夕方、珈琲館で作業をしていて、『非美学』の原稿の最後のところが終わった。3年間ずっと、そして書き終わるそのときまで、あとちょっとと思いながら、同時に、何がどうなったら終わりなのかわからなかった。最後の段落にさしかかって、もしかしてこれで終わりなのかと思いながらいくつかのセンテンスを書いて、もう書くことがないことに気がついた。はじめのほうは、あとちょっとだからと思っていて、後半はあとちょっとなのにと思っていた。何度も嫌になったし、何度も自分の見通しがたんなる見栄であることを思い知らされた。それが気付いたら終わっていた。いつもの珈琲館で。向かいに座って本を読んでいる妻に終わったかもしれんと言うと、よかったねと言った。お金を払って出て、スーパーで買い物をして帰った。夜中までかかって註の空いていたところを埋めて、時間は気にしないことにして編集者にメールで送った。これで本のことを考えずに眠れるんだと思った。でも実際布団に入ってみるとまったく眠たくならなかった。コンビニでお菓子を買いに外に出た。お菓子とコーラでひとりで打ち上げをした。
2月5日
夜にズレ込んだ昼寝から起きると朝4時で、布団のなかで、昼寝と夜の眠りが一定の期間で反転するこのシステムについて、これは地軸の傾きによって夏と冬が行ったり来たりするシステムと似ているのだろうかと考えていた。今日は妻の誕生日で、この冬でいちばん寒く、雪が降るという。布団から出て横国の授業のレジュメを作る。雨靴にもなると思って買ったがいちども履いていなかった雪用の靴を履いて外に出るともうみぞれが降っていた。家を出てすぐのセブンイレブンで煙草を買って向かいのパチンコ屋の軒先で吸う。入口に乗り捨てられた電動車椅子が濡れていた。横国に登るときには雪が乾き始めて、アスファルトの上を小さな白い粒が虱のように跳ね回っている。最後の授業をして、ずっと押していなかった出勤簿のハンコを押しに行くと嫌な顔をされた。道路には透明に、畑には白く雪が積もっている。気付くと傘が重くなっていて、高速道路が屋根になっているところで地面に叩きつけて雪を落とした。横浜駅の高島屋でケーキと、自分用の弁当を買って帰って、やっと今日最初のご飯が食べられる。オンライン開催に変更になった郵便本講読の準備をして、8時から10時まで喋って、妻とケーキを食べて、すぐに寝た。
2月4日
最後の章の最後の節の終わりが見えてきて躁っぽくなっているのか、毎日のように新しい企画を思いついてはそれを頭のなかで転がしている。哲学の店Philoshopy、スタジオ他我、ラジオ/エッセイ/クリティック(REC)、ジョン・カサヴェテス集団、いや、これはたんなる経済的な不安なのかもしれないが。いずれにせよ、悲壮感のない在野でありたいなと思う。
こうして継続的に文章を書いて公開することは、読者それぞれにちょっとずつ依存されることでもある。これを「ちょっとずつ」に留める作文上のテクニックのようなものが、いくつかある気がする。
2月3日
「オーストラリアの多雨林に棲む鳥、スキノピーティス・デンティロストリスscenopoïetes dentirostrisは、毎朝あらかじめ切り取っておいた木の葉を下に落とし、それを裏返すことによって、色の薄い裏側を地面[の色]と対照さることで、いわばレディーメイドのような舞台scèneを作り、そしてその真上で蔓や小枝にとまって、くちばしの下に生えている羽毛の黄色い付け根をむき出しにしながら、ある複雑な歌、スキノピーティス自身の音色と、そのあいまに歌う、他の鳥を模倣した音色によって合成された歌を歌う。この鳥は完全に芸術家である。一個の芸術作品の下書きをなすのは、肉のただなかにおける共感覚ではない。それは領土のなかの感覚のブロック、すなわち色、姿勢、そして音である。この音響ブロックはリトルネロであるが、さらに、姿勢リトルネロと色彩リトルネロも存在する。姿勢と色彩はつねにリトルネロに入り込んでくる。かがむ、体を起こす、輪を描き、色の線を引く。リトルネロの全体が感覚の存在なのである。」
ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ『哲学とは何か』
2月2日
また変な生活リズムにズレ込んでいる。朝寝て昼3時に起きる。妻ももうほっといてくれる。かろうじて4時半からの横浜での整体に間に合う。帰りに珈琲館に寄って作業をする。もう夜だ。昨日作ったミートソースでグラタンを作って妻と食べる。僕には朝ご飯だ。ひとつ仕事を断って、ひとつ受ける。平日のあいだに済ませておきたかった事務仕事は、もう夜になっていてできなかった。そうやって自衛しているのだろう。
2月1日
分離されたスペースを求めて、scrivenerからstoneに移設して書いたドラフトをさらにworkflowyに貼り付けて、段落をセンテンスにバラし、それをまた段落単位にまとめなおす。すると、書き足したセンテンスは三つくらいなのだが、もうその2500字ほどのセクションに書くことはないことに気がついた。それをまたscrivenerの原稿の続きに貼りなおして整形する。あともうふたつ、これと同じくらいの量のものを作ったら終わる気がする。
1月31日
最近朝目が覚めるごとに体が元気になっているのを感じる。腰痛もだいぶおさまったし、眼の奥も重たくないし、息もしやすい。胃もたれもしないし、夕方になると決まってやってきていた頭痛もないし、不意に肩を攣ったりもしない。思えばこの半年くらい、そういう捉えどころのない不調に囚われていて、自律神経に関わるという上咽頭炎を治したり、サプリを飲んだり、椅子やベッドを変えたり、何が原因で何が結果なのか、そもそも原因が数えられるようなものとしてあるのか、ぼんやりとした不調のリゾームのなかをさまよっていた。たぶんいちばんよかったのはマッサージガンで、ゆっくり足の裏からうなじまで全身に当てて、そのあとストレッチをする。マッサージガン、ストレッチ、あととくに通い始めはなるべく高頻度の整体。姿勢や凝り、運動不足から不調が来ている場合、これくらいはする必要があるみたいだ。
1月30日
何もしたくなかったが、家を出て珈琲館で日記を書いて関内の丸亀製麺で昼ご飯を食べて、ドトールで原稿を進めた。 stoneに原稿を分離して書き始めて、ずっと書けなかったことが1000字ほど書けた。ここ数ヶ月ずっと、ずっと書けなかったことを書いていて、街の風景に染み出したその恐れや切なさのなかを漂っている。行きは伸びる自分の影を追うように、帰りは一様に影に浸された人びとに紛れるようにイセザキモールを往復して一日が終わる。帰り道、赤いマントを羽織って王子様の恰好をした男の子がチラシを配っている。新しいコンカフェができたらしい。コンセプトカフェ。概念とコーヒー。僕も似たようなものだ。
1月29日
月曜日。授業は逃げのワークショップ回だったので楽だった。帰って夜まで寝て、真夜中にシェアバイクで馬車道のジムに行った。しっかりストレッチをして、ゆっくり20分走って、4種目ウェイトをする。行きに見たバス停の椅子に奇妙に傾いた姿勢で座ったホームレスが、帰りも同じ姿勢で座っていた。関内側の飲み屋街では揃いの赤いベンチコートを着たガールズバーのキャッチが3人横並びになって、スーツを着た男の話を聞いていた。
春から実入りが厳しくなるので、何か自分でやろうかなと考えている。すぐできるのはオンラインのレクチャーだ。『差異と反復』の第3章や、あるいは『知の考古学』の「言表を定義する」のところとか、チャプター単位の解説を全5回くらいずつで、通しで2万円くらいの料金でやるといいかもしれない。まだら状というか、バラ売りというか、名付けが難しいが、チャプター単位で精読するのはいいと思う。『差異と反復』第3章でいえばそれだけで「超越論的経験論」のなんたるかもわかるし、ドゥルーズの哲学観も明示されているし、カントやデカルトとの対立図式もあり、読書会的なものと概説的なもののいいとこどりができそうだ。実際、いくつかちゃんと読めるチャプターさえあれば、現代思想のコアとおおよその哲学史の流れはつかめる。ぜんぶちゃんと読むべしというのは、専門家がテクストを人質に取っているだけだ。大学とオルタナティブスクールの両方でやってみて、単純にお金のことで考えればひとりでやったほうがいいなと思うところもあり、やるなら単発ではなくちゃんと全体の名前をつけて、ネット上だけでも場所を作ってやったほうがいいだろう。誰か呼ぶときは僕が教えてもらいたいことを教えてくれるひとを呼びたい。原稿の壁打ちにも使えるし、こちらが壁になる場も作ってもいいかもしれない。とりあえず名前とドメインが要る。名前が難しい。僕ひとりの場所という感じはあってほしいが、僕の名前は使いたくない。
1月28日
ある男が部屋に入る。しばらくそこにいるだろうが、いずれ出て行かなければならない。なぜか。いちど入った部屋から永遠に出ないというのは、あまりに馬鹿げたことだからだ。ただそれだけのことで、われわれはある部屋に入り、出、別の部屋に入る。
別の話。たまに友達から、僕は怖い、というか、怖がられているということを言われる。かつてその感じはよくわからなかったが、いまはなんとなくわかる気がする。たんに冷たいとか、そういうこととは別に、誰かが何かについて語っているときに、僕は、何かについて語っているお前は自分を誰だと思っているのかという、言わば「詰問型現象学」みたいなプレッシャーを与えてしまうのかもしれない。それは僕が僕自身に課していることなのだと思うが、それが緊張を生んでしまうのかもしれない。しかし「詰問型現象学」とは。ものすごく嫌な言葉だ。