気づけばここのところみすず書房の本を立て続けに読んでいる。シモンドンの『技術的対象の存在様式について』、レードンヴィルタの『デジタルの皇帝たち』、ヤコブソンの『音と意味についての六章』、スコットの『反穀物の人類史』。みすず書房は好きだ。いつ出た本だと言われてもおかしくないようなひっそりとした、でも平成的な余裕のあるデザインの、かちっと収まりのいい上製本。それは、僕がもっぱら読者であったときの読書の感じと結びついている。単純に、僕はおよそこれからもみすず書房で書くことはないだろうという、妙な安心感もある。僕は自分がハードカバーの本を作ることすらないような気もする。知り合いが書いていればそれだけで仕事の領域という感じを受けてしまうが、みすずはそういう圏域にもない。
月: 2025年10月
10月10日
くら寿司のCMに浜ちゃんが出ていて、「ウニが過ぎる!」と言っていたのだが、浜ちゃんはそういう言い方をしないし、それはむしろノブ的なツッコミなので、ああもう本当に終わってしまっているのだなと思った。
10月9日
イセザキモールを歩いていると、道の真ん中でカートを押して、袋に入った鯛焼きを売っている女性がいて、最近よく見るようになったなと思っていると別の女性が声をかけて買っていて、こういうのって老人が騙されるものなのではないかと思った。ドトールに入ると、金髪と白髪が混じったレジの女性の感じのいい声色と手元の微妙な戸惑いのギャップが気になって、彼女がこないだまで近くのカフェ・ド・クリエにいた店員だと気づく。名札に初心者マークがついている。こんなに近くの店に転職して気まずくなったりしないだろうか。
有隣堂に寄ってクセジュ文庫の『ストア派』とレヴィ゠ストロースの『悲しき熱帯』上下巻を買う。家で『悲しき熱帯』を読んでいて、そうか、これは本当の旅が不可能になったあとの旅行記なのかと思う。
10月8日
シットとシッポの収録日。上野東京ラインを新橋で降りるつもりが乗り過ごしてしまい東京駅で降りる。京橋駅から銀座線に乗れるようなので八重洲口から出ると長距離走者の福士加代子がいて、テレビで見る通りの笑顔で誰かに手を振っていた。相手のほうを見たが知らない人だった。収録を終えて帰っていると妻から仕事が終わったとLINEが来て、関内駅で落ち合ってサイゼリアで夕食を食べた。夜中、ストレッチをして10キロ走った。ペースやフォームや、どこに無理をさせているか、考えることがたくさんあるので1時間走ってもぜんぜん退屈ではない。1時間走っても漠然とつらいだけではないというのは、ひとつの教養だと思う。
10月6、7日
10月6日
「それでは聴力計それ自体とは、つまりメーカーの販売するそれや、自作されたそれは、何なのだろうか? 聴力計それ自体とは、それぞれが相対的な個体性を有した技術的形態からなる総体である。」
(ジルベール・シモンドン『技術的対象の存在様態について』、宇佐美達郎・橘真一訳、みすず書房、86頁)
しばらく積んだままになっていたシモンドンの『技術的対象の存在様態について』を読む。人間や生物の存在論はあるが、機械の存在論をやったらどうなるか。あるひとつの機械が「ひとつ」であるための条件は何か。それはたとえば生物個体とはどう違うのか。機械が個体化されるプロセスはどのようなものか。といったことを書いてある本で、とても面白いのだが、なまじっかエンジンやら電子管やらについての専門的な記述が続く箇所が多いので、買ってすぐぱらっと読んで積んでいたのだ。しばらく積んでいると大事に頭から読む気持ちが薄れて、気安く読めるようになる(僕はこれが積読の大きな効用だと思う)。それで、知らない用語が出てくるページは片っ端から飛ばして、概念的な話をしているところだけを拾って読んでいる。それにしてもこの本と同時に『個体化の哲学』を書いていたなんて、ドゥルーズもそうだが、博士号取得のために主論文と副論文のふたつを書かねばならないというのはとんでもない仕組みだし、それがこうしてやりきれているのもすごいなと思う。
10月7日
エッセイ講座2回目の日。レジュメを作っていて、これはほとんどドゥルーズ『シネマ』の話だなと思った。僕は『眼がスクリーンになるとき』についてよく「知覚の外在性」と「身体の後発性」のふたつがテーマなのだと説明するが、それは『物質と記憶』も『シネマ』もそうだし、『非美学』も『ひとごと』もそうだと思う。文章もそうして考えているのだというのは、今回話して初めてわかった。
10月5日
夜中、また煙草をやめようという気持ちになって、煙草とライターと灰皿を捨てて、吸いにくい気持ちにするためにレンジフードに新しいフィルターを貼った。寝る前に明け方の街を散歩していると近所の店の軒先におじいさんが自転車を停めて座り込んでいて、なるべく大きい声で「大丈夫?」とタメ口で聞きながら、こないだもこんなことがあったなと思う。うんうんと頷いていたので放っておくことにした。コンビニに寄って紙パックのプロテインドリンクを飲みながら帰ってストレッチをして寝た。しかしさっき、馬車道のタリーズで作業をしていて吸いたくなったのでコンビニに買いに出て外で煙草を吸った。その間12時間ほどだろうか。まあ、寝る前と起きた直後に吸わないようにして、コンスタントに走っていれば調子に響くことはないと思う。
あるいは、夜中、『置き配的』の再校ゲラができたのでPDFを編集者宛に翌朝の送信予約のメールに添付して送った。ずーっと面白い本になったと思う。これほどひらめきに満ちた本は最近無かったのではないかと思うが、商業的にも学術的にもひらめき自体がうっすら忌避されている感じもあるので、そこだけは不安が残る。