一日中働いた日だった。朝9時に起きて授業準備をして1時に家を出て、2時40分から4時10分まで授業。授業後に2人質問に来てそれに答えて、1本煙草を吸ってから神保町に移動しながら、今回は僕がレジュメを作る番だったので片手で持ったiPhoneのworkflowyで構造をプロットしながら担当箇所を読む。6時に着いて、8時前まで神保町駅前のドトールであんパンを食べながらレジュメを作る。8時から10時前まで講読をして、喫煙所で煙草を吸いながら質問に答えて、12時過ぎに家に着いた。
12月17日
普段あまりこういうことは書かないが、いまの言論の世界は本当におかしいと思う。他人の良心の呵責や劣等感につけ込むフォーマットが知として流通している。僕はとにかく、批評でも哲学でもなんでもいいが、言葉を使ってものを考えることは「面白い」のだということを、それが知として単離できずにどこまでいってもおのおのの生の地べたにくっついていることの厳しさとセットで伝えていきたい。でもそれはものすごく普通のことだ。どうしてこんなに普通のことにこれほど慎重さと勇気が要るのか。腹を立てている。
12月16日
序論と第1章の見直しが終わる。まず本文の全体にいちばん薄いマーカーで色をつけて、1段落見終わるごとにマーカーを消していく。こうすると途中で註や文献の確認に移ってもすぐにもとの場所に帰ってくることができる。思い返してみるといつも作業は終わるというより消散するのであり、こういう小さな工夫で作業の個体性を護ることが大事なのだと思う。註に「本論文」という言葉があり、一瞬なんのことかと思ったがそれは博論版の名残りで、「本書」になおした。これが「論文」だったことがあったのだと思う。この日記でも「博論本」というあいまいな言い方をしてきたが、これからは『非美学』という書名で呼ぼう。
12月15日
どうやら来年度から完全フリーランスになりそう。公募もいくつか出したが通らない。あと1件結果待ちで、それ以降はもう出す気にもなれない。それでちょっと気持ちが沈んでいたが、来年は本が3冊と共著、共訳が出るし、連載が続いているうちはそれだけで毎月15万円くらいは確保できるし、とにかく本を売りさえすればなんとかなるのだと思った。そもそもここ5年くらい、フリーになってもやれるようにいろいろ積み上げてきたのだ。2年後10年後はどうなのかと考えるときりがないが、いずれにせよいまやっていることを転がしていくしかない。
12月14日
最近ドトールに行くとよくあんパンを食べる。間食にしてはちょっとボリュームがあるが、あんがしっかりしていておいしい。5章までの初稿を見直して整える作業と最後の章の最後の節を書き進める作業を並行してやっている。修正作業のチェックリストを作って、workflowyのtodo機能で管理できるようにする。本文の修正、註の表記、文献一覧の遺漏がないか。それを5章ぶんコピーする。気になったが手元に文献がなかったりしてすぐには直せないところは、当該の項目の下位項目としてそのことをメモしておく。ブロッコリーを買って帰って、ふつうのペペロンチーノにアンチョビとパルミジャーノを加えたパスタを作った。
12月13日
立命館で2コマ授業。最初ふたりしか来ておらず、いやはやと言っていたらもうふたり来た。異分野のひと向けの発表のリハーサルで、そもそも固有名が研究テーマに入ることの特殊性から考える必要があると話す。固有名がタイトルにあるということは、それはもう歴史研究だと思われると思ったほうがいい。人文学の研究者は、固有名の世界と普通名詞の世界を行ったり来たりする必要がある。著者がいて、その研究者A, B, C… がいて私がおり、その連なりにおいて「概念(の布置)」が変わるというという固有名の世界と、研究において取り扱われる問いが一般的に言ってどのような事態と対応し、著者がそれにどのように応答しているかという普通名詞の世界は、まったく異なる価値づけのシステムに従っている。大学院にいるといきおい「先行研究との差異化」がすなわち研究の価値なのだと思ってしまうが、固有名も概念も使わずにそのつどの相手や場に応じて自分の研究を語る練習もまた必要で、結局その行き来が大事なのだ、千葉さんなんて「二項対立」の説明から始めてるでしょ、これは途方もないことですよと話す。
帰り、京都駅の近くでAmbient Kyotoの展示がやっていることに気がついて、寄ってみることにする。古い銀行の建築をまるごと使った展示で、部屋ごとに作品がある。どれもスピーカーで取り囲めば音楽が「展示」になるのだという感じで退屈だった。廊下の壁に貼られた吸音材がベンチのクッションにもなっていたのは面白かった。アンビエントはこっちのほうにある。しかし入場料3300円は高すぎる。
12月12日
おいしい水炊きを作ってみたくて、YouTubeで動画を検索する。最初に見たのは日本料理屋のシェフが具材をフライパンで焼いてから鍋に入れるレシピで、スープはチューブの創味シャンタンを使っていて退屈だった。そういうことではなく、出来合いの出汁にポン酢が合わさったあの味ではない鍋が食べてみたいのだ。次に料理研究家のリュウジが博多で食べたものをモデルにした動画を見て、そちらを作ってみることにした。手羽先と手羽元を500グラムずつ買ってきて、大きなフライパンに並べ洗っていない米をひとつかみとにんにくと一緒に水から煮る。スープがしっかり沸き立つ火力で対流を起こして、鶏のゼラチンと米のでんぷんがよく回るようにする。15分ごとに減ったぶんの水をつぎ足しながら1時間煮る。ひとくち味見してみて、逆にこれより旨い鶏の出汁がありえるのかと思う。小さじ1杯の塩と味の素(グルタミン酸要員らしい。リュウジは怒る人もいるだろうけど、と前置きして5振り加えていた)を少し加える。野菜はネギとキャベツだけ。ちょっと塩を振って食べてもいいし、酢醤油を垂らして食べてもいい。妻はクリスマスはこれでいいと言ってくれた。
ツイッターがXになって、インプレッションによる収益を稼ぐbotが跋扈しており、数百単位のいいねがついたツイートにすら自動生成された文や絵文字だけのリプライがいくつも連なっている。ヒト・シュタイエルはすでにスパムこそが「マジョリティ」なのだと言っていたが(いや、たしか、僕がかつて書いた文章で彼女の議論をそう読み替えたのだ)、広義の「原稿料」として見ても、少なくともネットで完結するテクストに関してはいずれスパムが稼ぐ額の割合が人間の文章を上回るのかもしれない。AIが小説を書けるかというのは無益な問いで、スパムも「原稿」に含めたときにどういう経済が浮かび上がってくるかという問いのほうが面白いと思う。そういうbotによる「美しい、すべてを手に入れたい、子供たちはそれを楽しみにしています」というツイートを見かけて、しばらく考えた。
12月11日
いつも通り、早めに起きて授業の準備をする。今日はドゥルーズの言語論について。ずっと書いてきたことなのでするするとレジュメができて、結局その半分しか授業で進まなかった。来週は準備しなくていいわけだ。学生がひとり質問に来て、巻き取ったケーブルを手に話して、とてもよく理解して聞いてくれているようで嬉しいと言う。帰りにやよい軒に寄るとジンギスカンの定食が始まっていて、肉を多めにして頼んでみる。家で昼寝をしていると妻が帰ってきた。
12月10日
まだ朝や夜も10℃を割らない。寒いのは苦手だが、これだけ引っ張られるともう寒いなら寒いでいいのにと思う。昼間などこれから夏が来そうな陽気だ。ただ暖かいだけでない、黄色い銀杏の葉の色づきと逆行するようなもったりとした大気が立ち込めていて、全館空調の作動音が聞こえてきそうだ。街を歩く。作業をして帰る。風呂に入って寝る。それらがもうすでに、ラミネートされ熱で綴じられてしまったかのように。木々にはもう、指の湿り気がひっかかる透明なプラスチックを介してしか触れられないかのように。
12月9日
「言葉と物」が載っている『群像』が届いて、日が当たるテーブルの上で写真を撮ってツイートする。ぱらぱらとめくってみるが、もう書いてしまったものなので腰を据えて読む気にもなれない。珈琲館で博論本の最後の節の続きを書く。昨日デザイナーと話して、なんだかもう、これは自分だけのものではないのだ、これはもう「プロダクト」なのだと思えるようになったからなのか、不思議と筆が軽い。ここから先はもう、自分を追い詰めることはたんなるわがままなのだ。僕は昔からそういうところがある。つまり、人前に立ってやるほうが気が楽というか、それによってその手前にある「僕は本当は……」という自意識を裏切ってしまうことの自傷性に変なこだわりがあるというか、そういうところがある。