6月19日(パスタ)

豚バラ肉のブロックを買って、焼肉用くらいの厚さに切って、塩を振りラップをせずに冷蔵庫に入れておくと、ゆっくり乾燥して自家製のベーコンができる。そのまま入れておけば1週間ほどもつので、パスタやチャーハンの具に使う。今日はこのベーコンとフレッシュトマトのパスタを作った。ベーコンをゆっくり炒めて油を出して、カリカリになったベーコンを取り出して油のなかでにんにくと唐辛子を熱して香りを出し、トマトとアンチョビを入れて、トマトを自分の水分で煮詰めていく。茹で上がった麺を合わせて茹で汁で水分を調節し、刻んだ大葉、エクストラバージンオリーブオイル、パルミジャーノレッジャーノを加えてざっと混ぜて皿に盛り、上からベーコンを散らす。

長いことパスタを作ってきて、水・油・塩・うまみといったエレメントが連続的なパラメーターとして見えるようになってきた。モジュラーシンセサイザーのようなものだ。こないだの天ぷら屋のボウルの話もそうだが、モジュラーシンセサイザーになってからが物作りの楽しいところだ。

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6月18日(テキサス)

ある郵便物を午前中に麹町郵便局から出さなければならないというミッションが、官僚的頑迷さとおのれの怠惰さがキワキワで交わるところで発生し、もう二度とこんな気持ちになりたくないなとこれまで何度も思ってきたのを思い出しながら電車に乗って市ヶ谷に向かった。ものすごく熱く、みんなワイシャツやブラウスを着て昼食を食べに出ている。同僚とランチを食べることが日常に組み込まれているのはちょっとうらやましい。テキサスというステーキ屋を見つけ、200グラムのサーロインステーキを注文する。甘めのソースとバターが乗った、ウェルダンのステーキ。岩塩をちょっとミルして振りかけると、口のなかで塩味が弾けて肉の味がより嬉しい。テレビで大谷翔平がデッドボールを受けていた。

外苑前に移動してシットとシッポの収録。車で渋谷まで送ってもらう。

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6月17日(大和田俊)

立教で授業を終えて帰っていると、ちょうど横浜駅にいるタイミングで大和田俊から横浜にいると連絡が来た。まだしばらくアントワープにいると思っていたのだが、今日帰ってきたらしい。合流してドトールで喋った。そもそも何をしにアントワープに行っていたのかわからないし、本人ももはやわかっていないと思うのだが、とにかくヨーロッパは、アートも哲学も「お休み」に入った感があるらしく、日本にはまだ個別の反省や批判があり、ツイッターのなかに世間があるが、それすらが目くらましに思えるほどの全般的なお疲れ・お休みモードに入っているらしい。まあわかる。ほんとにみんな疲れているのだろう。教会を潰して美術館にして、移民をどかどか入れるということをやれるだけやって、気づけば自分が何をしたいのかわからなくなって。

禁煙しながら煙草を吸うのも悲しくなり、かれこれ丸3日禁煙している。腹が立つのは、むしろ喉が痛くなり、痰が絡みやすくなったことだ。喉からの復讐かもしれない。あと、目覚めはものすごくいいのだが、なぜか3時間ほどで目が覚めてぜんぜん眠くならないので困る。

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6月16日(警察26時)

昨夜2時頃、コンビニに夜食を買いに出るとアパートの目の前の車道のど真ん中で男がヨガの亀のポーズのように、あぐらをかいて突っ伏しており、酔っ払いだと思う。黒い服なので下手をすれば気づかず車に轢かれてしまうのではないか、と思いながら、もうコンビニに入っていた。

目が覚めて移動するか、誰かが動かすかしていてほしく、ちょっとわざとゆっくり買い物をして帰ったがそのまま座っており、諦めて「大丈夫ですか!!動けますか!!」と精一杯大きい声で話しかけた。ぐう、といういびきと声の中間のような返事はあるが、動かないし、下手に動かしていいものかもわからない。向こうからおじさんがやってきて一緒に話しかけてくれた。

警察に電話。事件ですか事故ですかという問いは聞こえなかったふりをして、車道のど真ん中で酔っ払いが寝ていると、住所を伝える。おじさんは男の肩を引っ張って起こして、自分の脚を背もたれのようにして支えていた。ばらばらと、ここが僕んちなんですよ、とか、南区の端っこだから遅いんだよ、と話す。たしかにパトカーが遅い、というか、パトカーどころか人も車もまったく通らず、われわれはいったい何を見守り何を待っているのか、ゴドー的な虚無から目をそらすように、ちょっとあの角まで見てきますとうろちょろしたりする。

パトカーから2人の警官が降りてきて、ひとりが即座に酔っ払いを抱え上げどこかに行き、もうひとりが電話をした僕に身分証はあるかと訊いた。スマホしか持っていないと言うとメモ帳を出して、ベストに着けられたライトでそれを照らして、僕の名前を書き留めた。フクオタクミ。幸福の福、尾っぽの尾、師匠の匠。おじさんは電話をしていないので何も訊かれなかった。そこで会社をやっているので、と言って去った。部屋に上がって、たくさん水滴のついたペットボトルを冷蔵庫にしまった。

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6月15日(梅雨、離脱症状)

なんだかんだ1日5本くらい煙草を吸っており、このままだと早晩1日1箱ペースに逆戻りするのは目に見えているので、今日は1本も吸わなかった。それでも、減煙のおかげか、いままでだったら耐えられなかっただろう、胸の奥がじくじくするような渇きもあまり感じず、ただ、低気圧もあいまってものすごく眠くなったので長い昼寝をした。すごくくっきりと目が覚めて、やっぱりいまがやめどきだなと思う。思えば今日はコーヒーも飲まなかったので、たぶん15年ぶりくらいの、ニコチンもカフェインも摂らなかった日だ。梅雨の空気の重さに離脱症状が紛れたのかもしれない。

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6月14日( ハラサオリ「プレイ・モデュロール」)

ハラサオリさんのレクチャー・パフォーマンス、「プレイ・モデュロール」のポストトークに出た。慣れない仕事だしハラさんとも直接会うのは初めてだったので不安もあったが、いろいろ内外のことを語りたくなる作品で楽しく話すことができた。さっきまで見ていた舞台でさっきまで見ていたひとと横並びになって喋るのは猫町(萩原朔太郎)的な感じで出て行ったときは現実に追いついていなかったが、スクリーンに表示される観客からのコメント(たぶん土方巽原理主義的な感じのひとによる)がいきなり批判的なもので嬉しくなり、ハラさんも生き生きしていたのでそのまま加速していけた。近所の腰が曲がったおじいさんが靴紐にG-SHOCKを着けていたというエピソードだけを、これがあればなんとか乗り切れるだろうと持っていったが、なくてもなんとかなった。もったいないので途中で話したが。

その場でも聞いたが、僕がいちばん気になったのは、現代の情報環境のなかでいろんなものの通り道になり、そういう道として振り付けられる体のありかたを示すこの作品が、体が透明になり草薙素子的に溶け出していくことを扱っているとすれば、スマホ首や自律神経失調症のような、体に沈殿していくものをどう考えるのかということだ。メディアや情報環境がわれわれを振り付ける。眼と指の狭いフィードバックループに巻き取られていく。問題は、そうした構造のしわ寄せによって生まれるスマホ首的なものが、社会的なものではなく個々人の体の問題とされること、そうしてセルフケアの切迫自体がまたひとつの振り付けになることではないか。そういえば開演前に、斜め前に座った男性は両耳たぶを優しくつまんで回していた。あれも自律神経に効くマッサージだ。このことは話し忘れた。

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6月13日(シングルToDoシステム)

ずっと家にいたが、出てすぐのコンビニだけ行って、その道で、おじさんが持っている小さい白い紙袋にJE TE SOUHAITEという文字が見え、それは私はあなたが〜であることを願うという意味なので、良い一日を過ごすことを願うとか、そういうことなのだろうと思いながらエントランスの暗証番号を入力した。

家にいるとなんでもできるので、最近は気が散らないように、シングルToDoシステムと名付けた方法でやることを管理している。それはその名の通り、ひとつだけToDoを書くことで、というのも、ばーっと書くと結局頭がこんがらがるし、リスト化自体がひとつの義務として圧迫してくるし、結局何かをやっているうちに別のことを始めてしまうからで、いまこの瞬間にやるべきこと——それは「出かけるために着替える」とかそういうすごく小さいことでいい——を書くと、仮にその途中で別のことに気を取られても、とにかくいまはそれをやるべきで、ほかの「べき」は考えなくてもよいのだと、馬の視野を狭める遮眼革みたいなものとして機能する。

今日はフィロショピーのドゥルーズ超入門3回目で、家でずっとレジュメを作っていた。

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6月12日(日記と財布)

日記を始めてから気持ちのざわつきが落ち着いている。べつに誰が感想を言ってくれるわけでも、いいねがたくさんもらえるわけでもないが、こうして毎日更新しているというだけで、読者に対して単純接触効果的な安心感をいだくことができるのは不思議だ。他者がいることにできることへの自己満足というか、自己満足による他者の設定というか、なんだかわからないがいずれにせよ変だ。ともかく僕はものすごく単純なんだと思う。竹ひごとたこ糸と輪ゴムで作れる。

昼、もはや週1以上で通っている関内のバーガーキングでチーズワッパーを食べていたら電話がかかってきた。ふだん電話はだいたい無視するのだが、市外局番が08から始まっていて、岡山の実家の番号は0866から始まるので、財布を見つけた広島の警察からの電話かもしれないと思って出てみるとやはりそうだった。現金はなくなっていたが保険証・免許証はあるようで、すごく助かった。郵送で送ってくれるらしい。同時にうっすら、なくしたときの、泣き止んだ後のようなすがすがしさを返してくれと思った。財布は返ってくるのだが。

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6月11日(ニーチェ孫引き)

空気にまとわりつくような雨で、洗濯物がたくさんたまっていたので、2回に分けて洗濯する。長い昼寝をした。デリダの講義録、『生死』を読んだが、こんな日でもなければゆっくり読む気にもなれないくらい陰気な本だ。それにしても哲学者はなぜ自伝ばかり書くのだろうか。ニーチェ『この人を見よ』からの孫引き。

「きょう私は私の四十四回目の一年を葬ったが(begrub)、それはけっして徒労ではなかったのだ。それはもう葬られてもかまわなかったのだから[強調されています:ich durfte es begraben:私はそれを埋葬する権利があった]——この一年のうちで[四十四回目の年において]生命(Leben)であったものは、救い出され(gerettet)、ist unsterblich、不死になっている。Unwertung aller Werte〔一切の価値の価値転換〕の第一書、ツァラトゥストラのLieder〔歌〕、『偶像の黄昏』、鉄槌【ルビ:ハンマー】で哲学する私の試み——これらはみなこの一年に、しかもこの一年の最後の三か月の間にでき上がった贈り物なのだ! どうして私は私の全生涯に感謝せずにおられようか[強調されています:Wie sollte ich nicht mainen ganzen Leben dankbar sein]?——そして、だからこそ、私は私自身に私の生涯を語り聞かせようとしているのである[私は私に私の生を物語る、復誦する:Und so erzähle ich mir nein Leben]。」

併記されている原語はドイツ語で、[角括弧]はデリダによる補足、〔亀甲括弧〕は日本語訳者による補足だ。邦訳書の傍点をここでは太字に置き換えている。こういうものを読むというのはどういうことなのだろうと思う。僕はドイツ語ができないが、こういう場合はほとんど読めると言っていいくらいに読める。しかしそんな紙の船みたいなリテラシーがその軽さによってもっていたような価値がなんなのか、なんだったのか、僕自身わからなくなりつつある。

この講義は1975年になされたもので、ドゥルーズ&ガタリが『カフカ』を出し、フーコーが『監獄の誕生』を出した年だ。生きることと書くことのもつれた関係についての3つの解答が出揃った年とも言える。

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6月10日(日記ワークショップ)

火曜日は雨が多い。立教に行く日で、たぶんもう4度目の雨だ。今日の授業は日記ワークショップ。事前に書いた日記をもってきてもらい、4人グループで回し読みする。ひとつの日記を読むのに10分かける。導入として、われわれがいかに多くの文章に触れて生活しているか、それをどれくらい読み飛ばしているか、ということを話す。いぬのせなか座山本さんの文章の「主観性」の話と、言語の統計的な性格がどのように生成AIに使われているかという話も紹介する。文章の主観性は「私は〜と思う」といった表現だけに表れるものでもない。われわれは辞書と文法書を使って言葉を組み立てているのではなく、高度に適当な統計的パターンを知覚している。普通に読めば1分くらいで読めてしまうものを、穴が空くほどじっくり読んで、実は無数に転がっている自分では選択しえないような言葉の並びから書き手の体の輪郭を探る。このワークショップは数年前日記屋「月日」でのレクチャーで最初にやって、これまで何度かやってきたが、どこでやってもとても盛り上がる。それにタイムキープをするだけでいいので楽だ。

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