い。ここ数日それが惨めに思えて、思い返すと働いた分は生活費に回しすぎていたりもして、やっとのことでネットで選んで買った。パジャマと、長いローブタイプのカーディガン。ローブタイプのカーディガンは意外とない。LLBeanも良かったが、入荷が来年…もっと早く考えるべきだった。来年はLLBeanのローブも欲しい。とりあえず、朝晩寒い問題が解決しそうだ。

  14. 夕食会場へ向かう
    港なのだが
    山の斜面や
    川のようでもある
    川に落ちそうになり
    慌てて止まる
    車がジャンプする
    人を見つけ
    「ああこの手があった」
    思い切りよく
    会場に着く
    水色のソーダ飴
    みたいな女の子
    溶け始めて

  15. 12/7
    カーテンを縫った。
    1ヶ月以上ぶりに自転車に乗った。
    自転車に子どもを乗せるのは怖い。
    慣れると平気。怖さを忘れる。それが怖いけど、それもすぐ忘れる。

  16. 天使があらわれた。まじめな顔をして、私のコートのポケットに手を入れた。天使の手はすべすべしていて、泣きたくなった。これから何もかも変わっていく気がした。

  17. 単に明るいということがポジティブだと信じ込んでいる人がいる。これは驚くべきことだと思う。
    暗くなると、黒色が画面全体にジュワッと染み込むみたいに、色んなものがいっしょくたになりつながって見えるようになる。物の区別がつかなくなるのは色が失せるからで、その色の中には身体が含まれている。目の前の暗い光景に私が同化する。
    夜になるとさみしい、というのは、全てが同化してしまいいつもより大きく感じられる空間にぽっつりとひとつの身体があり、その孤独なイメージに対して心細い状態というよりむしろ、自分の身体までもがその空間に溶け出してしまいそうで、なくなってしまいそうでこわいということなのではないかと考えてみる。

  18. 遅れて
    昼食に
    行ったので
    彼女と
    会えなかった
    というか
    席がはなればなれ
    甘い胸
    川の小屋に
    飛び込んで
    ごはんを待つ
    新しい
    文房具を出して
    食べ始める

  19. 性格の悪さが目立つ精神に障害を持つ人の傾向

    三障害の中でも、精神の障害者は少し厄介な処がある。自分も他から見れば、そういう部分はあるのかも知れない。また、厄介なのは全てではないと思う。内向的に病んでいるようなタイプは、人畜無害である。厄介なのは、中途半端に自信や我が強く、計算高い輩である。

    ボス猿の頭の骨を叩き割るそれでようやく大人しくなる

    昨日作業所へ行ったら、向かいの席にはボス猿が座っていた。二時間、苦痛を感じながらいて、時には文句言ってやろうかとと、喉まで出かかっていたが、相手にしないことこそ、最大の抵抗だと思ったのである。しかしその夜、度々思い出しては心の中でやっつけている自分がいた。

    普通よりレベルの低い人たちとレベルを合わせ一緒に過ごす

    B型の作業所に通った経験は二度目だったが、今回の所は以前とは随分と違っていた。まあ十年も経つので、当然だろうが規制…が厳しくなったようにも思えるし、非常に窮屈な感じを抱いていた。身体の方はいないが、知的障害の方がいて、この方々は癖はあるものの余り気障りに感じることはなかった。精神障害の方々の中では、内向的なタイプの方は、口数は少ないし淡々と作業に集中しているので、一緒にいて特に楽しくはないが気障りという訳ではなかった。問題は、問題となるのは少数、何人かだけなのである。まさにスカンクのような動物を思わせた。自分は何ができるとか、好きだとかそういう話ができる相手もいなかったので、相手の趣味に合わせて質問したり、話をしたりしていたが、ある時から疲れるので止めにして内向的な方々と同じように、黙々と作業だけに集中して、それ以上は回りの方と深く関わらなかった。

    作業所へ通う代わりに何をする孤立の内に見いだす光

    昨年、尺八三昧の生活の中で左顔面麻痺を発症して、尺八すら吹けなくなった時期があった。またコロナ…の、感染が広がり、逃げ場でもあったお寺とかに行くことにも制限が加わり、孤立していたがそんな時に、医師から作業所を勧められたのである。それに従った上での行動だが、結果的に良かった点もある。しかし、癌の経過観察五年の峠も越えて、自分の中で何かが変わった。それで金曜のクリスマス会をもって一応今月中は休み、そのまま辞める積もりではいるが、年明けに相談員と再びその決定を話し合う予定となっている。作業所へ行っていても孤立しているような状態なので、その窮屈さから出るだけだ。日々の運動や尺八、歌作り、読書…等もう少しやりたいようにはできるであろうか、と。

  20. 12/6
    いつもは電車で行くところを歩いてみたらすんなり行けた。川を二つ越えて、風が冷たかったり船がたくさん停まっていたり知らないお店を通過したりした。帰り道はまた違う景色に思えて、この道で合ってるか何度も液晶画面で確認した。この時代じゃなければこんなに散歩出来ないなと思った。
    音楽を聴いて歩いていたら20歳くらいのアーティストの曲でグッときてしまって、独りで出産した友人のことを想って、沢山の優しさや喜びが友人と赤ちゃんに降り注いでほしいと願ったら泣いてしまった。
    帰宅して昼食をとってまた歩いて帰ってまた歩いて。3ヶ所徒歩で行き来したら流石に疲れて夕寝してしてから夕食を作った。

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